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第二章
24:今、幸せですか?
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湖のほとりで過ごすランチタイムは、メリッサに新たな感動をいくつも与えてくれた。
単なる偶然か、それとも神様が引き合わせてくれたのか。
友人ジュリアと一緒の食事は、終始彼女を笑顔にしてくれる。
使用人たちと食べたり、ガヴェインとの食事ももちろん楽しい。
けれど、大人数での食事、外での食べるご飯など一つ一つは小さなことが、メリッサの心を弾ませる。
何より彼女の心に、感動と衝撃を与えたのは、料理人ロベルトが用意してくれた昼食にあるかもしれない。
具材を挟んだパンを初めて見たメリッサは、どのように食べれば良いかわからなかった。
「……? お皿はどこに?」
「メリッサ。これはこうやって食べるんだ」
困惑する妻を見かね、ガヴェインはサンドイッチを手に取りかぶりつく。
その様子を見たメリッサは、一瞬大きく目を見開いたものの、大口を開けて料理を食べる男らしい夫の姿に胸をときめかせる。
「…………」
半分になったサンドイッチを手にし、ガヴェインはメリッサに好きなものを取るようすすめる。
恐る恐るバスケットへ手を伸ばしたメリッサが手に取ったのは卵サンドだ。
彼女はそのままガヴェインを見習い、口を開けかぶりつく。
フォークやナイフなど、マナーが求められる料理とも、行儀よくちぎって食べるパンとも違う、メリッサにとって未知の料理。
ダナンに居た頃なら、行儀が悪いと怒られただろう食事はとても美味しくて、自然と頬が緩む。
夫のように豪快とまではいかない、サンドイッチに残る小さな噛み跡を見ながら、メリッサはまた小さな幸せを噛みしめた。
和やかなランチが終わり、話し合いはここで一度保留にし後日改めてと、ガヴェインが皆に提案をしてきた。
「べスターを拘束して、奴のもとにいる女性たちを助けるためには、俺たちだけで話を進めるわけにはいかない。関係各所から人員を集めて、再度話し合いの場を持った方がいいだろう」
「そうですね。もう少し綿密な作戦を立てた方がいいと思います」
「……というわけで、ジュリア、悪いが今後も俺たちに協力してくれないか?」
「そ、それはもちろん構いませんけど……アタシなんか、役に立つんでしょうか?」
この場を仕切るガヴェイン、その声に同調するカインの視線を受け、ジュリアの顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
その様子を見たメリッサは、カタカタと震える友人の手に、そっと自分のそれを重ねた。
「ジュリア、不安など感じなくて大丈夫ですよ。貴女の勇気と優しさは、必ず実を結びます。私も微力ながら、お手伝い出来ることは何でもしますから、一緒に頑張りましょう。皆さんを助けるために」
「メリッサ……ん、そうだな」
小刻みに震えるカサついた手を包み、ギュッと握る。その熱を感じ、メリッサの言葉を聞いたお陰なのか、次第にジュリアの手の震えは治まっていった。
どこか吹っ切れた様子でニッと歯を見せ笑う姿に、メリッサは目を細め大きく頷いた。
ジュリアの行動は、きっと実を結ぶ。
メリッサの中に確信めいた想いが芽生えた理由はただ一つ。
自分が、彼女の行動に助けられた一人であり、ジュリアが船の中で差し出してくれた手に感謝を抱いているからだ。
それからしばらく今後について皆で話し合い、後日、関係者をダラットリ邸に集めるということで落ち着いた。
最初ガヴェインは、ジュリアとイザークに王城へ来てくれないかと頼んでいた。
しかし、いくら事情説明のためとは言え貧民街暮らしの身で城へ行くのは恐れ多いと拒否されてしまったのだ。
