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尊の過去 編
世の中捨てたもんじゃない
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怜香が俺を憎む気持ちは理解できる。
それでもこれまでの数々の仕打ちは『ここまでやるか?』と思うほどで、毒親なんて可愛い言葉では済まされない。
けれどそれを叔母に言うのは憚られた。
ずっと気にかけ続けてくれたこの人は、完全な善意で俺を心配してくれている。
俺が怜香に『死ねばいいのに』と日常的に言われているとか、今後の人生を支配した上で、一生掛けて復讐されようとしている……など言えない。
もし叔母がそれを知れば、父や怜香に抗議する可能性がある。
それでどうなる?
怜香の俺への当たりはますます強くなり、父と秘密裏に連絡をとっていたと知られれば、速水家の中で叔母の立場が悪くなるかもしれない。
――迷惑は掛けたくない。
そう思った俺は、努めて平気なふりをして微笑んだ。
『大丈夫です。うまくやれています』
『……そう?』
叔母は気遣わしげな視線で、確認するように見つめてくる。
俺は改めて彼女を見て、今度は心の底から笑った。
『本当にありがとうございました。偶然の出会いでしたが、お会いできて良かったです。ちえり叔母さんが俺を覚えてくれていたから、今日助けてもらえたのだと思います』
『どう致しまして。本当にずっと気に掛けていたのよ』
彼女の言葉を聞き、不覚にも泣いてしまいそうになる。
篠宮家に引き取られてから、俺はずっと家族の愛情や温かさを知らず、誰かに心配される事もなかった。
無償の愛を注いでくれる存在はもういない。
肉親の愛情を永遠に失ったと思っていたのに、意識していないところで俺を想ってくれている人に出会った。
しかも、母にそっくりな女性が俺の心配してくれている。
――それだけでいい。
――これ以上のものを求めたらいけない。
俺は自分に言い聞かせ、久しぶりに安らいだ気持ちで微笑んだ。
『もし良かったら、たまに会いに来てもいいですか?』
『勿論よ! 今度は夫と娘がいる時に来てちょうだい。皆で食事をしましょう』
即答してくれた叔母に、心底感謝を覚える。
〝実家〟は身の置き場がなかったのに、家族以外の人の家に来てこんなにも安堵している。
(皮肉なもんだな……)
心の中で自嘲しつつも、叔母と話していると、荒れ狂っていた気持ちがかなり安らいだのに気づいた。
叔母の存在を知っただけで『世の中捨てたもんじゃない』と思える。
――世の中には、まだ俺の事を必要としてくれている人がいる。
それだけの事が、こんなにも心をしっかり支えてくれる。
――頑張ってみよう。
――飼い殺しの環境でも、なんとか生きていけるはずだ。
視線を落とすと、母の声が脳裏に蘇った。
《豊かさはお金だけじゃない。一日に一つは〝良かった〟と思える事を探して、自分は幸せだと思っていくのよ。そうしたら幸せ貯金ができて、尊は〝幸せな人〟になれる。心が幸せな事が、豊かな事なの》
(分かったよ、母さん)
俺は心の中で母に返事をし、そっと息を吐く。
しばし目を閉じて気持ちを入れ替えたあと、俺は篠宮フーズで生きていく覚悟を決めた。
『ありがとうございます、ちえり叔母さん』
吹っ切れたからか、叔母は俺の表情を見て少し安心したようだった。
『今日、せっかくだから泊まっていく?』
『お気遣いありがとうございます。ですが今日は遠慮しておきます。そのうち落ち着いた頃、また改めて伺います』
『そう。じゃあその時を楽しみにしているわね』
俺はゆっくり立ち上がり、自分の体調を確認する。
――大丈夫だ。
自分に向かって心の中で頷き、ゴーサインを出す。
『ではそろそろ、おいとまします』
『これ、持っていってくれる?』
叔母が渡してきたのは、赤坂駅近くにあるピアノ教室の名刺だ。
『ありがとうございます。そのうちご連絡しますね』
俺はそれをポケットにしまい、部屋から出る。
玄関で靴を履き、叔母に笑いかけた。
『本当にありがとうございました。必ず、またご連絡します』
『待っているわ。また倒れないようにね』
『はい』
玄関のドアを開けると、ムワッとした夏の暑さが襲ってきた。
数時間前までは、すべてに絶望して歩き、この暑さで身が焼けてしまえばいいと思っていたが、今は少し違う。
(……悪くない)
小さく笑った俺は、叔母に頭を下げた。
それでもこれまでの数々の仕打ちは『ここまでやるか?』と思うほどで、毒親なんて可愛い言葉では済まされない。
けれどそれを叔母に言うのは憚られた。
ずっと気にかけ続けてくれたこの人は、完全な善意で俺を心配してくれている。
俺が怜香に『死ねばいいのに』と日常的に言われているとか、今後の人生を支配した上で、一生掛けて復讐されようとしている……など言えない。
もし叔母がそれを知れば、父や怜香に抗議する可能性がある。
それでどうなる?
怜香の俺への当たりはますます強くなり、父と秘密裏に連絡をとっていたと知られれば、速水家の中で叔母の立場が悪くなるかもしれない。
――迷惑は掛けたくない。
そう思った俺は、努めて平気なふりをして微笑んだ。
『大丈夫です。うまくやれています』
『……そう?』
叔母は気遣わしげな視線で、確認するように見つめてくる。
俺は改めて彼女を見て、今度は心の底から笑った。
『本当にありがとうございました。偶然の出会いでしたが、お会いできて良かったです。ちえり叔母さんが俺を覚えてくれていたから、今日助けてもらえたのだと思います』
『どう致しまして。本当にずっと気に掛けていたのよ』
彼女の言葉を聞き、不覚にも泣いてしまいそうになる。
篠宮家に引き取られてから、俺はずっと家族の愛情や温かさを知らず、誰かに心配される事もなかった。
無償の愛を注いでくれる存在はもういない。
肉親の愛情を永遠に失ったと思っていたのに、意識していないところで俺を想ってくれている人に出会った。
しかも、母にそっくりな女性が俺の心配してくれている。
――それだけでいい。
――これ以上のものを求めたらいけない。
俺は自分に言い聞かせ、久しぶりに安らいだ気持ちで微笑んだ。
『もし良かったら、たまに会いに来てもいいですか?』
『勿論よ! 今度は夫と娘がいる時に来てちょうだい。皆で食事をしましょう』
即答してくれた叔母に、心底感謝を覚える。
〝実家〟は身の置き場がなかったのに、家族以外の人の家に来てこんなにも安堵している。
(皮肉なもんだな……)
心の中で自嘲しつつも、叔母と話していると、荒れ狂っていた気持ちがかなり安らいだのに気づいた。
叔母の存在を知っただけで『世の中捨てたもんじゃない』と思える。
――世の中には、まだ俺の事を必要としてくれている人がいる。
それだけの事が、こんなにも心をしっかり支えてくれる。
――頑張ってみよう。
――飼い殺しの環境でも、なんとか生きていけるはずだ。
視線を落とすと、母の声が脳裏に蘇った。
《豊かさはお金だけじゃない。一日に一つは〝良かった〟と思える事を探して、自分は幸せだと思っていくのよ。そうしたら幸せ貯金ができて、尊は〝幸せな人〟になれる。心が幸せな事が、豊かな事なの》
(分かったよ、母さん)
俺は心の中で母に返事をし、そっと息を吐く。
しばし目を閉じて気持ちを入れ替えたあと、俺は篠宮フーズで生きていく覚悟を決めた。
『ありがとうございます、ちえり叔母さん』
吹っ切れたからか、叔母は俺の表情を見て少し安心したようだった。
『今日、せっかくだから泊まっていく?』
『お気遣いありがとうございます。ですが今日は遠慮しておきます。そのうち落ち着いた頃、また改めて伺います』
『そう。じゃあその時を楽しみにしているわね』
俺はゆっくり立ち上がり、自分の体調を確認する。
――大丈夫だ。
自分に向かって心の中で頷き、ゴーサインを出す。
『ではそろそろ、おいとまします』
『これ、持っていってくれる?』
叔母が渡してきたのは、赤坂駅近くにあるピアノ教室の名刺だ。
『ありがとうございます。そのうちご連絡しますね』
俺はそれをポケットにしまい、部屋から出る。
玄関で靴を履き、叔母に笑いかけた。
『本当にありがとうございました。必ず、またご連絡します』
『待っているわ。また倒れないようにね』
『はい』
玄関のドアを開けると、ムワッとした夏の暑さが襲ってきた。
数時間前までは、すべてに絶望して歩き、この暑さで身が焼けてしまえばいいと思っていたが、今は少し違う。
(……悪くない)
小さく笑った俺は、叔母に頭を下げた。
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