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第二章

27:満足旦那と羞恥妻

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 すっかり夜も更けた頃、カインたちと少し話があるからと言うガヴェインに促され、メリッサは一足先に主寝室へやってきた。
 そのまま、一人で寝るには大きすぎるベッドの端に、ちょこんと腰掛ける。
 小さく息を吐き出した彼女は、今日一日のことを振り返ることにした。

 人生初の遠出にピクニック、もう会えないものと思っていた友との再会、そしてジュリアたっての願いによる暗躍作戦。
 ガヴェインのもとに嫁いでから、毎日が充実し、一日一日濃い時間を過ごしていると思っていた。
 だけど今日は、これまでで一番と言って良い程、濃密な時間を気がしてならない。

「ゼロナナ号様……きちんとお城へ行けたかしら」

 昼間出会った彼のことが気になり、窓の方へ顔を向ける。
 その瞳に映るのは、しっかりカーテンが閉じられ外の景色など見えない窓だけだ。
 仮に窓が開いていたとしても、ここからでは城など見えないため、どうしようも無い。

 あの時、メリッサの手から肉を啄んだゼロナナ号は、満足そうに一鳴きし空高く飛び上がった。
 皆の頭上を何度か旋回した後、街の方へ颯爽と飛んでいったことを覚えている。
 自分たちが街へ着くころには、カインの後輩の騎士に手紙が渡り、人員の選定に入っているだろうとガヴェインが教えてくれたのだ。
 後日、屋敷で行われる会合の日時などは、ガヴェイン経由で皆に伝えられるらしい。

「…………」

 今メリッサに出来ることはただ待つだけ。
 わかっていても、胸の奥がザワザワと落ち着かない。
 意識をそらすように、ベッド端に座ったままポフっと上半身をふかふかな寝具の上へ横たえる。
 夫の前では決して出来ないだらしない姿勢をとりながら、メリッサは静かに目を瞑る。
 脳内に蘇るのは、蹄が奏でる軽快な足音と、馬車についた車輪がカタカタと回る音だ。



「あの……俺たちはやっぱり歩いて帰りますから」

「そうですよ。アタシたちが乗ったせいで、ここ……めちゃくちゃ狭くなってるし」

 街へ向かう馬車の中に、すっかり恐縮しきったイザークとジュリアの声が木霊する。
 しかし、二人の意見は聞き入れられることなく、馬車は穏やかな速度を保ち走り続けた。

 街へ戻る直前、どうせ帰り道は同じなのだから馬車に乗って行けと、ガヴェインはジュリアとイザークに提案した。
 突然の提案に、二人は心配無用と必死に首を横に振ったが、ガヴェインに押し切られるまま馬車の中へ押し込まれる。
 元々四人乗り用の車内に、六人が乗り込むなど不可能ではないか。
 そう首を傾げるメリッサの疑問を、夫は易々と解決してしまったのだ。

「えっと……エドガーさんは、その大丈夫っすか?」

「ん? なーに、このくらい軽い軽い」

「メリッサ……大丈夫か?」

「は、はいぃ」

 狼狽えるあまり、キョロキョロと視線が落ち着かないイザークとジュリアは、それぞれエドガーとメリッサに、恐る恐る声をかけた。
 その声に、エドガーは豪快な笑い声と共に力強く頷き、メリッサは消え入りそうな声で辛うじて返事をする。
 なんとも対照的な返事をする二人。その反応には理由があった。

「エルバ、尻は痛くねえか?」

「だ、大丈夫よ」

 行きと帰りでロベルトと御者を交代したエドガーは、小首をかしげその視線を自身の膝の上に座る妻エルバへ向けていた。
 その視線と声を受けたエルバは、顔を赤くし、心底恥ずかしそうな様子で小窓から見える景色を半ば睨みつけながら返事をする。

「メリッサも大丈夫か? 疲れたら言うんだぞ、体勢を変えるから」

「うぅ……は、はい……」

 同様にガヴェインの膝の上にはメリッサが座り、恥ずかしさを堪えている。
 出発してからの彼女は、終始スカートの下でモジモジと足を擦り合わせていた。

 ガヴェインが考えた作戦は、とても単純なものだった。
 メリッサとエルバを、それぞれの夫が膝の上に座らせ、空いた二人分の席にジュリアたちを乗せるというもの。
 これでジュリアとイザークは気兼ねなく乗れるし、自分とエドガーは、最愛の妻を抱きしめながら過ごせる。
 まさに一石二鳥な作戦だと、ガヴェイン、そしてエドガーはとても満足していた。

 しかし、そんな夫たちの想いとは裏腹に、メリッサとエルバは穴があったら入りたいほどの羞恥心に襲われ、どうすれば良いのかと終始頭を悩ませることになった。
 親が子供を背後から抱きかかえるように、体格の良い夫たちの腕に中に囚われている。
 身軽な状態なら、腹部に回った腕を一発や二発叩いて抵抗出来たかもしれない。
 だが、空のバスケットを抱えるようにと言われたため、二人は身動きが取れないでいた。

 ちらっと隣を見れば、メリッサの赤面具合には及ばないが、ジュリアの顔も十分赤くなっていた。
 斜め向かいに座るイザークを見ても、困惑の色が濃い表情を浮かべている。
 過半数が大なり小なり戸惑いを覚えるなか、最愛の妻を抱きしめる夫たちだけが、終始ご機嫌だったことは否めない。





「……ん」

 ふわりと身体が浮く感覚を覚え、メリッサの意識はゆっくりと覚醒していく。
 軽く目を閉じるだけのつもりが、いつの間にか眠っていたらしい。
 寝起きでぼんやりした視界に映るのは、ほほ笑みながら自分を見つめる夫、ガヴェインの姿だった。

「ガヴェイン、さま」

「こら。寝るのなら、ちゃんとベッドに入って寝ないとダメだろう?」

 寝ぼけ眼を擦り、舌足らずな声を発するメリッサの姿に、ガヴェインはクスッと笑い、小言を口にしながら腕の中にある華奢な身体をベッドの中央へ横たえる。
 怒られているのかもしれないが、たしなめるような口調のせいで、全然怖くない。
 むしろ、大好きな夫の甘い声に、身体の奥がキュンと疼いてしまう。
 無意識に疼く身体のせいか、横抱きの状態で抱き上げられ、改めてベッドの上に寝かされたと知ったメリッサは、急に自分を運ぶ男の体温が無性に欲しくなった。

「……ガヴェイン」

 まだ意識がフワフワしているせいか、口から零れ落ちる夫の名前が、無意識に呼び捨て状態になる。
 メリッサはそれに気づかず、ベッドの上に投げ出していた両腕を、スッとガヴェインの首元へ伸ばした。

「ん?」

 恥ずかしがり屋な妻の口から聞こえた自分を呼び捨てる声が嬉しいのか、ガヴェインはさらに目を細め、メリッサに覆いかぶさる。
 視界を埋め尽くす愛しい顔に歓喜したメリッサは、自分の口元へ迫る唇にチュッと拙いキスを贈った。
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