【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

文字の大きさ
91 / 778
旅先で出会った〝朱里〟 編

死ぬなんていつでもできるんだよ

しおりを挟む
 少女は冷えた地面に座り込み、体を震わせて嗚咽する。

 頼りないその姿を見て、俺はつい十歳の時の自分を重ねてしまった。

 だから柄にもなく感情移入し、何とか慰めてやろうと思った。

『……親父さん、亡くなったのか?』

 尋ねると、彼女は小さく頷いた。

『つらいよな。俺も小学生の時に母親を亡くした』

 ポンポンと頭を撫でると、少女はゆっくり顔を上げて俺の顔を見た。

『……お兄さんも親を亡くしたの?』

〝お兄さん〟と呼ばれて、心の中の何かがグラッと傾いだ。

 思いだしてはいけない〝誰か〟の記憶が蘇りそうになり、俺は乱暴に髪を掻き混ぜる。

『…………あぁ。だから気持ちは理解する』

 言いながら、大きな目に涙を溜めた少女を見て『守りたい』と思ってしまった。

 ――見ず知らずの、初対面の女の子を相手に?

 ――キモいだろ。しっかりしろ。

『……お父さんのところに行きたい。……私、どうすればいいの……』

 少女は弱々しい声で呟き、涙を零す。

 母が生きていた頃は、『困った人を見たら積極的に助けるように』と教えられていた。

 だが篠宮家に引き取られたあとは、俺自身が自殺しないようにするので精一杯になり、他人の面倒なんか見られなかった。

 なのにこの少女を前にすると『何とかしてやりたい』という気持ちになり、俺自身が驚いている。

『…………あのさ、親を失った先輩が言うけど、死ぬのは簡単だ』

 俺は冷たいアスファルトの上に胡座をかいたまま、少女にポツポツと語る。

『大切な人はいるか? お母さんは?』

『……いる。…………友達も、少ないけど……』

 少女は手で目元を擦り、洟を啜って答える。

『お前がここで飛び降りたとして、お母さんはお前の死体と対面しないといけない。その前に警察とか、大勢の人がお前のために動く。そんでちょっとだけニュースになるかもな。小さなニュースになって、やがて人に忘れ去られていく。人の死なんてそんなもんだ』

 我ながら、オブラートに包んだ綺麗な言葉が言えない。

 死にたいって言ってるやつは、『つらいね、大変だね』と共感してほしいだけの時もあるけど、本当に死ぬ奴は放っておいても死ぬ。

 優しくしても本当の事を言っても結果が同じなら、嘘ではない言葉を言いたい。

 俺は普段からそういうスタンスで人と接していたから、自殺しかけた少女相手とはいえ、いきなり気の利いた事を言えるはずもなかった。

 そもそも、俺は他人に優しくするのが苦手だ。

 小さい頃は愛されて育ったが、今は針のむしろの状態で生活している。そんな状態で他人に優しくできるのは聖人だけだ。

 だから俺にできるのは、つらい現実を教える事だけだ。

 夢物語を話し、希望を与えるのは別の人に任せている。

『死後の世界なんて、誰も分からないんだよ。幽霊が出てくるホラー映画も、感動映画も、全部人が作ったものだ。見える人は幽霊を見るのかもしれないが、見えない人にとっては〝かもしれない〟の世界だ。幽霊が見えたとしても、生きている人間が死後の世界を知る事はない。生まれ変わり? 天国? そんなん、世界中の色んな宗教が混じって、人が都合のいいように解釈しただけだ。お前はそんな曖昧なものを信じて死ぬのか?』

 話しているうちに、かつて絶望し、何度も自殺しようとした少年時代の俺に説教している心地になった。

 彼女は気まずそうに目を逸らし、ボソッと呟く。

『…………やな人』

『やな人で結構。俺はむしろ、夫を亡くして、娘にも先立たれるお前のお母さんのほうが気の毒だ。お前は子供だから分からないだろうけど、子供に死なれた親ほどつらいもんはないぞ』

『……子供いるの?』

『いないけど』

 言って、俺はわざと軽薄そうに笑う。そのあと、溜め息をついて真面目な顔をした。

『俺だって、何回死にたいって思ったか分からねぇよ。でも今は、母親をひき殺した犯人に一矢報いられるよう、社会的に力のある男になりたいと思ってる。いいか? 世の中には人を殺しても、のうのうと生きてる奴がいるんだ』

 俺は目の奥に激しい憎しみを宿し、子供相手に言い聞かせる。

『さっきも言ったけど、死ぬなんていつでもできるんだよ。遺された家族に悲しみと迷惑を掛ける勇気があるならな』

 そう言うと、彼女は唇を引き結び、俺を反抗的に睨んだ。

 自分の覚悟を軽んじられた気持ちになって怒ってるんだよな。分かるよ。それでいい。

 生きるために心を燃やすなら、怒りだって何でもいい。
しおりを挟む
感想 2,452

あなたにおすすめの小説

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

病弱な私と意地悪なお姉様のお見合い顛末

黒木メイ
恋愛
幼い頃から病弱だったミルカ。外出もまともにできず、家の中に引きこもってばかり。それでもミルカは幸せだった。家族が、使用人たちがいつもミルカの側にいてくれたから。ミルカを愛してくれたから。それだけで十分――なわけないでしょう。お姉様はずるい。健康な体を持っているだけではなく、自由に外出できるんだから。その上、意地悪。だから、奪ったのよ。ずるいお姉様から全てを。当然でしょう。私は『特別な存在』で、『幸せが約束されたお姫様』なんだから。両親からの愛も、次期当主の地位も、王子様も全て私のもの。お姉様の見合い相手が私に夢中になるのも仕方ないことなの。 ※設定はふわふわ。 ※予告なく修正、加筆する場合があります。 ※いずれ他サイトにも転載予定。 ※『病弱な妹と私のお見合い顛末』のミルカ(妹)視点です。

完結 愛人さん初めまして!では元夫と出て行ってください。

音爽(ネソウ)
恋愛
金に女にだらしない男。終いには手を出す始末。 見た目と口八丁にだまされたマリエラは徐々に心を病んでいく。 だが、それではいけないと奮闘するのだが……

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

リリー・フラレンシア男爵令嬢について

碧井 汐桜香
恋愛
王太子と出会ったピンク髪の男爵令嬢のお話

処理中です...