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お墓参り 編
絶対
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彼はそのあと、私の存在を確かめるように、背中に当てた五指の先に少し力を込めて言う。
「少しずつ、母さんとあかりの事を思い出すのが、苦痛ではなくなってきているんだ」
尊さんは私の髪をサラサラと弄び、続きを口にする。
「俺はやっと、過去に囚われず、前を向いて〝今〟を生きられている。それが嬉しい。……でも、少し恐くもある」
彼は私を抱き締めたまま、薄闇の向こうをジッと見つめて、何かしらの答えを見つけようとしているようだった。
「幸せになりたいんだ。……でも、幸せになって〝今〟の事で一杯になると、母さんやあかり、大事な感情が薄れてしまいそうな気がする。……憎しみを抱いて生きていくつもりはない。でも、今までずっと俺を突き動かしてきたのは、激しい怒りと憎悪だった。それを燃料に、がむしゃらに進んできたのに、……急にクリーンな感情で生きていく事が……、『合っている』のか分からなくなる」
「……いいんですよ。幸せになっていいんです」
私は可哀想な彼の頬を撫で、囁く。
「ずっとその生き方しか知らなかったんだから、違う生き方をする事に不安を抱くのは当たり前です。……でもね、もう一人で苦しまなくていいんです。私は尊さんの傷に触れさせてもらった。今、怜香さんは裁判を受けているし、一緒に広島まで行って心残りも解消した。尊さんの人生の、つらかった第二シーズンが終わったんです。第三シーズンは私と出会って愛し合って、幸せになっていきます。子供が生まれたら、ゆっくり感傷に浸っている暇もなくなりますよ?」
「……だな」
彼は目を細めて笑い、ポスンと枕に頭を載せる。
「……時間は待ってくれないよな」
「そうですよ。気がついたら私、妊娠してたりして」
冗談を言うと、尊さんはガバッと上体を起こしてまじまじと私を見てくる。
「もしもの話です。今のところ、ちゃんと生理来てるので大丈夫ですよ」
「はぁ……、びっくりした。……少しでも体調に変化があったら、教えてくれよ? 無理せず病院に行く事」
「はい」
心配してくれる尊さんの反応を見て、ギューッと胸が締め付けられる。
堪らなくなった私は、彼に抱きついた。
「……どした?」
「……ずっと前、昭人と付き合っていた頃、生理が遅れたんです。あとになってからストレスからくるものだって分かったんですけど。……遅れている事を伝えたら、凄く面倒臭そうな顔をして、大きい溜め息をつかれて……。『もしも子供ができても、昭人は喜んでくれないんだな』と思ったら悲しくて、…………本当は尊さんと付き合ったあとも恐かった」
最後は、ほんの少し声が震えてしまった。
「そんな訳ねぇだろ」
彼は怒ったように言い、私をきつく抱き締め返してくる。
「俺は朱里を愛してる。可能なら子だくさんの家庭になって、笑顔で暮らしていきたい。……俺たちはそれぞれの家庭で十分に両親から愛されなかった分、絶対に幸せな家庭を築くんだ。絶対だ。絶対、俺が朱里も、子供も幸せにする」
「うん……っ」
安堵した私は涙を零し、尊さんの胸板に顔を押しつけた。
そのあと、私はちょっぴり泣いた。
尊さんが幸せになる事に不安を抱いているように、私も〝未来〟を前にたじろいでいる。
この人となら、絶対に幸せになれると確信している。
尊さんほど私を愛してくれる人はいないと分かっているし、愛情深い彼ならいいお父さんになってくれると信じている。
けれど、父を喪い、信じて付き合っていたはずの昭人から裏切られた私は、幸せになる事を信頼できずにいる。
尊さんを疑っている訳じゃないけれど、ガラスの道にも思えるそれを進んで行くのが恐くなる時がある。
――ねぇ、お父さん。私、間違えてない?
――尊さんの事は愛して信じているけれど、私は〝私〟を信用できていない。
母は『絶対に違う』と言ったけれど、私はいまだ、自分のせいで父を死なせてしまった罪悪感を抱いている。
昭人の事も満足させる事ができず、結局彼を破滅の道へ導いてしまった。
――私、もしかして人を不幸にする星の下に生まれたんじゃないだろうか?
そう思うと、尊さんまで傷つけてしまいそうで、恐くなって逃げ出したくなる。
静かに涙を流していると、尊さんは穏やかな声で言った。
「俺は人を幸せにできた記憶がないから、正直、朱里と付き合っていくのも毎日手探りだ。まともに人を愛した事のない男が、自分の考え得る最高のやり方で朱里を喜ばせ、たどたどしく気持ちを伝えている。……本当はもっと安心させてやれる言葉を送りたい。……不器用でごめんな。……でも、精一杯頑張るから」
――あぁ、……やっぱり〝同じ〟なんだ。
幾度となく感じた感情が胸の奥に湧き起こり、私はまた新たに涙を流す。
「少しずつ、母さんとあかりの事を思い出すのが、苦痛ではなくなってきているんだ」
尊さんは私の髪をサラサラと弄び、続きを口にする。
「俺はやっと、過去に囚われず、前を向いて〝今〟を生きられている。それが嬉しい。……でも、少し恐くもある」
彼は私を抱き締めたまま、薄闇の向こうをジッと見つめて、何かしらの答えを見つけようとしているようだった。
「幸せになりたいんだ。……でも、幸せになって〝今〟の事で一杯になると、母さんやあかり、大事な感情が薄れてしまいそうな気がする。……憎しみを抱いて生きていくつもりはない。でも、今までずっと俺を突き動かしてきたのは、激しい怒りと憎悪だった。それを燃料に、がむしゃらに進んできたのに、……急にクリーンな感情で生きていく事が……、『合っている』のか分からなくなる」
「……いいんですよ。幸せになっていいんです」
私は可哀想な彼の頬を撫で、囁く。
「ずっとその生き方しか知らなかったんだから、違う生き方をする事に不安を抱くのは当たり前です。……でもね、もう一人で苦しまなくていいんです。私は尊さんの傷に触れさせてもらった。今、怜香さんは裁判を受けているし、一緒に広島まで行って心残りも解消した。尊さんの人生の、つらかった第二シーズンが終わったんです。第三シーズンは私と出会って愛し合って、幸せになっていきます。子供が生まれたら、ゆっくり感傷に浸っている暇もなくなりますよ?」
「……だな」
彼は目を細めて笑い、ポスンと枕に頭を載せる。
「……時間は待ってくれないよな」
「そうですよ。気がついたら私、妊娠してたりして」
冗談を言うと、尊さんはガバッと上体を起こしてまじまじと私を見てくる。
「もしもの話です。今のところ、ちゃんと生理来てるので大丈夫ですよ」
「はぁ……、びっくりした。……少しでも体調に変化があったら、教えてくれよ? 無理せず病院に行く事」
「はい」
心配してくれる尊さんの反応を見て、ギューッと胸が締め付けられる。
堪らなくなった私は、彼に抱きついた。
「……どした?」
「……ずっと前、昭人と付き合っていた頃、生理が遅れたんです。あとになってからストレスからくるものだって分かったんですけど。……遅れている事を伝えたら、凄く面倒臭そうな顔をして、大きい溜め息をつかれて……。『もしも子供ができても、昭人は喜んでくれないんだな』と思ったら悲しくて、…………本当は尊さんと付き合ったあとも恐かった」
最後は、ほんの少し声が震えてしまった。
「そんな訳ねぇだろ」
彼は怒ったように言い、私をきつく抱き締め返してくる。
「俺は朱里を愛してる。可能なら子だくさんの家庭になって、笑顔で暮らしていきたい。……俺たちはそれぞれの家庭で十分に両親から愛されなかった分、絶対に幸せな家庭を築くんだ。絶対だ。絶対、俺が朱里も、子供も幸せにする」
「うん……っ」
安堵した私は涙を零し、尊さんの胸板に顔を押しつけた。
そのあと、私はちょっぴり泣いた。
尊さんが幸せになる事に不安を抱いているように、私も〝未来〟を前にたじろいでいる。
この人となら、絶対に幸せになれると確信している。
尊さんほど私を愛してくれる人はいないと分かっているし、愛情深い彼ならいいお父さんになってくれると信じている。
けれど、父を喪い、信じて付き合っていたはずの昭人から裏切られた私は、幸せになる事を信頼できずにいる。
尊さんを疑っている訳じゃないけれど、ガラスの道にも思えるそれを進んで行くのが恐くなる時がある。
――ねぇ、お父さん。私、間違えてない?
――尊さんの事は愛して信じているけれど、私は〝私〟を信用できていない。
母は『絶対に違う』と言ったけれど、私はいまだ、自分のせいで父を死なせてしまった罪悪感を抱いている。
昭人の事も満足させる事ができず、結局彼を破滅の道へ導いてしまった。
――私、もしかして人を不幸にする星の下に生まれたんじゃないだろうか?
そう思うと、尊さんまで傷つけてしまいそうで、恐くなって逃げ出したくなる。
静かに涙を流していると、尊さんは穏やかな声で言った。
「俺は人を幸せにできた記憶がないから、正直、朱里と付き合っていくのも毎日手探りだ。まともに人を愛した事のない男が、自分の考え得る最高のやり方で朱里を喜ばせ、たどたどしく気持ちを伝えている。……本当はもっと安心させてやれる言葉を送りたい。……不器用でごめんな。……でも、精一杯頑張るから」
――あぁ、……やっぱり〝同じ〟なんだ。
幾度となく感じた感情が胸の奥に湧き起こり、私はまた新たに涙を流す。
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