ミステイク・オブ・ゴッド~オネェ男子が迫ってきます~

雪宮凛

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馴れ初め編/第三章 不明瞭な心の距離

44.彼が己を偽る理由(國枝視点)

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 休憩がてら飲み物を買いに来ただけのはずが、何故自分は今こんなにも不快な思いをしているのかと、國枝は不思議でならなかった。

「やっぱり皆もそう思う?」

「思う思う。國枝さん、やっぱりいつもの色の方がいいですよ!」

 自動販売機の前で飲み物を選んでいる最中に声をかけられ、ふり向いた先に居たのが今目の前にいる女性達だ。
 過去、何度か声をかけられ話したことがある、程度の認識しか無かった彼女達に対する評価は、現在進行形で下降し続けている。





 國枝がまだ小さい頃、姉や母の手によって女装の真似事をさせられる機会が何度もあった。
 可愛らしい容姿だったこともあり、母は真剣に、姉達は遊び半分で國枝家唯一の男の子を着せ替え人形にしていたのだろう。
 しかしそれらは、彼が物心つく頃、自分自身で拒絶の意思を示したことにより終息する。
 母は酷く残念がっていたが、自分は男だと思うと、スカートを穿くなど許容できるわけもない。

 だが、それから約十数年後、大学生になった國枝は、自ら髪を伸ばし、己の口調を偽り始めた。
 その理由は、周囲に群がる女性達から逃れるため。

 幼少期から端正な顔立ちをしていたこともあり、國枝はとにかくモテた。
 小学生の頃は、恥ずかしさを感じつつ、女の子達にキャーキャー騒がれることが少しだけ嬉しかったのを覚えている。
 しかし、中学生、高校生と、年齢を重ねるごとに、自分の外見にしか目を向けず、周囲で騒ぐ女性達を鬱陶しいと思い始めたのだ。
 交際経験もそれなりにしてきたが、本当の意味で恋人と呼べる相手は、今思えばいなかったかもしれない。

 真っ直ぐ自分と向き合ってくれる女性を求めても、彼の前には一人としてそんな人物はあらわれなかった。
 その結果、國枝は己を偽り、奇人変人の仮面を被ることで、自分に群れる彼女達の瞳と意識を欺くこととなる。
 家族からは、「男の人を好きになっても、ちゃんと紹介してね」と言われたが、國枝にそのような性癖は無い。
 ただ単に己を守るためにつけていた仮面が、いつの間にか彼の日常に溶け込んでいただけだった。

 希望していた会社に無事入社した後、就職活動のために切った髪を再び伸ばした國枝は、気づけばオネェな変人社員としてそこそこ名の知れた存在となった。
 完全な男として生活していた時より群がってくる女性の数は減ったものの、今度は違う意味で女性の影が後を絶たない。

 だが、言い寄ってくる女がいないだけマシなのだろう。
 今の自分には、一心に想いを向けたい人がいるのだから。





「ちょっと、いいかしら?」

 勝手なことを絶え間なくペラペラ喋り続ける女達を前に、國枝は徐に口を開く。
 すると、グループ内で勝手に盛り上がっていた彼女達の視線が、やけに輝きを増しながら自分の方へ一斉に向けられた。

(あぁ……ウザい)

 久しぶりに抱く嫌悪感が、國枝の心を切れ味の鋭いナイフのように研ぎ始める。
 そんな状況を彼女達が知る由もない。

「このネクタイ、知り合いからの贈り物なのよ。だから、ね? あまりそういう事は……」

「贈り物!? その人、センス無いですねー。國枝さんのセンスを見習って欲しいです」

 どうにか心を落ち着かせ、これ以上ネクタイに対する、いや、千優に対する批判を聞くまいと、國枝は自ら言葉の防波堤を築く。
 贈り物と知れば、流石の彼女達もこれ以上罵るなんて馬鹿なことはしないはずだ。
 しかし、そんな確信にも似た思いは、瞬く間に踏みにじられる。

(……は? 何言ってんのこいつ。本当に社会人か? いや、学生でも気づくだろう、このくらい)

 自分の目と耳を疑いそうになりながら、一度開いた口を閉じること無く、再びベラベラと喋りだす女達を、國枝はただ唖然と見つめるしかなかった。





「おーい、そろそろその殺気しまえー」

 ポン、と後頭部に触れる大きな手の感触と、耳元で聞こえた声に、急速に意識が引き上げられる。

「……っ! ご、後藤、ちゃん? どうしたの、一体」

 我に返った國枝が声が聞こえた方へふり向くと、いつの間にかすぐ横に同期後藤の姿があった。
 何故か彼は呆れ顔でこちらを見つめ、ポンポンと何度も國枝の頭を叩いてくる。
 百七十後半はある自分よりも数センチ身長が高い後藤と目線を合わせるには、少しばかり視線を上へあげる必要があった。

「偶然近くを通りかかっただけだ。そしたらお前が、面倒そうな奴らに絡まれてるのを見つけて、な?」

「ちょっと、見てたなら助けてくれても良かったじゃない!」

 彼の方へ向き直れば、頭を撫でていた手がスッと離れていく。
 そのまま一定の距離を保ちたたずむ後藤は、深い溜め息を吐いた。様子を見る限り、先程の一件のほとんどを見られていたとしか思えない。

「助けに入りたかったけど……俺が行ったら余計ややこしくなりそうだったしなぁ。……いろんな意味で」

「いろんな?」

「気にするな。それよりほら、さっさと戻るぞ」

 ガシガシと後頭部をかきながら口を開く同僚。最後に呟かれた言葉の意味がわからず首を傾げる。しかし、後藤は正解を教えてくれない。
 グイグイと背中を押される形で、斜め後ろへ向けていた体勢を元に戻す。すると、先程まで居たはずの喧しい面々が消えていることに、國枝は今更ながら気づいた。

「あら? あの子達は……」

「激怒したお前の睨みに怯えながら逃げてった」

 キョロキョロと辺りを見回すと、同僚の口から探し求める答えが飛んでくる。

「まぁ大変! あとで謝りに行かないとっ!」

「何が謝らなきゃーだよ。お前、あの子達の所属知らないだろ。謝る気なんか無い癖に」

 呆れ顔でこちらに視線を送る後藤の言葉に、國枝は肩を竦めゆっくりと歩き出す。
 自分の思考をいとも簡単に読み取った彼はエスパーなのか、それとも単に自分がわかりやすい態度だったのか。
 少しばかり疑問が残るところだが、相手は気心の知れた後藤だ。特に気にすることは無いだろうと、國枝は歩き続ける。
 彼の言う通り、最初から謝る気など無い。あちらから勝手に絡んできたと思えば、人の機嫌を損ね、怖気づいて逃げて行った。
 そんな女達のもとへなど、自ら足を運ぶ気にも、言葉を交わす気にもなれない。

「少しだけ話してる内容聞こえたんだけど……それ、柳に貰ったのか?」

 國枝に続き歩き出した後藤が隣に並ぶ。その視線は、國枝の胸元を彩るネクタイへ向けられた。

「そうなのよー。昨日ね、一緒にお出掛けして、柳ちゃんに買ってもらったのよ!」

 女達とは違い、数分前に聞いたであろう会話だけで、ネクタイを手に入れた経緯を察する後藤。
 こちらの状況もそれとなく理解しているからかもしれないが、先程の女達との差は歴然だ。
 社会人たるもの、彼女達も彼のような対応をしてくれれば、こんなに心がザラつくことなど無かっただろう。





 その後、商品開発部のフロアへ戻るまでの間、國枝は昨日起きた出来事を終始嬉しそうに後藤へ話し聞かせた。
 後藤は途中で遮るようなことはせず、適度に相槌と同意の言葉を口にするだけ。
 同い年とは思えない程、彼の精神は大人である。

「ほんっと昨日は……アタシ、もう死んでもいいってくらい幸せだったわぁ」

「死んでもって……本当に死んだら、柳がお前を好きだった場合どうするつもりなんだよ」

「はっ、そうね! 簡単に死んだりしたらダメだわ!」

 柔らかく甘い、まるで綿菓子のようなぬくもりに包まれ、時折レモンのような酸味を感じる一日を思い出し、ニヤけてしまう顔が言うことをきかない。
 しかし、冷静な同期のツッコミが冴えたおかげか、國枝は瞬時に正常な思考を取り戻した。
 一瞬でも気を抜けば、再び思考と顔が腑抜けそうになるため、今日は一日気を張っていないといけないかもしれない。

「……っし。さぁ、退勤時間までバリバリ働くわよ!」

 商品開発部のフロアまであと数メートルという所で、一旦立ち止まった國枝は、スッと胸元へ視線を落とし、おろしたばかりのネクタイをひと撫でする。
 その瞬間、脳裏に浮かぶのは、これまで見てきた千優の笑顔だ。それは時に驚きを含み、無邪気に笑い、恥ずかしそうに頬を染める。
 今度また彼女と会えた時は、一体どんな笑顔を見せてくれるのか。想像しただけで、仕事への活力がみなぎってくる。

「ははっ、さっきとは大違いだな……って、そうだ。柳」

「ん? なーに?」

「今夜、柳に電話をかけておけよ」

「……? 突然どうしたの? 何で急に電話なんて……」

「いいから。かけてやれって」

 再び歩き出そうとした時、不意に後藤がなんとも不思議な提案をしてきた。
 彼の言葉が意味するものを理解出来ず首を傾げれば、いつも以上に真剣な表情を浮かべた彼が、最後に優しく微笑む。

 心優しい同期の助言が意味することを知るのは、今から数時間後――。
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