そんな二人の反応を見て、自分たちが居るダラットリ邸なら、少しは気が楽になるはずとカインが言いだす。
その言葉にも難色を示すジュリアだったが、協力すると言った手前もあり、渋々カインたちの提案をのんでくれた
難しい話し合いが終わり、使用人たちが食事の後片付けをしている間、メリッサはジュリアを連れ、ダラットリ邸で一緒に暮らす愛馬たちの元へ向かった。
そんな二人を、ガヴェインとイザークが少し距離をあけて見守る。
よく躾けられた馬ではあるが、万が一という場合もある。
本当はすぐそばで守りたいという気持ちはあるものの、久しぶりに会った友人同士の時間をと、ガヴェインが気を利かせてくれたのだ。
「こちらの黒い毛色の方がレイナウト様。こちらの赤茶色い毛色の方がジョット様、というお名前らしいです」
「へえ、二頭とも立派な馬だね……って、メリッサ、まさかアンタ馬にまでそんな丁寧な口調で喋ってんの?」
「……? いけませんか?」
「あー……うん、家の人たちが何も言わないなら、アタシから言うことじゃないし、気にしないで」
「……?」
つい数時間前に仲良くなった馬たちを紹介すれば、何故かジュリアの口元が引きつる。
その様子に、キョトンとメリッサが首を傾げれば、額に手をつきながら、彼女は小さくため息を漏らした。
「今日は、アンタの元気そうな顔が見られて良かったよ。ずっと心配してたんだ。もしかして、メリッサも嫁ぎ先でヤバい目に遭ってるんじゃないかって。でも、幸せそうで……本当に良かった」
何かいけなかっただろうか。なんて不思議がっていれば、話題転換とばかりに、ジュリアの明るい声が耳に届く。
馬たちを撫でる手を止め、改めてメリッサがジュリアの方を向くと、目を細める彼女と目が合った。
そんな彼女の眼差しと言葉がどうにもむず痒くて、メリッサの視線が無意識に泳ぐ。
その最中、ふと泳ぐ視線の先で見つけたのは、夫ガヴェインが、イザークと何やら話をする姿だった。
「ジュリアは……今、幸せですか?」
二人の様子を見たメリッサは、視線をジュリアへ向け質問を投げかける。
「うえっ!?」
すると、話の矛先が自分へ向くと思っていなかったのか、あからさまにジュリアが狼狽えだした。
彼女の頬はじわじわ赤くなっていき、一度合ったはずの視線は、あからさまにそらされる。
「ま、まあ……アイツの所から逃げ出すのに必死だった頃に比べれば、大分な、大分」
口籠りながら、何かを隠すように言い訳じみた言葉を並べる友人の姿を見たメリッサの口元が小さく弧を描く。
戸惑いながら、しっかり質問に答えてくれる辺りが、優しい彼女の長所の一つだ。
「イザーク様に出会えてよかったですね、ジュリア」
そのまま心からの想いを口にすると、どうしてかジュリアの顔がますます赤くなる。
「あ、あいつと一緒に居るのは、あれだよ。放っとくと、メリッサには言えたもんじゃないだらしない生活に逆戻りしそうだから、な。監視だ、監視!」
フンフンと鼻息荒く、己の意見を主張するジュリア。
その姿を見つめるメリッサは目を細め、どこか微笑ましそうに笑う。
(ジュリア、とても可愛いです)
メリッサは結婚するまで、小説の中でしか恋愛というものを知らなかった。
そんな彼女でも、ジュリアとイザークが、多かれ少なかれお互いを想い合っていることはわかる。
ジュリアがカインに囚われた時、彼女のもとに駆け付けたイザークの必死さ、その姿を見て彼を遠ざけようと声を上げるジュリアを目にし、メリッサの中に小さな違和感があらわれたのだ。
ジュリアたちと話をしていくうちに、その違和感は自分の中で確信へ変わっていった。
きっと、他の皆も二人の様子に勘づいているだろう。
まさかの再会を果たすことになった友人の願いを叶えたい。
そう思うと同時に、メリッサは心の中で決意する。
自分の結婚を心から祝福してくれたジュリア。そんな彼女にも幸せを掴んでもらうため、自分が出来る精一杯のことをしよう、と。
単なる偶然か、それとも神様が引き合わせてくれたのか。
友人ジュリアと一緒の食事は、終始彼女を笑顔にしてくれる。
使用人たちと食べたり、ガヴェインとの食事ももちろん楽しい。
けれど、大人数での食事、外での食べるご飯など一つ一つは小さなことが、メリッサの心を弾ませる。
何より彼女の心に、感動と衝撃を与えたのは、料理人ロベルトが用意してくれた昼食にあるかもしれない。
具材を挟んだパンを初めて見たメリッサは、どのように食べれば良いかわからなかった。
「……? お皿はどこに?」
「メリッサ。これはこうやって食べるんだ」
困惑する妻を見かね、ガヴェインはサンドイッチを手に取りかぶりつく。
その様子を見たメリッサは、一瞬大きく目を見開いたものの、大口を開けて料理を食べる男らしい夫の姿に胸をときめかせる。
「…………」
半分になったサンドイッチを手にし、ガヴェインはメリッサに好きなものを取るようすすめる。
恐る恐るバスケットへ手を伸ばしたメリッサが手に取ったのは卵サンドだ。
彼女はそのままガヴェインを見習い、口を開けかぶりつく。
フォークやナイフなど、マナーが求められる料理とも、行儀よくちぎって食べるパンとも違う、メリッサにとって未知の料理。
ダナンに居た頃なら、行儀が悪いと怒られただろう食事はとても美味しくて、自然と頬が緩む。
夫のように豪快とまではいかない、サンドイッチに残る小さな噛み跡を見ながら、メリッサはまた小さな幸せを噛みしめた。
和やかなランチが終わり、話し合いはここで一度保留にし後日改めてと、ガヴェインが皆に提案をしてきた。
「べスターを拘束して、奴のもとにいる女性たちを助けるためには、俺たちだけで話を進めるわけにはいかない。関係各所から人員を集めて、再度話し合いの場を持った方がいいだろう」
「そうですね。もう少し綿密な作戦を立てた方がいいと思います」
「……というわけで、ジュリア、悪いが今後も俺たちに協力してくれないか?」
「そ、それはもちろん構いませんけど……アタシなんか、役に立つんでしょうか?」
この場を仕切るガヴェイン、その声に同調するカインの視線を受け、ジュリアの顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
その様子を見たメリッサは、カタカタと震える友人の手に、そっと自分のそれを重ねた。
「ジュリア、不安など感じなくて大丈夫ですよ。貴女の勇気と優しさは、必ず実を結びます。私も微力ながら、お手伝い出来ることは何でもしますから、一緒に頑張りましょう。皆さんを助けるために」
「メリッサ……ん、そうだな」
小刻みに震えるカサついた手を包み、ギュッと握る。その熱を感じ、メリッサの言葉を聞いたお陰なのか、次第にジュリアの手の震えは治まっていった。
どこか吹っ切れた様子でニッと歯を見せ笑う姿に、メリッサは目を細め大きく頷いた。
ジュリアの行動は、きっと実を結ぶ。
メリッサの中に確信めいた想いが芽生えた理由はただ一つ。
自分が、彼女の行動に助けられた一人であり、ジュリアが船の中で差し出してくれた手に感謝を抱いているからだ。
それからしばらく今後について皆で話し合い、後日、関係者をダラットリ邸に集めるということで落ち着いた。
最初ガヴェインは、ジュリアとイザークに王城へ来てくれないかと頼んでいた。
しかし、いくら事情説明のためとは言え貧民街暮らしの身で城へ行くのは恐れ多いと拒否されてしまったのだ。
そんな二人の反応を見て、自分たちが居るダラットリ邸なら、少しは気が楽になるはずとカインが言いだす。
その言葉にも難色を示すジュリアだったが、協力すると言った手前もあり、渋々カインたちの提案をのんでくれた
難しい話し合いが終わり、使用人たちが食事の後片付けをしている間、メリッサはジュリアを連れ、ダラットリ邸で一緒に暮らす愛馬たちの元へ向かった。
そんな二人を、ガヴェインとイザークが少し距離をあけて見守る。
よく躾けられた馬ではあるが、万が一という場合もある。
本当はすぐそばで守りたいという気持ちはあるものの、久しぶりに会った友人同士の時間をと、ガヴェインが気を利かせてくれたのだ。
「こちらの黒い毛色の方がレイナウト様。こちらの赤茶色い毛色の方がジョット様、というお名前らしいです」
「へえ、二頭とも立派な馬だね……って、メリッサ、まさかアンタ馬にまでそんな丁寧な口調で喋ってんの?」
「……? いけませんか?」
「あー……うん、家の人たちが何も言わないなら、アタシから言うことじゃないし、気にしないで」
「……?」
つい数時間前に仲良くなった馬たちを紹介すれば、何故かジュリアの口元が引きつる。
その様子に、キョトンとメリッサが首を傾げれば、額に手をつきながら、彼女は小さくため息を漏らした。
「今日は、アンタの元気そうな顔が見られて良かったよ。ずっと心配してたんだ。もしかして、メリッサも嫁ぎ先でヤバい目に遭ってるんじゃないかって。でも、幸せそうで……本当に良かった」
何かいけなかっただろうか。なんて不思議がっていれば、話題転換とばかりに、ジュリアの明るい声が耳に届く。
馬たちを撫でる手を止め、改めてメリッサがジュリアの方を向くと、目を細める彼女と目が合った。
そんな彼女の眼差しと言葉がどうにもむず痒くて、メリッサの視線が無意識に泳ぐ。
その最中、ふと泳ぐ視線の先で見つけたのは、夫ガヴェインが、イザークと何やら話をする姿だった。
「ジュリアは……今、幸せですか?」
二人の様子を見たメリッサは、視線をジュリアへ向け質問を投げかける。
「うえっ!?」
すると、話の矛先が自分へ向くと思っていなかったのか、あからさまにジュリアが狼狽えだした。
彼女の頬はじわじわ赤くなっていき、一度合ったはずの視線は、あからさまにそらされる。
「ま、まあ……アイツの所から逃げ出すのに必死だった頃に比べれば、大分な、大分」
口籠りながら、何かを隠すように言い訳じみた言葉を並べる友人の姿を見たメリッサの口元が小さく弧を描く。
戸惑いながら、しっかり質問に答えてくれる辺りが、優しい彼女の長所の一つだ。
「イザーク様に出会えてよかったですね、ジュリア」
そのまま心からの想いを口にすると、どうしてかジュリアの顔がますます赤くなる。
「あ、あいつと一緒に居るのは、あれだよ。放っとくと、メリッサには言えたもんじゃないだらしない生活に逆戻りしそうだから、な。監視だ、監視!」
フンフンと鼻息荒く、己の意見を主張するジュリア。
その姿を見つめるメリッサは目を細め、どこか微笑ましそうに笑う。
(ジュリア、とても可愛いです)
メリッサは結婚するまで、小説の中でしか恋愛というものを知らなかった。
そんな彼女でも、ジュリアとイザークが、多かれ少なかれお互いを想い合っていることはわかる。
ジュリアがカインに囚われた時、彼女のもとに駆け付けたイザークの必死さ、その姿を見て彼を遠ざけようと声を上げるジュリアを目にし、メリッサの中に小さな違和感があらわれたのだ。
ジュリアたちと話をしていくうちに、その違和感は自分の中で確信へ変わっていった。
きっと、他の皆も二人の様子に勘づいているだろう。
まさかの再会を果たすことになった友人の願いを叶えたい。
そう思うと同時に、メリッサは心の中で決意する。
自分の結婚を心から祝福してくれたジュリア。そんな彼女にも幸せを掴んでもらうため、自分が出来る精一杯のことをしよう、と。
応援ありがとうございます!
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