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本編

第38話

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 突如にブロシャイントロクイズ大会は始まった。
 せっかくの休憩時間に、何を騒いでいるんだ!
 なんて怒られるかもしれないと覚悟していたのに、何故か皆ノリノリだった。

「はいはいはーい! これ知ってるわ。えっとえっと……車のCMで流れてた!」

「はい、タイアップ正解。亜沙美さん一ポイント!」

 ブロシャの楽曲は、CM曲やドラマの主題歌など、タイアップ作品が多いらしい。
 だから、ロックに詳しくない女性陣でも「聞き覚えがある!」と、解答に躍起になっている。

 誰々が出ていた刑事もののドラマ、車のCM、なんて問題になった曲の大雑把なタイアップ情報を答えられれば一ポイント。
 ドラマのタイトルやタイアップした商品名、そして歌詞の一部を答えられれば二ポイント。
 曲のタイトルを正確に答えられたら三ポイント。

 そんなルールのもと始まった大会の参加者は、問題を重ねるごとに増えていく。
 仕事を終えて遅い朝食を食べに来た志郎たちも、参加者の体調確認を終えてやってきた兼治たちも、最初はやけに熱気のある食堂内の様子に戸惑っていた。
 だけど、今日は無礼講みたいなものだと言って、大騒ぎを許可してくれる。
 中にはご飯を食べながら手を上げる人が居たりして、美奈穂は改めて自分の彼氏がいかに有名な存在なのかを思い知らされた。



 答えの正解不正解は、ファンを公言する男性スタッフに一任し、美奈穂は光志と一緒に出題する楽曲を選んでいる。
 スタッフたちが次々答えていく様子に、尊敬のまなざしを向ける美奈穂を、光志は優しく見守っていた。
 その背後では、早々に大会を離脱したスタッフが集まって、次はこっちだ、いやあっちだと出題に口を出している。

「次の問題……どれにしましょうか?」

「メジャーなやつは……大体出尽くしたからな」

 まだまだ初心者な美奈穂が隣にいる光志の方を向くと、彼は眉間に皺を寄せながら美奈穂が手にしたタブレットを見つめる。

(確かに……今までのはタイアップの曲ばかりだったかも)

 ここまでのことを思い出しながら、残っている曲は何か、もう一度タブレットへ視線を落とす。
 すると、自分と光志の間から、にゅっと誰かの腕が背後からのびてきた。
 その人差し指が、画面に表示されたある曲名を示している。
 驚いて後ろを振り向くと、お茶の入ったグラスを持った兼治が立っていた。

「次はこれだ、これ」
「えっ!? でもぉ……」

 兼治がトントンと突く指先にもう一度目を向ける。
 そこには「ここはデビュー前の曲をまとめた部分」と説明された時に見たCDジャケットが表示されていた。

「これ……誰一人わかんねえって、絶対」

「そん時はそん時だ。ほらほらお前ら、次行くぞー次!」

 タブレットの画面を見つめ、光志は眉間に皺を寄せ「無理無理」と手を左右に振る。
 だけどバンドマン本人の意見を無視するように、兼治はポンと再生ボタンをタップした。





 仕事の解放感も相まって、食堂で大騒ぎをした後、少し遅めの昼食を作って、和気あいあいと食事を摂った。
 そして少しの休憩を挟み、美奈穂は先輩女性スタッフたちに引っ張られ、大浴場へ足をのばした。

「うわぁ……ひっろーい」

 初めての大浴場に美奈穂は興奮しっぱなしで、タオルでしっかり身体を隠しつつ、キョロキョロと子供のように辺りを見回す。
 参加者のために開放された場所でも、今はスタッフが使って大丈夫みたいだ。
 思う存分堪能するぞと、今さっき男女でわかれた暖簾をくぐる直前男性陣が意気込んでいて、子供みたいとつい笑ってしまった。

「美奈穂ちゃん、こういう広いお風呂は初めて?」

「はい! 初めてです!」

 先輩に声をかけられた美奈穂は、にっこり笑みを浮かべ大きく頷く。
 その様子を周りで見ていた女性陣にも笑みが広がり、みんな子供を見守るように美奈穂をあたたかく見つめていた。



 みんなそれぞれ軽く身体を洗って、一番大きな浴槽に全員で浸かる。
 炭酸風呂やジェットバス、色々と温泉の種類は豊富みたいだ。だけど、みんなこぞって一番大きな温泉効能がある浴槽を選び、次々と身体を沈めていく。

「はあ……温泉ってだけで、身体の疲れが取れる気がするわ。部屋でも湯舟に浸かっていたけど、ただのお湯じゃ味気ないわよね」

 一人が声をあげると、そこかしこから「そうそう」と同意の声が上がる。
 その様子に頬を緩ませながら、美奈穂はふと男湯と女湯を仕切っている壁を見上げた。

(あっちは志郎さんたちがいるから……私たちの倍以上なんだよね。大変そう)

 そのまま美奈穂は、改めて自分と同じ湯舟に浸かる先輩たちを見つめる。
 そこには、いくら探しても千草の姿は見つけられない。

「千草さん、残念がってましたね。一緒にお風呂入れないの」

「妊婦さんが大浴場ってのは危ないからね。足を滑らせて、お腹を打ち付けても大変だし」

 仕事も終わったし、昼から温泉に入ろうと盛り上がって、各自着替えを取りに一旦部屋へ戻った時、妊娠中の千草と兼治は、別で入るとその場を動こうとしなかった。

『俺たちは俺たちで、部屋で入るから気にすんな』

『皆さん、楽しんでくださいね』

 笑顔で他のスタッフたちを見送ってくれた二人。その優しい笑顔に、美奈穂は若干心苦しくなっていた。

(二人も一緒が良かったな)

 壁の向こうから、時々男湯の楽しげな声が聞こえてくる。
 男女別だとしても、この場に全員揃えば、もっと楽しかったはずだ。
 そう思わずにはいられない。

「美奈穂ちゃん、美奈穂ちゃん」

「……はい?」

 そんな時、ちょんちょんと肩を叩かれ、隣にいる亜沙美が声をかけてきた。
 やけにニヤついた笑顔なのは気のせいかな?
 なんて疑問を抱きながら、美奈穂はそちらを向く。

「本当に、光志くんとエッチしてないの?」

「ふぇ!?」

 コソコソと亜沙美に耳打ちされた美奈穂。だけどその内容に驚いて出した声は、広い女湯に木霊する。

「ちょっと! 美奈穂に変なこと教えないでくださいよー!」

「そんなことしてませーん」

「――っ!」

 思わずあげた声は思った以上に響いたのか、男湯の方から光志の不機嫌な抗議が聞こえる。
 次の瞬間、口を揃えてノーと答える先輩たちの満面の笑みを前に、温泉で温まった身体を更に熱くしながら美奈穂は声にならない悲鳴をあげた。
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