7 / 10
夏樹の記憶
しおりを挟む
「…………はい…………?」
私は悠衣の言葉を聞いて固まり、鏡の中の自分を見つめた。
彼女は激昂したまま、〝現実〟を叩きつける。
「お前の女装癖のせいで親父は家を出ていったし、母親は最期までお前を受け入れなかった! 姉だけは優しくしてくれて、メイクの仕方を教えてくれただろうが、そのせいでお前は変態兄貴に犯されたんだよ!」
私が……おじさん?
そう言われ、ガタガタと全身が震えてくる。
私の背が高いのは、モデル体型だからじゃなくて、男だから?
胸に手を当てると、乳房の感触がある。
「それ、ただのシリコンブラだから」
悠衣に言われ、私の中にある〝リアル〟が音を立てて崩れていく。
「二十二年前、兄貴に犯されたお前は、私たち家族が暮らしていたこの家までやってきて、ささやかなクリスマスパーティーを台無しにした! 精神科医の父は何も悪くなかったし、患者であるお前を否定する事もなかった。なのにお前は些細な事で父を逆恨みして、私の家族を奪ったんだ!」
悠衣は可愛い顔を歪め、憎しみを迸らせる。
「現場検証をした警察は二十代の男の犯行としたが、その後、お前はずっと女として過ごしていたから、誰も気づく事はなかった。四年前……っ、私がお前に会うまでは……っ!」
四年前は、私と悠衣の出会いの時だ。
私は当時の事を思いだした。
**
私は四年前のクリスマス、新宿に店を構えるママの店で、仕事を手伝いながら常連さんとお酒を飲んでいた。
そうしたら、すでに数件ハシゴして泥酔した悠衣が店に入ってきたのだ。
『やーねぇ。飲み過ぎよ。どうでもいいけど、吐かないでよ?』
『どうでもいいから、お酒ちょうだい!』
羨ましくなるほど可愛い見た目をしているのに、彼女は容姿に頓着がないのか、メイクもしていないし、着ている服も気を遣っているとは言えない組み合わせだった。
ママに愚痴を吐いているのを聞くと、どうやら今日、ご家族の十七回忌があったそうだ。
そこまで時間が経ったなら、あまり悲しむ事もないんじゃ……と思ったけれど、事情は人それぞれだ。
ここは色んな事情を抱える人が来る店だし、今日はクリスマスイブ。
せめて明るい気持ちになってもらおうと、私はカラオケマシーンにクリスマスソングを入れた。
子供の頃に親から英語を習わされた事もあり、クリスマスソングは英語で歌う事ができる。
私は【ジングルベル】を選曲すると、店内の客に手拍子を求めながら歌った。
その時、酔い潰れていたはずの悠衣は顔を上げ、信じられないものを見る目で私を凝視する。
彼女は目を閉じて私の歌声に耳を澄まし、歌い終わると『お願い、もう一回歌って!』とアンコールをせびった。
他の客たちも酔っぱらっているから、同じ曲を繰り返し歌ってもある程度付き合ってくれたけれど、三回目を歌い終わった頃には『別なの歌ってよ』と言われてしまった。
『変な子ねぇ』
ママはカウンターの中に戻った私に、呆れ交じりに言う。
『今日が法事だったなら、クリスマスに悲しい思い出があるんじゃないんですか?』
『かもしれないわね。ま、無礼講といきましょ』
その日、悠衣は明け方に店が閉まるまで居座り、閉店したあとに私が帰宅しようとすると、待ち伏せして尋ねてきた。
『私、金戸悠衣。フリーライターをやってます。お姉さんは?』
妙なのに好かれちゃったな。
私は内心そう思いながら、『御坂夏樹』と名乗る。
『御坂夏樹って本名? 源氏名?』
『本名だよ』
『ふぅん……。ねぇ、お姉さんの事、気になって仕方ないんだ。連絡先交換してくれませんか?』
『いやぁ……、初対面の人とはちょっと……』
女の子とはいえ、今の世の中どんな人がいるか分からない。
『じゃあ、お店に通うから、私を信頼できるようになったら教えて』
『時間がかかると思うよ』
『構わない! 運命を感じたの!』
悠衣はやけに高揚した雰囲気で言うと、店名を確認し、外観を写真に収める。
それからマップアプリで店をピン留めすると、『じゃあね!』とカラスの鳴き声が響く新宿の道路を歩いていった。
その後、悠衣は予告通りママの店に通うようになった。
出会った日は荒れていたけれど、そのあとの彼女は飲み過ぎる事のない、けれど金払いのいい良客に変わった。
数か月経つ頃には、悠衣はママや常連さんからも信頼されるようになっていた。
それを確認した私は彼女に連絡先を教え、プライベートでも会い始めた。
昼間に会っても店に通う事はやめず、売り上げが落ちず安心した。
悠衣は美人だけれど外見に頓着しておらず、多少美容にうるさい私は、彼女にスキンケアやメイクなどを教えていった。
それが功を奏し、今の悠衣は見る人の目を引く美女になっている。
もともと、悠衣の服装の好みはあってないようなものだったけれど、私がフェミニンな装いを好む事もあり、レースやフリル、チュール素材の服を着るようになった。
時には今日みたいにいロリータファッションを二人で楽しむ事もあり、私は悠衣を見て自分が作り上げた〝作品〟のように感じる事もあり、彼女を自慢の恋人と思っていた。
恋人となったきっかけは、悠衣から告白されたからだけれど、私たちはプラトニックな関係だ。
悠衣は男性に襲われた過去があり、男性嫌悪気味と言っていて、性的な事にも興味がないと言う。
私もそういう欲はないので、古き良き清らかな百合、みたいな付き合いを重ねてきた。
悠衣の事は心の通い合った妹のように感じていたのに、――――どうしてこうなったんだろう。
**
私は悠衣の言葉を聞いて固まり、鏡の中の自分を見つめた。
彼女は激昂したまま、〝現実〟を叩きつける。
「お前の女装癖のせいで親父は家を出ていったし、母親は最期までお前を受け入れなかった! 姉だけは優しくしてくれて、メイクの仕方を教えてくれただろうが、そのせいでお前は変態兄貴に犯されたんだよ!」
私が……おじさん?
そう言われ、ガタガタと全身が震えてくる。
私の背が高いのは、モデル体型だからじゃなくて、男だから?
胸に手を当てると、乳房の感触がある。
「それ、ただのシリコンブラだから」
悠衣に言われ、私の中にある〝リアル〟が音を立てて崩れていく。
「二十二年前、兄貴に犯されたお前は、私たち家族が暮らしていたこの家までやってきて、ささやかなクリスマスパーティーを台無しにした! 精神科医の父は何も悪くなかったし、患者であるお前を否定する事もなかった。なのにお前は些細な事で父を逆恨みして、私の家族を奪ったんだ!」
悠衣は可愛い顔を歪め、憎しみを迸らせる。
「現場検証をした警察は二十代の男の犯行としたが、その後、お前はずっと女として過ごしていたから、誰も気づく事はなかった。四年前……っ、私がお前に会うまでは……っ!」
四年前は、私と悠衣の出会いの時だ。
私は当時の事を思いだした。
**
私は四年前のクリスマス、新宿に店を構えるママの店で、仕事を手伝いながら常連さんとお酒を飲んでいた。
そうしたら、すでに数件ハシゴして泥酔した悠衣が店に入ってきたのだ。
『やーねぇ。飲み過ぎよ。どうでもいいけど、吐かないでよ?』
『どうでもいいから、お酒ちょうだい!』
羨ましくなるほど可愛い見た目をしているのに、彼女は容姿に頓着がないのか、メイクもしていないし、着ている服も気を遣っているとは言えない組み合わせだった。
ママに愚痴を吐いているのを聞くと、どうやら今日、ご家族の十七回忌があったそうだ。
そこまで時間が経ったなら、あまり悲しむ事もないんじゃ……と思ったけれど、事情は人それぞれだ。
ここは色んな事情を抱える人が来る店だし、今日はクリスマスイブ。
せめて明るい気持ちになってもらおうと、私はカラオケマシーンにクリスマスソングを入れた。
子供の頃に親から英語を習わされた事もあり、クリスマスソングは英語で歌う事ができる。
私は【ジングルベル】を選曲すると、店内の客に手拍子を求めながら歌った。
その時、酔い潰れていたはずの悠衣は顔を上げ、信じられないものを見る目で私を凝視する。
彼女は目を閉じて私の歌声に耳を澄まし、歌い終わると『お願い、もう一回歌って!』とアンコールをせびった。
他の客たちも酔っぱらっているから、同じ曲を繰り返し歌ってもある程度付き合ってくれたけれど、三回目を歌い終わった頃には『別なの歌ってよ』と言われてしまった。
『変な子ねぇ』
ママはカウンターの中に戻った私に、呆れ交じりに言う。
『今日が法事だったなら、クリスマスに悲しい思い出があるんじゃないんですか?』
『かもしれないわね。ま、無礼講といきましょ』
その日、悠衣は明け方に店が閉まるまで居座り、閉店したあとに私が帰宅しようとすると、待ち伏せして尋ねてきた。
『私、金戸悠衣。フリーライターをやってます。お姉さんは?』
妙なのに好かれちゃったな。
私は内心そう思いながら、『御坂夏樹』と名乗る。
『御坂夏樹って本名? 源氏名?』
『本名だよ』
『ふぅん……。ねぇ、お姉さんの事、気になって仕方ないんだ。連絡先交換してくれませんか?』
『いやぁ……、初対面の人とはちょっと……』
女の子とはいえ、今の世の中どんな人がいるか分からない。
『じゃあ、お店に通うから、私を信頼できるようになったら教えて』
『時間がかかると思うよ』
『構わない! 運命を感じたの!』
悠衣はやけに高揚した雰囲気で言うと、店名を確認し、外観を写真に収める。
それからマップアプリで店をピン留めすると、『じゃあね!』とカラスの鳴き声が響く新宿の道路を歩いていった。
その後、悠衣は予告通りママの店に通うようになった。
出会った日は荒れていたけれど、そのあとの彼女は飲み過ぎる事のない、けれど金払いのいい良客に変わった。
数か月経つ頃には、悠衣はママや常連さんからも信頼されるようになっていた。
それを確認した私は彼女に連絡先を教え、プライベートでも会い始めた。
昼間に会っても店に通う事はやめず、売り上げが落ちず安心した。
悠衣は美人だけれど外見に頓着しておらず、多少美容にうるさい私は、彼女にスキンケアやメイクなどを教えていった。
それが功を奏し、今の悠衣は見る人の目を引く美女になっている。
もともと、悠衣の服装の好みはあってないようなものだったけれど、私がフェミニンな装いを好む事もあり、レースやフリル、チュール素材の服を着るようになった。
時には今日みたいにいロリータファッションを二人で楽しむ事もあり、私は悠衣を見て自分が作り上げた〝作品〟のように感じる事もあり、彼女を自慢の恋人と思っていた。
恋人となったきっかけは、悠衣から告白されたからだけれど、私たちはプラトニックな関係だ。
悠衣は男性に襲われた過去があり、男性嫌悪気味と言っていて、性的な事にも興味がないと言う。
私もそういう欲はないので、古き良き清らかな百合、みたいな付き合いを重ねてきた。
悠衣の事は心の通い合った妹のように感じていたのに、――――どうしてこうなったんだろう。
**
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる