84 / 778
尊の過去 編
母子家庭
しおりを挟む
言われて、私は動揺する。
確かに彼が言う通り、私は父を亡くして絶望し、橋から飛び降りようとした。
でもその事を尊さんに言った覚えはない。
「…………どうして……」
私はゆっくり起き上がり、尊さんを見つめる。
少し強張った顔をしていたからか、彼は切なげに笑った。
「忍」
私はその〝名前〟を聞いて、目を見開き、すべてを察した。
「あ…………、あぁ…………」
目を見開き動揺しきった私を見て、尊さんは痛みを堪えるような表情で「悪い」と謝った。
**
物心ついた時から、俺の家は母子家庭だった。
母方の祖父、将馬は、音楽が好きなら大抵の人が知る、愛知県に本社がある音響ブランドHAYAMIの会長だ。
祖父に嫁いだ祖母、百合は地主の娘でお嬢様。
母はそんな裕福な家庭に生まれた長女だった。
本社と実家は名古屋にあるものの、祖母は子供たちの将来を考えて都内で生活していた。
祖母は都内でピアノ教室を開き、母はピアノを習いながら学生時代を過ごした。
祖母は母に音楽大学に行ってほしいと願っていたらしいが、母は自分の人生を歩みたいと言い、秘書となる道を選んだ。
秘書になって実家で働くのかと思いきや、高校時代に親父――篠宮亘と出会い、運命を狂わされた。
父とは高校生の生徒会で出会い、恋に落ちて付き合い、大学も同じところを受験した。
高校卒業する頃には二人で結婚する未来を語り合い、いずれ父が社長となる篠宮フーズで秘書をしながら夫婦生活を……と考えていたらしい。
だがその頃から母は、祖母と衝突を繰り返していたようだ。
HAYAMIは長男が継ぐからいいものの、祖母としてはそれを支える婿養子がほしく、母にお見合いをしろと言っていたそうだ。
けれど母は父を深く愛し、拒み続けた上に音楽の道を捨てた。
祖母に自分の意志を叩きつけるために、母はずっと続けていたピアノをやめ、コンクールも欠場したそうだ。
祖母にとって音楽はとても大切なものだったので、娘の侮辱ともとれる行動をどうしても許す事ができなかった。
大学を卒業し、篠宮フーズの秘書となる頃には、母は速水家から勘当されていた。
篠宮家の祖父母は、最初は『速水家の娘なら……』と思っていたが、勘当されて一般人になったと知ったあとは、父との結婚を反対した。
その時、父がもう少し根性を見せ、速水家との仲を取り持つなどの努力をしていれば、未来は変わっていたかもしれない。クソだせぇ。
母は父との結婚に失敗した挙げ句、実家からも勘当された状態で、俺を育てる事になった。
俺たち母子の住まいとなったマンションは、父が母に買い与えたものだ。
セキュリティがしっかりして住み心地が良く、俺と妹がそのまま成長しても問題のない広さもあった。
父の事は〝週に一回ぐらい現れるおじさん〟という認識をしていた。
頻繁に現れては親しげに接してくるので、初めは近所に住んでいる身なりのいいおじさんだと思っていた。
母は〝おじさん〟がくると俺に外に出るよう言い、会わせるのが嫌そうだった記憶がある。
〝おじさん〟は俺にこっそりとゲーム機やスマホを買い与えてくれたので、最初はいい人だと思い込んでいた。ガキなんてそんなもんだ。
母に『外に行ってなさい』と言われた時、大抵は素直に言う事を聞いて友達と遊んでいた。だが雨が降っている時もあるし、友達の習い事や予定の関係もあり、毎回家を離れられる訳ではない。
『怒られるかな』と思ってそっと家に戻れば、母の泣き声が聞こえる時もあった。
くぐもった声を出している時もあり、そっと覗いてみれば母は胸をさらけだして〝おじさん〟に覆い被さられていた。
その時はセックスというものを知らなかったから、母が何をされているんだか分からなかった。
が、『母が〝おじさん〟にいけない事をされている』という感覚はあり、〝おじさん〟への不信感、嫌悪感はどんどん募っていった。
母があかりを出産して心身共に大変だった頃は、〝おじさん〟が俺の面倒をみていた。
『どうして亘おじさんはいつも家に来るの? 結婚してないの?』
そう尋ねたのは、父が俺たちを訪問する時は、必ず結婚指輪を外していたからだ。
父はその質問を聞き、苦しそうに表情を歪めてこう言った。
『おじさんじゃなくて、〝お父さん〟って呼んでくれないか?』
確かに彼が言う通り、私は父を亡くして絶望し、橋から飛び降りようとした。
でもその事を尊さんに言った覚えはない。
「…………どうして……」
私はゆっくり起き上がり、尊さんを見つめる。
少し強張った顔をしていたからか、彼は切なげに笑った。
「忍」
私はその〝名前〟を聞いて、目を見開き、すべてを察した。
「あ…………、あぁ…………」
目を見開き動揺しきった私を見て、尊さんは痛みを堪えるような表情で「悪い」と謝った。
**
物心ついた時から、俺の家は母子家庭だった。
母方の祖父、将馬は、音楽が好きなら大抵の人が知る、愛知県に本社がある音響ブランドHAYAMIの会長だ。
祖父に嫁いだ祖母、百合は地主の娘でお嬢様。
母はそんな裕福な家庭に生まれた長女だった。
本社と実家は名古屋にあるものの、祖母は子供たちの将来を考えて都内で生活していた。
祖母は都内でピアノ教室を開き、母はピアノを習いながら学生時代を過ごした。
祖母は母に音楽大学に行ってほしいと願っていたらしいが、母は自分の人生を歩みたいと言い、秘書となる道を選んだ。
秘書になって実家で働くのかと思いきや、高校時代に親父――篠宮亘と出会い、運命を狂わされた。
父とは高校生の生徒会で出会い、恋に落ちて付き合い、大学も同じところを受験した。
高校卒業する頃には二人で結婚する未来を語り合い、いずれ父が社長となる篠宮フーズで秘書をしながら夫婦生活を……と考えていたらしい。
だがその頃から母は、祖母と衝突を繰り返していたようだ。
HAYAMIは長男が継ぐからいいものの、祖母としてはそれを支える婿養子がほしく、母にお見合いをしろと言っていたそうだ。
けれど母は父を深く愛し、拒み続けた上に音楽の道を捨てた。
祖母に自分の意志を叩きつけるために、母はずっと続けていたピアノをやめ、コンクールも欠場したそうだ。
祖母にとって音楽はとても大切なものだったので、娘の侮辱ともとれる行動をどうしても許す事ができなかった。
大学を卒業し、篠宮フーズの秘書となる頃には、母は速水家から勘当されていた。
篠宮家の祖父母は、最初は『速水家の娘なら……』と思っていたが、勘当されて一般人になったと知ったあとは、父との結婚を反対した。
その時、父がもう少し根性を見せ、速水家との仲を取り持つなどの努力をしていれば、未来は変わっていたかもしれない。クソだせぇ。
母は父との結婚に失敗した挙げ句、実家からも勘当された状態で、俺を育てる事になった。
俺たち母子の住まいとなったマンションは、父が母に買い与えたものだ。
セキュリティがしっかりして住み心地が良く、俺と妹がそのまま成長しても問題のない広さもあった。
父の事は〝週に一回ぐらい現れるおじさん〟という認識をしていた。
頻繁に現れては親しげに接してくるので、初めは近所に住んでいる身なりのいいおじさんだと思っていた。
母は〝おじさん〟がくると俺に外に出るよう言い、会わせるのが嫌そうだった記憶がある。
〝おじさん〟は俺にこっそりとゲーム機やスマホを買い与えてくれたので、最初はいい人だと思い込んでいた。ガキなんてそんなもんだ。
母に『外に行ってなさい』と言われた時、大抵は素直に言う事を聞いて友達と遊んでいた。だが雨が降っている時もあるし、友達の習い事や予定の関係もあり、毎回家を離れられる訳ではない。
『怒られるかな』と思ってそっと家に戻れば、母の泣き声が聞こえる時もあった。
くぐもった声を出している時もあり、そっと覗いてみれば母は胸をさらけだして〝おじさん〟に覆い被さられていた。
その時はセックスというものを知らなかったから、母が何をされているんだか分からなかった。
が、『母が〝おじさん〟にいけない事をされている』という感覚はあり、〝おじさん〟への不信感、嫌悪感はどんどん募っていった。
母があかりを出産して心身共に大変だった頃は、〝おじさん〟が俺の面倒をみていた。
『どうして亘おじさんはいつも家に来るの? 結婚してないの?』
そう尋ねたのは、父が俺たちを訪問する時は、必ず結婚指輪を外していたからだ。
父はその質問を聞き、苦しそうに表情を歪めてこう言った。
『おじさんじゃなくて、〝お父さん〟って呼んでくれないか?』
131
あなたにおすすめの小説
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
病弱な私と意地悪なお姉様のお見合い顛末
黒木メイ
恋愛
幼い頃から病弱だったミルカ。外出もまともにできず、家の中に引きこもってばかり。それでもミルカは幸せだった。家族が、使用人たちがいつもミルカの側にいてくれたから。ミルカを愛してくれたから。それだけで十分――なわけないでしょう。お姉様はずるい。健康な体を持っているだけではなく、自由に外出できるんだから。その上、意地悪。だから、奪ったのよ。ずるいお姉様から全てを。当然でしょう。私は『特別な存在』で、『幸せが約束されたお姫様』なんだから。両親からの愛も、次期当主の地位も、王子様も全て私のもの。お姉様の見合い相手が私に夢中になるのも仕方ないことなの。
※設定はふわふわ。
※予告なく修正、加筆する場合があります。
※いずれ他サイトにも転載予定。
※『病弱な妹と私のお見合い顛末』のミルカ(妹)視点です。
完結 愛人さん初めまして!では元夫と出て行ってください。
音爽(ネソウ)
恋愛
金に女にだらしない男。終いには手を出す始末。
見た目と口八丁にだまされたマリエラは徐々に心を病んでいく。
だが、それではいけないと奮闘するのだが……
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる