【R-18】死神侯爵と黄泉帰りの花嫁~記憶喪失令嬢の精神調教~【挿絵付】

臣桜

文字の大きさ
19 / 37

ココの部屋

しおりを挟む
「おとう……さま?」

 キョトンとしたコレットが闇のなか目を瞠らせると、黒いシルエットが動いてコレット越しにランプをつけた。
 闇のなか、ジッと小さな音がして油が燃える臭いがする。

「ん……っ」

〝その臭い〟がコレットの記憶をこじ開けた。

 真っ暗な中、自分は憂鬱な気持ちでこのランプをつけ、消していた。

 ――そんな感情が蘇る。

「ブリュイエール卿!? っくそ!」

 ドアの向こうでアベルが舌打ちする声がし、廊下を走ってゆく足音が聞こえた。
 ランプに照らされて室内がボゥッと浮かび上がり、コレットは上げかけた悲鳴を喉元で呑み込んだ。

「――――っ」

 代わりに、喉元でヒュウッと風が鳴る。

 可愛らしい柄であっただろう壁紙は、一面バリバリに引き裂かれていた。その間に、暖炉の炭を使ったと思われる黒文字で、「助けて」と殴り書きがされてある。

 背が届く場所ならどこにでも書いた。

 そんな狂気すら浮かぶ文字は、一度書いただけでは飽き足らず、何度も上から文字をなぞったようで、「助けて」の単語は黒々と光ってすらいる。

「これ……は……」

 体の温度がザッと下がった気がし、ガタガタと体が震える。

「ここがココのベッドだよ。ほら、懐かしいだろう?」

 トン、と肩を押されると、さして足を踏ん張ってもいなかった――むしろ膝から崩れ落ちそうになっていたコレットは、あっけなくベッドの上に尻をつけてしまう。

「ほら、ここでココは無邪気に寝て、お父様からのおやすみのキスを待ち侘びていたはずだ」

 ランプの光を反射して、デジレの目は爛々と光っているように見えた。

 虚ろな目。そして口元には貼り付いたかのような笑み。
 そんな父にのし掛かられ――、彼の顔を避けようとしたコレットは天井を見て――。

「あ……、ぁ。……ああああぁああぁああぁっっ!!」

 ――〝彼女〟だ。
 ――〝彼女〟が見下ろしている。

 天井にはコレットの体ほどの幅の絵画が掛かっていて、カンバスの中から一人の女性がコレットを見下ろしていた。

 フワフワと風になびくプラチナブロンドに、デジレそっくりのブルーアイ。だがキュッと弧を描いた目のカーブや、二重の幅、ツンと尖った鼻の形や顔の輪郭まで、その人はコレットにうり二つだった。

「あぁ、やっぱりココは姉さんそっくりだ。ああ、会いたかった。ずっとこうしたかった」

 ここではないどこかを見てデジレは陶酔した笑みを浮かべ、コレットにのし掛かってくる。
 先ほどまでの紳士然とした態度はどこかへ、物静かな彼はいまや狂気に包まれていた。

 ――そうだ。

 ――自分はこうやって、〝彼女〟そっくりだと毎日囁かれていた。
 ――『姉さんが死んだ二十一歳まであともう少し。そうなったらココは、姉さんの生まれ変わりとして、お父様に愛されるんだよ?』

 ねっとりとした父の声がする。

 唇へのキスはなかったものの、唇以外の顔にキスをされ、剥き出しになった腕や手、脚や足の指に至るまで口に含まれ、舐めしゃぶられた。
 半狂乱になって叫び、嫌だと言っても父はやめてくれなかった。

 同時に先ほど覚えた違和感も理解する。
 屋敷の他のドアはすべて内開きだったのに、コレットの部屋だけは外開きだったのだ。

 この部屋に内鍵がかかる前、コレットが父親のすることを嫌がって逃げだそうとしても、使用人が外から押さえつけて出してくれなかった。

 コレットとジスランがやって来たとき、彼女を素直に歓迎していた使用人は新参の者なのだろう。でなければ、この家の狂気を知ってあんな笑顔を浮かべられる訳がない。
 やがてコレットの部屋のみ外鍵も内鍵もついて、父だけが首に提げた金色の鍵で自由に行き来していたのだ。

 兄はドアの向こうから気遣わしげな声を掛けるが、父に逆らえない。自分に興味を示さない母の声など、とうに忘れてしまった。

 ――いや、コレットの〝本当の母〟は、ずっと前に自ら命を絶ってしまっていたのだ。

 弟によって道ならぬ関係に引きずり込まれ、望まない子を孕んだ。
 その罪に怯え、〝紫色の目を持つ〟女児を育てる自信もなく、子を産んですぐ死を選んだ。

 それを知ったのは、父の奇行に耐えきれず壁紙をかきむしった時。
 可愛らしい小花柄の壁紙をコレットの爪が破った時、その下からもとの住人の叫びが現れたのだ。

 あの時の恐怖より、底知れない絶望をコレットは知らない。

 あぁ、あのデスク。
 あのデスクにはすべてが詰まっていた。

 本当の母――ルイーズが書き綴った日記に、〝この部屋でなされた〟地獄の日々が書き綴られていた。
 血を分けた弟――デジレにのし掛かられ、「愛している」と言われむりやり体を奪われた。姉として、女として、どれだけの屈辱と悲しみと怒り、絶望を抱いただろう。

 ルイーズが自死したあと、デジレは同じ部屋をコレットに与えた。

 壁一面の狂気の痕跡は、母から娘に継がれたものだったのだ。

 カロリーヌと結婚してもなお、デジレは実姉であるルイーズとその間にできたコレットへの執着を手放さなかった。
 姉を犯し姉が死んだ部屋で、娘を閉じ込めて育て続けた狂気を、外界の誰が知るだろう。

 食事と風呂の時だけ部屋から出し、あとは深窓の令嬢という雰囲気を醸し出す彼女を社交界に連れ出した。
 育て上げた姉そっくりの美貌を見せびらかすために、自ら娘をエスコートして舞踏会に出掛けた。

 コレットに夫ができてもできなくても構わない。

 もし男ができるのなら、デジレの狂気を受け入れられる、立場の弱い男を見つけるつもりだったのだろう。

 父に支配されたコレットは、他の誰に興味を持つこともできなかった。
 ニコリともせず、精巧に作られた等身大の人形のような彼女に、最初は群がった男性たちもすぐ諦めて離れていく。

 そんな中、ジスランだけがコレットを気に掛けてくれたのだ。
 遠い記憶のなか、じんわりと胸に染み入るジスランの笑顔が浮かぶ。

 ――あれは、十九歳最後の舞踏会だ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...