11 / 73
馴れ初め編/第二章 お酒と油断はデンジャラス
11.プルルンもち肌への道
しおりを挟む
千優と茅乃が初めて出会ったのは、約二年前。
その日、千優は一人で社員食堂へやってきた。
体調不良で休む者、用事があると頭を下げる者など、いつも一緒にお昼を食べる同僚達が誰一人として捕まらなかったためだ。
(うわ……今日は混んでるな)
最近は、皆に誘われるまま会社の外で食べることが多かったため、久しぶりに訪れた食堂の賑わいっぷりに、思わず怖気づく。
しかし、今更外へ出て店を探す気にもなれず、千優は食券を買おうと券売機へ向かった。
それから、十分と経たず注文したものを受け取ることが出来た。流石、『安い、早い、美味い+α』が売りの社員食堂だけある。
昼休憩時になると、ここへ来るか、外へ食べに行くか、自前の昼食を食べるかで皆、思い思いの行動をする。
ここのメニューはかなり種類があるため、社員達にとても人気だ。
安さの他にも、ボリュームのあるメニューや、低カロリーなメニューなど、様々な社員層を虜にしている。
『あの、相席してもいいですか?』
『ん? あぁ、どうぞ』
トレーを手にした千優は、空席を探し、しばし食堂内をうろついた。
その結果、一番目立たないであろう食堂の片隅に空席を見つけた。
そこで目にしたのが、ブックカバー付きの本を片手に食事を摂る茅乃であり、これが二人の出会いとなった。
『漫画だろうと小説だろうと、音楽だろうとスポーツだろうと……それを欲する人がいるからジャンルが成り立ってるのよ』
食堂での相席をきっかけに、二人は互いの姿を見れば挨拶を交わす様になった。
次第にその回数は増え、世間話をする仲となり、時間が合えば互いをランチへ誘うような間柄となる。
初めて腐女子の一面を見せられた時は驚いたが、声高らかに力説され、気づいた時には頷き納得する自分がいた。
多少の驚きと戸惑いこそあったが、互いに言葉を交わし、各々の内面をさらけ出していくと、二人の間にあった壁が崩れていく。
気がついた時には、先輩後輩の垣根を越えた友情が彼女達の心に芽生えていた。
半ば捕虜状態で社員食堂へ連行された千優は、注文したうどんをすすりながら、ポツリポツリと懇親会での騒動と、その後起こった事について話し始める。
途中、茅乃の意識が他へそれて欲しいと祈るも、そんな都合が良い展開など早々訪れはしなかった。
流石に一夜の過ち疑惑については誤魔化したが、結果的にそれ以外のほとんどを報告する羽目になった。
「……國枝さんって、女子だっけ?」
「多分違う」
唖然とする茅乃を視界にとらえ、軽く首を横にふる。
女子力全開な國枝に驚くのは自分だけではないと知り、不思議と安堵してしまうのは何故だろう。
所々誤魔化し話したものの、省く箇所を脳内で添削したせいか、千優は結局はすべてを思い出す羽目になった。
頬がじんわりと熱を持つ理由は、温かいうどんを食べたせい。そう何度も自分に言い聞かせるが、肝心の物はもう十分以上前に腹の中へ消えている。
「あのさ、茅乃」
「んー?」
「國枝さん……というか、男って、何あげたら喜ぶと思う?」
話をしている最中、千優は今まで思いもつかなかった問題点に気づいた。
普段の生活とはかけ離れた内容のため、頭の片隅で小さな分身が思い悩むあまりのたうち回っている。
それは、借りたジャージと一緒に渡すお礼の品について。
本人を前にした時はきちんと考えていたはずなのに、家に帰って気が緩んだのか、頭の中からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
「國枝さんか……もうさ、いっその事、お礼はア、タ、シって感じで……ごめんなさい、ふざけました。だから、そんな冷たい目で見つめないで!」
腐女子という一面こそあれ、美人で仕事が出来る茅乃なら、恋愛経験はそこそこ豊富かもしれない。
そんな淡い期待を込め首を傾げた千優に投げかけられたのは、全力でからかおうとする友の言葉。
自分は真剣に相談しているのだと瞳で訴えれば、慌てた様子で友人はペコペコと頭を下げてくる。
営業職なのだから、心の機微には敏感だろうなどと、勝手な思い込みをした自分が間違っていたのかと、呆れ混じりの吐息が漏れる。
(お返しのプレゼント……)
これまでの人生で、千優は一度も異性にプレゼントなど贈ったことが無い。
もちろん、バレンタインなどのイベントごとも華麗にスルーしていた。
そのせいでこんなにも思い悩むなど誰が想像出来ただろう。
ハンカチなどの普段使い出来るものがいいか、それとも手軽に食べれる焼き菓子がいいか。はたまた、奇を衒ったものがいいのか。
「現実の世界って……難しい」
無意識に心の声が漏れたまま、力なくテーブルに額を押し当てる。しかし、グルグルと脳内をループする疑問が解決されるわけはなく、千優は時折唸り声をあげた。
ただでさえここ数日フル回転していた脳は、既にオーバーヒート寸前だ。
「おっ? 何々? 千優もついに二次元に興味出てきた? 一緒に夢の世界へ続く扉開く?」
グリグリとつむじを突かれる感触と共に、楽しげな茅乃の声が聞こえてきた。
表情こそ見えないが、きっと今彼女の口元は悪戯な笑みが浮かんでいるのだろう。
「煩い、黙れオタク。もう一緒にショップ行かないから」
「あぁ、ごめんってばー! ……はっ! そうだ忘れるところだった。千優、今度の土曜日って暇?」
「……え?」
千優がいくら暴言を吐いても、茅乃が屈する様子は無く、本気の謝罪とは思いづらい明るく軽い声が返ってくる。
これまで何度もくり返してきたやりとりに、本気で怒りを覚える方がバカらしいと早々に心を落ち着かせようと努めた。
己が発した言葉に、過去何度も付き合わされたアニメグッズ専門ショップの光景を思い出しながら、今度は一体何を言われるのだろうと思い、顔をあげる。
眼差しが見つめる先にいたのは、これまでとは違い真剣な表情を浮かべた友人の姿。
(あ、これ地雷踏んだかも)
頭の中で鳴り響く警鐘に、テーブルから上げた顔の筋肉がみるみる引きつっていく。
「今度の日曜日にイベント行くのよ。それで、土曜日に事前物販があるから……お願い、一緒に並んで」
「私が行く意味あるの? その物販って」
「ランダムな缶バッチの中から、千優大明神様に見事推し君を引き寄せてもらいたいわけですよ!」
「……一番の目的は?」
「ぼっちで並んでるの死ぬほどつまんないから、話し相手になってけろ!」
普段の声色からは想像もできない可愛らしい声を発し、キラキラと目を輝かせる茅乃。どこまでもブレない友人の姿に、千優の口からはこの日一番のため息が零れた。
土曜日の付き添いを交換条件に、お礼の品探しの手伝いを取り付けた千優は、一日の仕事を終え自宅へ戻った。
入浴を済ませ、濡れた髪をタオルで拭きながら、飲み物を探し冷蔵庫を開ける。
『いくら他の子より髪が短いからって、手を抜いちゃ駄目よ』
作り置きのお茶が入ったペットボトルに手をのばせば、不意に頭の中で國枝の声がよみがえった。
まるで怠けている千優を監視でもしているような出来事に、ハハッと口から乾いた笑いが零れる。
「…………」
そのまま一度は止まった手を動かし、目的の物を取り出した後彼女が向かったのは、キッチンの調理台だ。
そこにペットボトルを置いた千優は、肩にかけてあったタオルを取り、ガシガシとまだ水分が残る髪を拭き始める。
(これで、いいのかな)
水分を拭き取るよう心掛け両手を動かすが、どうにも納得がいかない。
『今は大丈夫と思ってても、すぐにお肌の調子が変わってくるのよ。乾燥しないよう、しっかり保湿しなきゃ』
再び思い出した言葉に促されるまま、千優は一旦キッチンを離れ、リビングの一角に置いてある棚から化粧水ボトルを手に取る。
そして、たった一回だけ受けたマッサージを思い出しながら、両手に広げた化粧水を染み込ませるようとするが、どうにも上手くいかない。
(全然違う……)
髪を拭いてもらった時も、顔のマッサージを受けた時も、これまで味わったことのない心地良さを感じていたはずなのに、いざ自分でやってみると再現の難しさを痛感する。
そこに心地良さなど無く、感じるのは痛みだけだ。最初は張り切っていた手の動きも、次第に鈍くなっていく。
「気持ち、良くない」
その後、何度頬を突いても、あの心地良いもち肌を取り戻すことは出来なかった。
その日、千優は一人で社員食堂へやってきた。
体調不良で休む者、用事があると頭を下げる者など、いつも一緒にお昼を食べる同僚達が誰一人として捕まらなかったためだ。
(うわ……今日は混んでるな)
最近は、皆に誘われるまま会社の外で食べることが多かったため、久しぶりに訪れた食堂の賑わいっぷりに、思わず怖気づく。
しかし、今更外へ出て店を探す気にもなれず、千優は食券を買おうと券売機へ向かった。
それから、十分と経たず注文したものを受け取ることが出来た。流石、『安い、早い、美味い+α』が売りの社員食堂だけある。
昼休憩時になると、ここへ来るか、外へ食べに行くか、自前の昼食を食べるかで皆、思い思いの行動をする。
ここのメニューはかなり種類があるため、社員達にとても人気だ。
安さの他にも、ボリュームのあるメニューや、低カロリーなメニューなど、様々な社員層を虜にしている。
『あの、相席してもいいですか?』
『ん? あぁ、どうぞ』
トレーを手にした千優は、空席を探し、しばし食堂内をうろついた。
その結果、一番目立たないであろう食堂の片隅に空席を見つけた。
そこで目にしたのが、ブックカバー付きの本を片手に食事を摂る茅乃であり、これが二人の出会いとなった。
『漫画だろうと小説だろうと、音楽だろうとスポーツだろうと……それを欲する人がいるからジャンルが成り立ってるのよ』
食堂での相席をきっかけに、二人は互いの姿を見れば挨拶を交わす様になった。
次第にその回数は増え、世間話をする仲となり、時間が合えば互いをランチへ誘うような間柄となる。
初めて腐女子の一面を見せられた時は驚いたが、声高らかに力説され、気づいた時には頷き納得する自分がいた。
多少の驚きと戸惑いこそあったが、互いに言葉を交わし、各々の内面をさらけ出していくと、二人の間にあった壁が崩れていく。
気がついた時には、先輩後輩の垣根を越えた友情が彼女達の心に芽生えていた。
半ば捕虜状態で社員食堂へ連行された千優は、注文したうどんをすすりながら、ポツリポツリと懇親会での騒動と、その後起こった事について話し始める。
途中、茅乃の意識が他へそれて欲しいと祈るも、そんな都合が良い展開など早々訪れはしなかった。
流石に一夜の過ち疑惑については誤魔化したが、結果的にそれ以外のほとんどを報告する羽目になった。
「……國枝さんって、女子だっけ?」
「多分違う」
唖然とする茅乃を視界にとらえ、軽く首を横にふる。
女子力全開な國枝に驚くのは自分だけではないと知り、不思議と安堵してしまうのは何故だろう。
所々誤魔化し話したものの、省く箇所を脳内で添削したせいか、千優は結局はすべてを思い出す羽目になった。
頬がじんわりと熱を持つ理由は、温かいうどんを食べたせい。そう何度も自分に言い聞かせるが、肝心の物はもう十分以上前に腹の中へ消えている。
「あのさ、茅乃」
「んー?」
「國枝さん……というか、男って、何あげたら喜ぶと思う?」
話をしている最中、千優は今まで思いもつかなかった問題点に気づいた。
普段の生活とはかけ離れた内容のため、頭の片隅で小さな分身が思い悩むあまりのたうち回っている。
それは、借りたジャージと一緒に渡すお礼の品について。
本人を前にした時はきちんと考えていたはずなのに、家に帰って気が緩んだのか、頭の中からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
「國枝さんか……もうさ、いっその事、お礼はア、タ、シって感じで……ごめんなさい、ふざけました。だから、そんな冷たい目で見つめないで!」
腐女子という一面こそあれ、美人で仕事が出来る茅乃なら、恋愛経験はそこそこ豊富かもしれない。
そんな淡い期待を込め首を傾げた千優に投げかけられたのは、全力でからかおうとする友の言葉。
自分は真剣に相談しているのだと瞳で訴えれば、慌てた様子で友人はペコペコと頭を下げてくる。
営業職なのだから、心の機微には敏感だろうなどと、勝手な思い込みをした自分が間違っていたのかと、呆れ混じりの吐息が漏れる。
(お返しのプレゼント……)
これまでの人生で、千優は一度も異性にプレゼントなど贈ったことが無い。
もちろん、バレンタインなどのイベントごとも華麗にスルーしていた。
そのせいでこんなにも思い悩むなど誰が想像出来ただろう。
ハンカチなどの普段使い出来るものがいいか、それとも手軽に食べれる焼き菓子がいいか。はたまた、奇を衒ったものがいいのか。
「現実の世界って……難しい」
無意識に心の声が漏れたまま、力なくテーブルに額を押し当てる。しかし、グルグルと脳内をループする疑問が解決されるわけはなく、千優は時折唸り声をあげた。
ただでさえここ数日フル回転していた脳は、既にオーバーヒート寸前だ。
「おっ? 何々? 千優もついに二次元に興味出てきた? 一緒に夢の世界へ続く扉開く?」
グリグリとつむじを突かれる感触と共に、楽しげな茅乃の声が聞こえてきた。
表情こそ見えないが、きっと今彼女の口元は悪戯な笑みが浮かんでいるのだろう。
「煩い、黙れオタク。もう一緒にショップ行かないから」
「あぁ、ごめんってばー! ……はっ! そうだ忘れるところだった。千優、今度の土曜日って暇?」
「……え?」
千優がいくら暴言を吐いても、茅乃が屈する様子は無く、本気の謝罪とは思いづらい明るく軽い声が返ってくる。
これまで何度もくり返してきたやりとりに、本気で怒りを覚える方がバカらしいと早々に心を落ち着かせようと努めた。
己が発した言葉に、過去何度も付き合わされたアニメグッズ専門ショップの光景を思い出しながら、今度は一体何を言われるのだろうと思い、顔をあげる。
眼差しが見つめる先にいたのは、これまでとは違い真剣な表情を浮かべた友人の姿。
(あ、これ地雷踏んだかも)
頭の中で鳴り響く警鐘に、テーブルから上げた顔の筋肉がみるみる引きつっていく。
「今度の日曜日にイベント行くのよ。それで、土曜日に事前物販があるから……お願い、一緒に並んで」
「私が行く意味あるの? その物販って」
「ランダムな缶バッチの中から、千優大明神様に見事推し君を引き寄せてもらいたいわけですよ!」
「……一番の目的は?」
「ぼっちで並んでるの死ぬほどつまんないから、話し相手になってけろ!」
普段の声色からは想像もできない可愛らしい声を発し、キラキラと目を輝かせる茅乃。どこまでもブレない友人の姿に、千優の口からはこの日一番のため息が零れた。
土曜日の付き添いを交換条件に、お礼の品探しの手伝いを取り付けた千優は、一日の仕事を終え自宅へ戻った。
入浴を済ませ、濡れた髪をタオルで拭きながら、飲み物を探し冷蔵庫を開ける。
『いくら他の子より髪が短いからって、手を抜いちゃ駄目よ』
作り置きのお茶が入ったペットボトルに手をのばせば、不意に頭の中で國枝の声がよみがえった。
まるで怠けている千優を監視でもしているような出来事に、ハハッと口から乾いた笑いが零れる。
「…………」
そのまま一度は止まった手を動かし、目的の物を取り出した後彼女が向かったのは、キッチンの調理台だ。
そこにペットボトルを置いた千優は、肩にかけてあったタオルを取り、ガシガシとまだ水分が残る髪を拭き始める。
(これで、いいのかな)
水分を拭き取るよう心掛け両手を動かすが、どうにも納得がいかない。
『今は大丈夫と思ってても、すぐにお肌の調子が変わってくるのよ。乾燥しないよう、しっかり保湿しなきゃ』
再び思い出した言葉に促されるまま、千優は一旦キッチンを離れ、リビングの一角に置いてある棚から化粧水ボトルを手に取る。
そして、たった一回だけ受けたマッサージを思い出しながら、両手に広げた化粧水を染み込ませるようとするが、どうにも上手くいかない。
(全然違う……)
髪を拭いてもらった時も、顔のマッサージを受けた時も、これまで味わったことのない心地良さを感じていたはずなのに、いざ自分でやってみると再現の難しさを痛感する。
そこに心地良さなど無く、感じるのは痛みだけだ。最初は張り切っていた手の動きも、次第に鈍くなっていく。
「気持ち、良くない」
その後、何度頬を突いても、あの心地良いもち肌を取り戻すことは出来なかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
564
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる