52 / 109
一陣の風が吹き抜けた後
しおりを挟む
カダンは自身の子供たちを、不自由させず育てたつもりだと思っている。だが教育に関してはソフィアに一任してしまった。
子供が育ってゆく過程で、信頼を置く臣下から「王子殿下たちと王女殿下は、それぞれ進みたい道があるようです」と秘密裏に聞き知った。
果たして高度な教育は、子のためなのだろうか。
子が本当にやりたいことをやらせるのが、親としてあるべき姿ではないのか。
ある程度の教育を受けさせたあと、三人の子供はもう自分で様々なことを判断できる歳になっている。
バレルに王座への執着がないのも知っているし、ナターシャが暇さえあればペンを握り何かを書いているのも知っている。オリオが「早く戦争が終わって、もっと便利な文化になるよう研究がしたい」とぼやいているのも分かっている。
「未来は子供たちが握っています。我々がすべきは、子供たちのために平和な国を守ることではありませんか?」
ライアンの隣に、リーズベットが立っているような気がする。
太陽のように明るい笑顔を持つ、国の英雄。
強くカリスマ的な存在だった兄といつも一緒にいて、彼を守って戦死した美しい女性。
――かつて、彼女に憧れていた時代があった。
そして目の前には、若い時の彼女そっくりのリリアンナがいる。
愛しい人を救いたいと、彼女が全身全霊で叫んでいる。
若いころ兄とリーズベットの死を知って絶望した自分は、何もできなかった。しかし仮にも国王である今なら、自分にしかできないことがある。
決意し、カダンは静かに口を開いた。
「リリアンナの意見を取り入れよう。責任はすべて私が持つ」
「陛下!」
ソフィアの声に、カダンはやっと妻を見た。
「王妃の発言権を、しばらく剥奪する。君は少し好きにやりすぎた。私が大切にするのは自分の子供たちだけではない。兄が残した正当な王の血を、私は守る役目がある。それに今は仮の王であったとしても、私は国を守る責任がある」
今までまともに妻を見ようとしなかったせいか、自分の妻は美しいままに見えるが、同時にとても歪んだ顔をしているようにも見えた。
眉間に皺が寄り、目が釣り上がり、雰囲気がギラギラとしている。
結婚した当時は、もっと自分に寄り添ってくれた女性だったはずなのだが――。
「陛下、わたくしは……!」
「ソフィア。君には確認しなければならないことが沢山ある。私の耳にも入った、ディアルトの身に起きた数々の事故。ディアルトの食事に毒物が混入し、体調を崩した何回かの出来事。それらの裏付けに、君にも立ち会ってもらう」
今までは「自分の妻だから」と思って、決して見ようとしなかった『箱』の中身。
カダンはやっとその蓋に手をかけ、汚物が詰まった中身を見る勇気を出した。
それがかりそめにも王座に座っている自分ができる、最後の責務だ。
「陛下……」
呆然としたソフィアを尻目に、カダンはライアンに告げる。
「イリス家のライアンに命じる。先の会議で妥当とした数の騎士と兵を、今すぐに前線に向かわせよ。リリアンナはそれと共に前線に赴き、王子ディアルトを連れて戻ってくるように」
「はっ」
「はい!」
王らしい威厳に満ちた声に、ライアンとリリアンナは同時に返事をして踵を鳴らした。
「すぐに向かいます!」
リリアンナの声は、爽やかな風と共に謁見の間に響き渡った。そして彼女は荷物を持ち、ブーツの音を高らかにその場を去ってゆく。
一陣の風が吹き抜けた後は、新しい空気に変わるのだ。
子供が育ってゆく過程で、信頼を置く臣下から「王子殿下たちと王女殿下は、それぞれ進みたい道があるようです」と秘密裏に聞き知った。
果たして高度な教育は、子のためなのだろうか。
子が本当にやりたいことをやらせるのが、親としてあるべき姿ではないのか。
ある程度の教育を受けさせたあと、三人の子供はもう自分で様々なことを判断できる歳になっている。
バレルに王座への執着がないのも知っているし、ナターシャが暇さえあればペンを握り何かを書いているのも知っている。オリオが「早く戦争が終わって、もっと便利な文化になるよう研究がしたい」とぼやいているのも分かっている。
「未来は子供たちが握っています。我々がすべきは、子供たちのために平和な国を守ることではありませんか?」
ライアンの隣に、リーズベットが立っているような気がする。
太陽のように明るい笑顔を持つ、国の英雄。
強くカリスマ的な存在だった兄といつも一緒にいて、彼を守って戦死した美しい女性。
――かつて、彼女に憧れていた時代があった。
そして目の前には、若い時の彼女そっくりのリリアンナがいる。
愛しい人を救いたいと、彼女が全身全霊で叫んでいる。
若いころ兄とリーズベットの死を知って絶望した自分は、何もできなかった。しかし仮にも国王である今なら、自分にしかできないことがある。
決意し、カダンは静かに口を開いた。
「リリアンナの意見を取り入れよう。責任はすべて私が持つ」
「陛下!」
ソフィアの声に、カダンはやっと妻を見た。
「王妃の発言権を、しばらく剥奪する。君は少し好きにやりすぎた。私が大切にするのは自分の子供たちだけではない。兄が残した正当な王の血を、私は守る役目がある。それに今は仮の王であったとしても、私は国を守る責任がある」
今までまともに妻を見ようとしなかったせいか、自分の妻は美しいままに見えるが、同時にとても歪んだ顔をしているようにも見えた。
眉間に皺が寄り、目が釣り上がり、雰囲気がギラギラとしている。
結婚した当時は、もっと自分に寄り添ってくれた女性だったはずなのだが――。
「陛下、わたくしは……!」
「ソフィア。君には確認しなければならないことが沢山ある。私の耳にも入った、ディアルトの身に起きた数々の事故。ディアルトの食事に毒物が混入し、体調を崩した何回かの出来事。それらの裏付けに、君にも立ち会ってもらう」
今までは「自分の妻だから」と思って、決して見ようとしなかった『箱』の中身。
カダンはやっとその蓋に手をかけ、汚物が詰まった中身を見る勇気を出した。
それがかりそめにも王座に座っている自分ができる、最後の責務だ。
「陛下……」
呆然としたソフィアを尻目に、カダンはライアンに告げる。
「イリス家のライアンに命じる。先の会議で妥当とした数の騎士と兵を、今すぐに前線に向かわせよ。リリアンナはそれと共に前線に赴き、王子ディアルトを連れて戻ってくるように」
「はっ」
「はい!」
王らしい威厳に満ちた声に、ライアンとリリアンナは同時に返事をして踵を鳴らした。
「すぐに向かいます!」
リリアンナの声は、爽やかな風と共に謁見の間に響き渡った。そして彼女は荷物を持ち、ブーツの音を高らかにその場を去ってゆく。
一陣の風が吹き抜けた後は、新しい空気に変わるのだ。
2
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる