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序章2
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だがやはり、この運動も恥ずかしくて堪らない。
ジスランと体が密着することになり、耳元には彼の息づかいが直接聞こえる。彼から立ち上るムスクの香りに胸がドキドキし、平常心でいられない。
「体が熱いが、熱でもあるか?」
胸の前で腕をクロスさせ、ジスランと一緒に上半身を後方にねじる運動をしている時、そんなことを言われた。
「……だっ、大丈夫です……っ」
誰のせいだと……と内心恨みっぽく思いつつ、コレットは素直すぎる自分の体を呪った。
ようやく体の密着から解放されたと思いきや、次の関門がある。
仰向けにされて膝の曲げ伸ばしをしたあと、股関節も満遍なく伸ばされるのだ。ネグリジェを着ているとは言え、下着をつけていない状態で脚を大きく開くことになる。
「痛かったら言え」
いつものように短く言い、ジスランはコレットの膝を持って真横に開かせた。
その時――。
くちゅりっとコレットの陰部から小さな水音が聞こえる。
(いやあああああ!!)
あろうことか、ジスランと体を密着させているだけで、コレットははしたなく濡らしていたのだ。
確かにその淫らな音が聞こえただろうに、ジスランは顔色を変えず運動を続ける。股関節の運動をするたびに、くちゅ、くちゅ、と粘ついた音がして生きた心地がしない。
コレットの顔は真っ赤なのに、ジスランはちっとも動じておらずそれがやるせない。
左右両方の運動が終わってネグリジェを直される頃には、コレットはぐったりとしていた。
そして股間を濡らした淫らな欲望も、彼によって清められるのだ。
そのような生活が続き、コレットの意識がハッキリするようになってから、恐らく一か月ほどが経った。
**
「相変わらず記憶がないのか」
「……申し訳ございません」
コレットは自分の足で歩け、ジスランの許可も得て広大な城内を散歩できるようになった。
自分がどのような出自なのか分からない。だが今こうやって彼と向かい合って食事をする上で、テーブルマナーも問題なくできているということは、ある程度の行儀作法が身についた身分かもしれない。
最初こそペースト状の食事が続いていたが、やがてミルク粥やパスタも交じり始めた。特にペンネなどのショートパスタは、フォークで刺すだけなので食べやすかった。
段階を踏んで、今は普通に両手でフォークとナイフを操り、魚や肉をメインとした普通の料理を食べられている。
「薄らと覚えているのは……、暗い森です。私はそこで確かに死にかけていたような気がしました。ですがこうして元気でいられるということは、助けてくださったジスラン様の献身的なお世話のお陰です」
「礼はいい」
相変わらず表情らしい表情はないが、ジスランは「気にしないでいい」と言ってくれている。
――この人はこういう方なのだわ。
胸の奥に温かなものを感じ、コレットはずっと思っていたことを口にする。
「私は、身も心もあなたのものです。帰るべき家が分からない私を置いてくださる以上、私はあなたの命令を何でも聞きます」
普通の人なら、自ら誰かに隷属するなど口が裂けても言わないだろう。
だがジスランという男を信頼し、多大な恩を感じている以上、コレットは彼に従うことを躊躇わなかった。
彼は四六時中コレットの側にいてくれる印象があったが、彼女が眠っている間はデスクで執務をしているようだ。
侯爵という地位を持っている以上、領地の管理や所領の流通や税の取り決めなど、仕事は山積みにあるはずだ。本来なら視察など外に出ることもあるだろうし、国王への謁見やシーズンなら社交界に出ることも役目の一つだ。
しかしジスランは出掛ける素振りは見せず、ずっとこの城にいる気がする。
「私のせいでジスラン様の足枷になっていたらすみません。その代わり、動けるようになった今から私はあなたの手足となります。どんなお役目でもお申し付けください」
食事が終わり、二人は向かい合って紅茶を飲んでいる。
広々としたダイニングには冬の日差しが差し込み、窓の外には心寂しい庭園がある。春になれば花が咲き乱れるだろうそこは、今は冬を迎えて噴水の水も止まっている。木々は雪が降ってもいいように冬囲いをされ、つるバラや藤を支えるためのパーゴラも、骨組みが剥き出しになっていた。
そんな庭に視線を向け、ジスランは少し思案している。
やがて潔癖そうな唇が開かれると、ポツリと呟く。
「無駄に死ぬな」
「……はい」
何があってあのような事態となったのか、コレットも思い出せない。それでも多分、死のうと思って死にかけた訳ではないのだと思う。
体中にあった痛みは、転げ落ちたなどの打撲ではなく、無数の刺し傷が原因だったように思える。だからあんなに血が失われて、氷に包まれているかのように寒くなって――。
死の感覚を思い出し、コレットはブルリと体を震わせた。
(……いいえ。でもあの時は混乱していたし、何かの間違いに違いないわ)
動けるようになって自分の体を確認してみたが、コレットの肌はツルリとしていて、傷跡なども見当たらなかったのだ。
(考えれば考えるほど、分からない)
そっと息をつき、コレットは別の提案をする。
「一度救って頂いた命を、無駄にするつもりはございません。そうではなくて……。何かジスラン様に尽くせるための、ご命令をください」
彼のために何かしたいのだと言うと、ジスランはまた考え込む。
「……メイドに混じって手仕事をさせるつもりはない。あなたは高貴な生まれなのだろう。そんな女性(ひと)が、白魚のような手を荒らすこともない」
「では……」
何をすれば、ジスランに恩返しができるのか。
唇を噛むコレットに、ジスランは「夜までに考えておく」とだけ言うのだった。
**
コレットがずっと寝かされていた寝室は、一応彼女のために宛がわれた部屋らしかった。
ジスランの部屋は続き間の向こうにあり、その間に衣装室やティールームなど様々な部屋が繋がっている。寝室の隣にはバスルームもあり、広いバスタブやチェーンを引くとお湯が出るポンプ式のシャワーもあった。
棚には瓶があり、そこに洗髪剤や香油などが並んでいる。スタンドシャンデリアやアロマキャンドルも沢山あり、レディのバスルームとしては最上級だと思う。
まるでこの城の女主人のような扱いを受け、コレットは内心戸惑っている。
きっとジスランが気まぐれに拾ったに違いないのに、身の丈に合わない贅沢をしてはいけない。ジスランの家族に会ったことはないが、彼のように素敵な人なら妻や恋人がいてもおかしくない。
ここが彼の別荘だとしても、女主人に快く思われないのは当たり前だ。
だからコレットは、本来の女主人が姿を現す前に、メイドか侍女としてジスランに仕えたいと思っていた。
いつもの寝室で待っているよう言われ、コレットはクッションにもたれ目を閉じている。ベッドサイドにあるランプは東方の物らしく、明かりを付けると幻想的な模様が浮かび上がるのが好きだった。
やがてノックの音がし、続き間からジスランが入ってくる。
彼もこれから寝るつもりなのか、トラウザーズにガウンという姿だ。
「ジスラン様。私に用事があるのでしたら、そちらにお窺いしましたのに……」
「いや、ここでいい。座っても構わないか?」
「ええ、どうぞ」
本来なら未婚の女性であるコレットが、男性にベッドを許すなどあり得ない。しかしジスランにならすべてを許しているので、今さら異性として警戒する必要もない。
ジスランがその気になれば、今までコレットの体を自由に弄ぶ機会は幾らでもあったはずだ。
だからこそコレットは安心しきっていた。
微かにベッドを軋ませてジスランが腰掛け、しばらく暖炉やテーブルのある方を見つめる。
この寝室は大きな天蓋付きベッドの他、暖炉とソファセット、壁際に花瓶を載せたチェストがある。壁には美しい風景画があり、窓の風景から建物の四階のようだ。
なぜか寝室はコレットの好きな配色で、家具や絵画なども好みの物だった。
しばらくこちらに背を向けていたジスランだが、やがてポツポツと話しだす。
「俺は……あなたを森で拾った。確かにその時、あなたは死にかけていた」
「はい」
彼が大事なことを言うのだと悟り、コレットは耳を澄ませる。
ジスランと体が密着することになり、耳元には彼の息づかいが直接聞こえる。彼から立ち上るムスクの香りに胸がドキドキし、平常心でいられない。
「体が熱いが、熱でもあるか?」
胸の前で腕をクロスさせ、ジスランと一緒に上半身を後方にねじる運動をしている時、そんなことを言われた。
「……だっ、大丈夫です……っ」
誰のせいだと……と内心恨みっぽく思いつつ、コレットは素直すぎる自分の体を呪った。
ようやく体の密着から解放されたと思いきや、次の関門がある。
仰向けにされて膝の曲げ伸ばしをしたあと、股関節も満遍なく伸ばされるのだ。ネグリジェを着ているとは言え、下着をつけていない状態で脚を大きく開くことになる。
「痛かったら言え」
いつものように短く言い、ジスランはコレットの膝を持って真横に開かせた。
その時――。
くちゅりっとコレットの陰部から小さな水音が聞こえる。
(いやあああああ!!)
あろうことか、ジスランと体を密着させているだけで、コレットははしたなく濡らしていたのだ。
確かにその淫らな音が聞こえただろうに、ジスランは顔色を変えず運動を続ける。股関節の運動をするたびに、くちゅ、くちゅ、と粘ついた音がして生きた心地がしない。
コレットの顔は真っ赤なのに、ジスランはちっとも動じておらずそれがやるせない。
左右両方の運動が終わってネグリジェを直される頃には、コレットはぐったりとしていた。
そして股間を濡らした淫らな欲望も、彼によって清められるのだ。
そのような生活が続き、コレットの意識がハッキリするようになってから、恐らく一か月ほどが経った。
**
「相変わらず記憶がないのか」
「……申し訳ございません」
コレットは自分の足で歩け、ジスランの許可も得て広大な城内を散歩できるようになった。
自分がどのような出自なのか分からない。だが今こうやって彼と向かい合って食事をする上で、テーブルマナーも問題なくできているということは、ある程度の行儀作法が身についた身分かもしれない。
最初こそペースト状の食事が続いていたが、やがてミルク粥やパスタも交じり始めた。特にペンネなどのショートパスタは、フォークで刺すだけなので食べやすかった。
段階を踏んで、今は普通に両手でフォークとナイフを操り、魚や肉をメインとした普通の料理を食べられている。
「薄らと覚えているのは……、暗い森です。私はそこで確かに死にかけていたような気がしました。ですがこうして元気でいられるということは、助けてくださったジスラン様の献身的なお世話のお陰です」
「礼はいい」
相変わらず表情らしい表情はないが、ジスランは「気にしないでいい」と言ってくれている。
――この人はこういう方なのだわ。
胸の奥に温かなものを感じ、コレットはずっと思っていたことを口にする。
「私は、身も心もあなたのものです。帰るべき家が分からない私を置いてくださる以上、私はあなたの命令を何でも聞きます」
普通の人なら、自ら誰かに隷属するなど口が裂けても言わないだろう。
だがジスランという男を信頼し、多大な恩を感じている以上、コレットは彼に従うことを躊躇わなかった。
彼は四六時中コレットの側にいてくれる印象があったが、彼女が眠っている間はデスクで執務をしているようだ。
侯爵という地位を持っている以上、領地の管理や所領の流通や税の取り決めなど、仕事は山積みにあるはずだ。本来なら視察など外に出ることもあるだろうし、国王への謁見やシーズンなら社交界に出ることも役目の一つだ。
しかしジスランは出掛ける素振りは見せず、ずっとこの城にいる気がする。
「私のせいでジスラン様の足枷になっていたらすみません。その代わり、動けるようになった今から私はあなたの手足となります。どんなお役目でもお申し付けください」
食事が終わり、二人は向かい合って紅茶を飲んでいる。
広々としたダイニングには冬の日差しが差し込み、窓の外には心寂しい庭園がある。春になれば花が咲き乱れるだろうそこは、今は冬を迎えて噴水の水も止まっている。木々は雪が降ってもいいように冬囲いをされ、つるバラや藤を支えるためのパーゴラも、骨組みが剥き出しになっていた。
そんな庭に視線を向け、ジスランは少し思案している。
やがて潔癖そうな唇が開かれると、ポツリと呟く。
「無駄に死ぬな」
「……はい」
何があってあのような事態となったのか、コレットも思い出せない。それでも多分、死のうと思って死にかけた訳ではないのだと思う。
体中にあった痛みは、転げ落ちたなどの打撲ではなく、無数の刺し傷が原因だったように思える。だからあんなに血が失われて、氷に包まれているかのように寒くなって――。
死の感覚を思い出し、コレットはブルリと体を震わせた。
(……いいえ。でもあの時は混乱していたし、何かの間違いに違いないわ)
動けるようになって自分の体を確認してみたが、コレットの肌はツルリとしていて、傷跡なども見当たらなかったのだ。
(考えれば考えるほど、分からない)
そっと息をつき、コレットは別の提案をする。
「一度救って頂いた命を、無駄にするつもりはございません。そうではなくて……。何かジスラン様に尽くせるための、ご命令をください」
彼のために何かしたいのだと言うと、ジスランはまた考え込む。
「……メイドに混じって手仕事をさせるつもりはない。あなたは高貴な生まれなのだろう。そんな女性(ひと)が、白魚のような手を荒らすこともない」
「では……」
何をすれば、ジスランに恩返しができるのか。
唇を噛むコレットに、ジスランは「夜までに考えておく」とだけ言うのだった。
**
コレットがずっと寝かされていた寝室は、一応彼女のために宛がわれた部屋らしかった。
ジスランの部屋は続き間の向こうにあり、その間に衣装室やティールームなど様々な部屋が繋がっている。寝室の隣にはバスルームもあり、広いバスタブやチェーンを引くとお湯が出るポンプ式のシャワーもあった。
棚には瓶があり、そこに洗髪剤や香油などが並んでいる。スタンドシャンデリアやアロマキャンドルも沢山あり、レディのバスルームとしては最上級だと思う。
まるでこの城の女主人のような扱いを受け、コレットは内心戸惑っている。
きっとジスランが気まぐれに拾ったに違いないのに、身の丈に合わない贅沢をしてはいけない。ジスランの家族に会ったことはないが、彼のように素敵な人なら妻や恋人がいてもおかしくない。
ここが彼の別荘だとしても、女主人に快く思われないのは当たり前だ。
だからコレットは、本来の女主人が姿を現す前に、メイドか侍女としてジスランに仕えたいと思っていた。
いつもの寝室で待っているよう言われ、コレットはクッションにもたれ目を閉じている。ベッドサイドにあるランプは東方の物らしく、明かりを付けると幻想的な模様が浮かび上がるのが好きだった。
やがてノックの音がし、続き間からジスランが入ってくる。
彼もこれから寝るつもりなのか、トラウザーズにガウンという姿だ。
「ジスラン様。私に用事があるのでしたら、そちらにお窺いしましたのに……」
「いや、ここでいい。座っても構わないか?」
「ええ、どうぞ」
本来なら未婚の女性であるコレットが、男性にベッドを許すなどあり得ない。しかしジスランにならすべてを許しているので、今さら異性として警戒する必要もない。
ジスランがその気になれば、今までコレットの体を自由に弄ぶ機会は幾らでもあったはずだ。
だからこそコレットは安心しきっていた。
微かにベッドを軋ませてジスランが腰掛け、しばらく暖炉やテーブルのある方を見つめる。
この寝室は大きな天蓋付きベッドの他、暖炉とソファセット、壁際に花瓶を載せたチェストがある。壁には美しい風景画があり、窓の風景から建物の四階のようだ。
なぜか寝室はコレットの好きな配色で、家具や絵画なども好みの物だった。
しばらくこちらに背を向けていたジスランだが、やがてポツポツと話しだす。
「俺は……あなたを森で拾った。確かにその時、あなたは死にかけていた」
「はい」
彼が大事なことを言うのだと悟り、コレットは耳を澄ませる。
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