ミステイク・オブ・ゴッド~オネェ男子が迫ってきます~

雪宮凛

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馴れ初め編/第三章 不明瞭な心の距離

42.じれったさに翻弄されて

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 翌日、出社後真面目に仕事をしていた千優は、昼休憩を知らせる音楽が流れるのとほぼ同時にやってきた茅乃に捕らえられ、総務部から連れ出された。
 朝作ったおにぎりと、冷蔵庫の中にあった残り物を詰めた弁当を手にし、彼女の後に続くと、到着したのは社員専用駐車場の一角。
 そのまま、近くに停まっていた車の助手席に押し込まれてしまい、混乱の二文字が引っ切り無しに激しダンスを踊っている。

「よっし、これで邪魔者は居ない! さあ千優よ、思う存分話したまえ」

 運転席へ乗り込みしっかりドアにロックをかけたことを確認した茅乃は、瞳はキラキラと輝かせ、鼻息荒く助手席に座る千優の方を向く。

「ちょ、ちょっと待って! 何の説明も無しに連れて来られて、いきなり話せって順序が色々違うでしょうが!」

 何一つ状況を理解出来ていないことを、懸命に訴えてみるものの、茅乃はこちらの主張を理解していないように思えた。
 営業部一のやり手が聞いて呆れる。そんな思いを抱いてしまう程、今の彼女に状況説明を求めてはいけない気がする。
 こうなったら、一つ一つ疑問を解決する他無さそうだ。

「どうしてこんな所に私を連れてきたのさ? いつもなら、食堂か外で食べるでしょ……」

「食堂とか、近くの店だと会社の人達がいるから、千優が話しにくいかなー、と思って」

 移動中落とさずにすんだ弁当が入った巾着袋を、一先ず膝の上に置きながら千優は口を開いた。
 一旦手元へ落とした視線をあげると、まるで大好きな小説や漫画に触れている時のように、えへへっと茅乃の顔に笑みが浮かんでいる。
 しかし、その視線がわずかに泳いでいることを見逃すわけにはいかない。

「私が話しにくいって何? 私、別に茅乃に話すことなんて……」

「いやいやいやいや、あるでしょー! 國枝さんとの、デ、エ、ト……どんな感じだったか詳しく教えなさい!」

「でっ!?」

 こちらの問いかけに、彼女は胸元で右手をパタパタと激しく振る。その表情は、必死そのもの。
 そのまま、シートベルトをせず座っていた席からグイっと身を乗り出したかと思えば、期待のこもった眼差しをこちらへ向けてきた。
 迫りくる友人の迫力に、思わず後退ってしまう千優だが、すぐに助手席のドアに退路を阻まれ身動きが取れなくなる。
 昨日の一件について話せと言う彼女の言葉が、脳内で何度もリフレインする。頭の中で響く声のせいで、次第に顔が熱くなっていった。

「ちょ、ちょっと一緒に出掛けようって言われただけ……って、電話でも言ったじゃん!」

「うん、確かに言ってたよ? だけど……私が単にカマかけただけでここまで赤くなるとは……ますます聞きたくなるじゃない」

 服のコーディネートについて相談した際の事を思い出しながら、どうにか話題をそらせないものかと必死に模索する。
 しかし、眼前には、まるで獲物を前にした蛇のごとく、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる友人がいる。
 蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事かと、千優は己の負けを悟るしかなかった。





 その後、必死の抵抗も虚しく、千優は昨日の一件を友人へ報告することとなった。
 コンビニに二度も立ち寄った事や、アパートに関すること、そして國枝の家族情報など、多少誤魔化した部分はある。
 しかし、昼食をとりつつ、昨日一日で起きた大半の事を話したと感じるのは、きっと気のせいではないだろう。

「うふふ、今回も素敵すぎるネタ提供をありがとう」

「ネタって言うな……というか、提供ってどういうこと?」

「んー? いつか同人漫画のネタにでもしようかと思って」

「止めてー! それだけは頼むからー!」

 ホクホクと幸せそうな顔をこちらへ向ける茅乃の手には、食事を終えてからずっとスマートフォンが握られている。
 先程から必死に弄っていたその手を、ようやく彼女は止めた。
 千優には到底不可能なスピードで、文字を入力し続ける姿を横目に、終始決して覗き込むなと本能が警告していたため、記された内容は知らない。
 しかし、隣から聞き捨てならない言葉の数々が聞こえ、千優は慌てて運転席の方を向き、茅乃の膝をパンパンと叩き訴えた。

(あれ? そう言えば……前にも、こんな事……無かったっけ?)

 不意に、頭の中を何かが過る。
 半ば拉致のごとく仕事場から連れ出され、数日以内に起きた一件を話せと迫られる感覚。そんな茅乃のやり口には妙に覚えがあった。
 しばし頭の中にある記憶箱を探り、千優は離れ離れだった点と点をようやく結びつける。

(そうだ、懇親会の時!)

 懇親会の時に酔いつぶれ、國枝に介抱された話を、週末明け、すぐ横にいる彼女に根掘り葉掘り聞かれたことを思い出した。
 そのまま、自分がおかした失態の数々を軒並み思い出してしまった千優は、襲いくる羞恥に耐え切れず頭を抱え俯く。
 國枝の顔を思い出せば、芋づる式に昨日の事を思い出し、余計身体が火照るのが厄介だ。


「ちーひーろー、だいじょぶかーい?」

「うぅ……誰のせいだと思ってるのさー」

 数分後、もう何度目かわからぬため息を新たにつけば、ポンポンと後頭部を撫でられ、頭上から声が聞こえてくる。
 文句の一つでも言いたい所だが、上手い言葉が見つからない。
 渋々顔をあげると、申し訳なさそうに眉を下げ、こちらを見つめる茅乃と目が合った。今回は、こちらの状況をきちんと理解しているらしい。
 千優は、一際大きく息を吐き、心の中に残っていたモヤモヤな感情をすべて外に出すと、勢いよく身体を起こし、シートの背にその身を預ける。

「本当にごめんって。誰にも言わないからさ。ね?」

「どうせなら漫画のネタも止めて……」

「それは約束できな……って、そんな睨まないでよー」

 再三止めて欲しいと言っているのに、茅乃は漫画のネタについて千優が納得する返事をしない。
 つい苛立ってしまい、ギロリと彼女を睨みつける。
 今まで以上に慌てふためくその様子に、もう心配しなくてもいいかと視線を前方へ戻し、千優は軽く目を伏せた。

「國枝さんとのお出かけ、楽しかった?」

「……まぁ、それなりに」

「それなりって、あんた……。もう、素直じゃないんだからー、ウリウリ」

「ちょ! 止めてってば」

 隣から聞こえる問いに、不思議と頬が熱を持つ。視線を助手席の窓から見える景色へ向ければ、ツンツンと頬を突かれ、茅乃がじゃれついて来た。
 慌ててその手をふり払おうと、千優は彼女の方をふり向く。すると、視線の先いたのは意地の悪い笑みを浮かべた友人ではなく、どこまでも優しく微笑む女性ただ一人。

「國枝さんと、一緒に過ごせて良かったね」

「……うん」

 今日一番と言える程友人の優しい声が耳をくすぐる。
 そのあたたかな音色に惑わされたのか、千優は無意識のうちに首を縦に振っていた。
 彼女の言葉に呼応し、脳内に広がるのは國枝の笑顔。じわりと熱を増す頬には、気づかないふりをする。

「明日、買ってもらったコート着てきてよ」

「ま、まだそんなに寒くないから無理だって。あれは冬でも着れるように作られてるっぽいし……」

「なーんだ、残念。それじゃあ、寒くなったら一番に見せてね。あ、一番に見せるのは國枝さんにか」

「かやっ、からかわないで!」

 どこか見知らぬ女性のように思えた笑みは瞬く間に消え去り、目の前には次第に見知った友人の顔が戻っていく。
 その後、昼休憩が終わるギリギリまで、二人は軽口を叩き合い、いつもと変わらぬ穏やかな時間を過ごした。





「茅乃ー、何やってんの。早くしないと昼休み終わっちゃうよー」

「あぁ、うん。今行くー」

 車を降り、鍵をかけるから先に行けと言う友人の言葉に甘え、一足先に駐車場の出口を目指し歩き出す。
 しかし、しばらくしても自分を追いかける足音は聞こえず、千優は立ち止まり、二人で乗っていた車を停めているスペースの方へふり向き声を発した。
 すると、その声に反応し、茅乃は足早にこちらへ近づいてくる。
 そのまま、午後の仕事が面倒だなどと愚痴をこぼしながら、二人はそれぞれの仕事場へ戻っていった。



『ほんっと、千優ってば素直じゃないんだから。あぁ、もう……早くくっつけっての』

 一人運転席の横へたたずみ、車の施錠を行いながら友人が紡いだ独り言など知らず、千優は午後の仕事も精一杯取り組もうと、心の中で己に喝を入れた。
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