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加速する絶望 編
命の価値
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『面会した時に夫が言ったんです。〝本当はブレーキの踏み間違えじゃなく、故意にさゆりさんと娘さんを撥ねた〟と。〝息子の借金を肩代わりしてもらう代わりに、篠宮怜香さんという人の頼みを聞いた〟……と。息子のためとはいえ、小さい子まで殺すなんて……っ』
そう言って、老婦人は泣き崩れた。
『…………頼まれた……とは? ……金は、幾ら積まれたんですか?』
俺の問いに、中年女性が気まずそうに答える。
『三千万円です。……私の兄が作った借金が一千万円。……残りは私たちが好きに使うように……との事でしたが……』
――あの女、金に困ってる老人に目を付けて、母とあかりを殺させたのか!
――たった三千万円で!
――母とあかりの命は、それっぽっちの価値だったのか!?
『…………っうあぁああああっ!!』
信じられない事実を知った俺は、とっさに持っていた仏花を地面に叩きつけた。
バシャッと音がし、母を思って買ったカーネーションが散る。
女性たちは俺の反応を見て、驚いて固まった。
俺は彼女たちを無視し、何度も仏花を地面に叩きつけた。
そのあと荒くなった息を整え、涙を拭って考える。
――ちゃんと考えろ。
――絶望なら今まで何度も味わったはずだ。今さら動じるな。
――復讐を果たす相手は誰だ? そのために何をすべきだ?
冷静な俺が荒れ狂う自分に問いかけ、心の中で決意が固まっていく。
今までありとあらゆる事をされた。
人生を破壊されても、人をまともに愛せなくなっても、自分が怜香の人生を台無しにしたのだからと言い聞かせて、耐え忍んできた。
母の代わりに自分が罰を受けているなど、考えた事はない。
だが自分は必要のない存在で、存在しているだけで人の迷惑になっているのだと、怜香の呪いの言葉によって洗脳されていた。
だから極力、誰にも迷惑を掛けないようにひっそりと生きてきたつもりだ。
怜香を見返したい気持ちはあったし、嫌悪し、顔も見たくないほど憎んでいる。
けれど心の底には『怜香だって可哀想な存在だ』という思いがあり、それで溜飲を下げていたところもあった。
でも――、あいつはしてはいけない事をした。
夫の浮気相手が子供を産んだと聞いたら、そりゃあ怒り狂うだろう。気持ちは分かる。
だが、母とあかりは殺されるほどの事をしたか?
不倫相手になって子供を産んだら、子供もろとも殺されてもいいのか?
不倫は命をもって償うべき大罪なのか?
――誰か教えてくれよ!!
人の道を踏み外しておきながら、あいつは今ものうのうと篠宮フーズの社長夫人をし、贅沢三昧をして高笑いしている。
――ここまでやったなら、やり返される覚悟を持っての事だろうな?
怜香の所業を知り、生まれて初めて胸の奥にどす黒い殺意が芽生えた。
だが感情のままに怒り狂い、誰かを殴り、殺して自分も犯罪者になるなら、誰だってできる。
――そうじゃない。母とあかりに顔向けできない事は絶対にしてはいけない。
――もっと効果的なやり方を考えるんだ。
――十八年耐えられたならまだ我慢できるだろ。〝いつか〟怜香を徹底的に潰す時のために、あらゆる証拠を揃えておけ。
自分に言い聞かせた俺は、乱れた髪を掻き上げて、怯えている母娘に笑いかけた。
『…………取り乱してすみません。あとで詳しく事情を伺えませんか? 連絡先をお教えします』
速水家に罪悪感を抱いている母娘は、俺が〝どこかにいる速水尊の親戚〟だと思い込んでいるようなので、適当に嘘をついて補足しておく事にした。
『僕は速水尊さんに頼まれて、代理で墓参りしている者です。彼とは本当の兄弟のような関係にあり、彼のつらさを一番理解している存在だと自負しています』
その説明を聞いて、二人は俺が動揺した理由を理解したようだった。
『申し訳ございません。考えなしな事を言ってしまって……』
『いいえ、いいんです。中山さんは世間的には加害者と言われているでしょうけれど、あなた達だってつらい思いをされているでしょう』
努めて冷静に言ったつもりだが、俺の声は怒りで震えていた。
〝理由〟を知って怜香に激しい怒りを覚えると共に、俺は中山が完全な悪ではないと知って酷く混乱していた。
今まで『いつか中山に復讐できたら』と思って生きてきたのに、運命は俺に憎しみすら抱かせてくれない。
――本当はごく普通の善人だった?
――息子を思うあまり、苦渋の決断をした父親だった?
――そんな情報、今さら聞かせるなよ!
――娘、妻が今さら俺の目の前に現れて、『犯人は本当はいい人なんです』って泣くなよ!
――俺の絶望と悲しみが軽く思えるだろ!
心の中は荒れ狂った感情でグチャグチャになっているが、それをこの二人にぶつけても仕方がない事ぐらい、大人になった今なら分かっている。
この世界は理不尽だらけだ。
どれだけ善くあろうとしても、心ない者の所業ですべてぶち壊され、積み上げてきたものが崩される。
何度『正気を失ったほうが楽だ』『死んで楽になりたい』と願ったか分からない
――でも、死にぞこなった俺にだって、まだできる事はある。
――俺だけが母と妹の無念を晴らすため、復讐できる。
――誰に何を言われても構わない。破滅? 上等だ。
――もとより幸せになれるなんて思っていない。やってやる。
そう言って、老婦人は泣き崩れた。
『…………頼まれた……とは? ……金は、幾ら積まれたんですか?』
俺の問いに、中年女性が気まずそうに答える。
『三千万円です。……私の兄が作った借金が一千万円。……残りは私たちが好きに使うように……との事でしたが……』
――あの女、金に困ってる老人に目を付けて、母とあかりを殺させたのか!
――たった三千万円で!
――母とあかりの命は、それっぽっちの価値だったのか!?
『…………っうあぁああああっ!!』
信じられない事実を知った俺は、とっさに持っていた仏花を地面に叩きつけた。
バシャッと音がし、母を思って買ったカーネーションが散る。
女性たちは俺の反応を見て、驚いて固まった。
俺は彼女たちを無視し、何度も仏花を地面に叩きつけた。
そのあと荒くなった息を整え、涙を拭って考える。
――ちゃんと考えろ。
――絶望なら今まで何度も味わったはずだ。今さら動じるな。
――復讐を果たす相手は誰だ? そのために何をすべきだ?
冷静な俺が荒れ狂う自分に問いかけ、心の中で決意が固まっていく。
今までありとあらゆる事をされた。
人生を破壊されても、人をまともに愛せなくなっても、自分が怜香の人生を台無しにしたのだからと言い聞かせて、耐え忍んできた。
母の代わりに自分が罰を受けているなど、考えた事はない。
だが自分は必要のない存在で、存在しているだけで人の迷惑になっているのだと、怜香の呪いの言葉によって洗脳されていた。
だから極力、誰にも迷惑を掛けないようにひっそりと生きてきたつもりだ。
怜香を見返したい気持ちはあったし、嫌悪し、顔も見たくないほど憎んでいる。
けれど心の底には『怜香だって可哀想な存在だ』という思いがあり、それで溜飲を下げていたところもあった。
でも――、あいつはしてはいけない事をした。
夫の浮気相手が子供を産んだと聞いたら、そりゃあ怒り狂うだろう。気持ちは分かる。
だが、母とあかりは殺されるほどの事をしたか?
不倫相手になって子供を産んだら、子供もろとも殺されてもいいのか?
不倫は命をもって償うべき大罪なのか?
――誰か教えてくれよ!!
人の道を踏み外しておきながら、あいつは今ものうのうと篠宮フーズの社長夫人をし、贅沢三昧をして高笑いしている。
――ここまでやったなら、やり返される覚悟を持っての事だろうな?
怜香の所業を知り、生まれて初めて胸の奥にどす黒い殺意が芽生えた。
だが感情のままに怒り狂い、誰かを殴り、殺して自分も犯罪者になるなら、誰だってできる。
――そうじゃない。母とあかりに顔向けできない事は絶対にしてはいけない。
――もっと効果的なやり方を考えるんだ。
――十八年耐えられたならまだ我慢できるだろ。〝いつか〟怜香を徹底的に潰す時のために、あらゆる証拠を揃えておけ。
自分に言い聞かせた俺は、乱れた髪を掻き上げて、怯えている母娘に笑いかけた。
『…………取り乱してすみません。あとで詳しく事情を伺えませんか? 連絡先をお教えします』
速水家に罪悪感を抱いている母娘は、俺が〝どこかにいる速水尊の親戚〟だと思い込んでいるようなので、適当に嘘をついて補足しておく事にした。
『僕は速水尊さんに頼まれて、代理で墓参りしている者です。彼とは本当の兄弟のような関係にあり、彼のつらさを一番理解している存在だと自負しています』
その説明を聞いて、二人は俺が動揺した理由を理解したようだった。
『申し訳ございません。考えなしな事を言ってしまって……』
『いいえ、いいんです。中山さんは世間的には加害者と言われているでしょうけれど、あなた達だってつらい思いをされているでしょう』
努めて冷静に言ったつもりだが、俺の声は怒りで震えていた。
〝理由〟を知って怜香に激しい怒りを覚えると共に、俺は中山が完全な悪ではないと知って酷く混乱していた。
今まで『いつか中山に復讐できたら』と思って生きてきたのに、運命は俺に憎しみすら抱かせてくれない。
――本当はごく普通の善人だった?
――息子を思うあまり、苦渋の決断をした父親だった?
――そんな情報、今さら聞かせるなよ!
――娘、妻が今さら俺の目の前に現れて、『犯人は本当はいい人なんです』って泣くなよ!
――俺の絶望と悲しみが軽く思えるだろ!
心の中は荒れ狂った感情でグチャグチャになっているが、それをこの二人にぶつけても仕方がない事ぐらい、大人になった今なら分かっている。
この世界は理不尽だらけだ。
どれだけ善くあろうとしても、心ない者の所業ですべてぶち壊され、積み上げてきたものが崩される。
何度『正気を失ったほうが楽だ』『死んで楽になりたい』と願ったか分からない
――でも、死にぞこなった俺にだって、まだできる事はある。
――俺だけが母と妹の無念を晴らすため、復讐できる。
――誰に何を言われても構わない。破滅? 上等だ。
――もとより幸せになれるなんて思っていない。やってやる。
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