【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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尊の過去 編

世の中捨てたもんじゃない

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 怜香が俺を憎む気持ちは理解できる。

 それでもこれまでの数々の仕打ちは『ここまでやるか?』と思うほどで、毒親なんて可愛い言葉では済まされない。

 けれどそれを叔母に言うのは憚られた。

 ずっと気にかけ続けてくれたこの人は、完全な善意で俺を心配してくれている。

 俺が怜香に『死ねばいいのに』と日常的に言われているとか、今後の人生を支配した上で、一生掛けて復讐されようとしている……など言えない。

 もし叔母がそれを知れば、父や怜香に抗議する可能性がある。

 それでどうなる?

 怜香の俺への当たりはますます強くなり、父と秘密裏に連絡をとっていたと知られれば、速水家の中で叔母の立場が悪くなるかもしれない。

 ――迷惑は掛けたくない。

 そう思った俺は、努めて平気なふりをして微笑んだ。

『大丈夫です。うまくやれています』

『……そう?』

 叔母は気遣わしげな視線で、確認するように見つめてくる。

 俺は改めて彼女を見て、今度は心の底から笑った。

『本当にありがとうございました。偶然の出会いでしたが、お会いできて良かったです。ちえり叔母さんが俺を覚えてくれていたから、今日助けてもらえたのだと思います』

『どう致しまして。本当にずっと気に掛けていたのよ』

 彼女の言葉を聞き、不覚にも泣いてしまいそうになる。

 篠宮家に引き取られてから、俺はずっと家族の愛情や温かさを知らず、誰かに心配される事もなかった。

 無償の愛を注いでくれる存在はもういない。

 肉親の愛情を永遠に失ったと思っていたのに、意識していないところで俺を想ってくれている人に出会った。

 しかも、母にそっくりな女性が俺の心配してくれている。

 ――それだけでいい。

 ――これ以上のものを求めたらいけない。

 俺は自分に言い聞かせ、久しぶりに安らいだ気持ちで微笑んだ。

『もし良かったら、たまに会いに来てもいいですか?』

『勿論よ! 今度は夫と娘がいる時に来てちょうだい。皆で食事をしましょう』

 即答してくれた叔母に、心底感謝を覚える。

〝実家〟は身の置き場がなかったのに、家族以外の人の家に来てこんなにも安堵している。

(皮肉なもんだな……)

 心の中で自嘲しつつも、叔母と話していると、荒れ狂っていた気持ちがかなり安らいだのに気づいた。

 叔母の存在を知っただけで『世の中捨てたもんじゃない』と思える。

 ――世の中には、まだ俺の事を必要としてくれている人がいる。

 それだけの事が、こんなにも心をしっかり支えてくれる。

 ――頑張ってみよう。

 ――飼い殺しの環境でも、なんとか生きていけるはずだ。

 視線を落とすと、母の声が脳裏に蘇った。

《豊かさはお金だけじゃない。一日に一つは〝良かった〟と思える事を探して、自分は幸せだと思っていくのよ。そうしたら幸せ貯金ができて、尊は〝幸せな人〟になれる。心が幸せな事が、豊かな事なの》

(分かったよ、母さん)

 俺は心の中で母に返事をし、そっと息を吐く。

 しばし目を閉じて気持ちを入れ替えたあと、俺は篠宮フーズで生きていく覚悟を決めた。

『ありがとうございます、ちえり叔母さん』

 吹っ切れたからか、叔母は俺の表情を見て少し安心したようだった。

『今日、せっかくだから泊まっていく?』

『お気遣いありがとうございます。ですが今日は遠慮しておきます。そのうち落ち着いた頃、また改めて伺います』

『そう。じゃあその時を楽しみにしているわね』

 俺はゆっくり立ち上がり、自分の体調を確認する。

 ――大丈夫だ。

 自分に向かって心の中で頷き、ゴーサインを出す。

『ではそろそろ、おいとまします』

『これ、持っていってくれる?』

 叔母が渡してきたのは、赤坂駅近くにあるピアノ教室の名刺だ。

『ありがとうございます。そのうちご連絡しますね』

 俺はそれをポケットにしまい、部屋から出る。

 玄関で靴を履き、叔母に笑いかけた。

『本当にありがとうございました。必ず、またご連絡します』

『待っているわ。また倒れないようにね』

『はい』

 玄関のドアを開けると、ムワッとした夏の暑さが襲ってきた。

 数時間前までは、すべてに絶望して歩き、この暑さで身が焼けてしまえばいいと思っていたが、今は少し違う。

(……悪くない)

 小さく笑った俺は、叔母に頭を下げた。
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