【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

文字の大きさ
161 / 778
家デート 編

経理部長の解雇

しおりを挟む
「初めて行ったのはイギリスだった。すげぇ単純な理由だけど、現代でも貴族がいる国ってずっと気になってた」

「分かります」

「ロンドンのセント・パンクラス駅にストリートピアノがあるのも、事前に知っていた。……だから、腕試しにエルガーを弾いてみた」

 そこまで言い、尊さんは自分の太腿の上に両手を置く。

『威風堂々』なら私も知っている。……というか、レトルト中華のCMでお馴染みになってしまった。

「曲を弾いたら、周りにいた人たちが歌い始めてくれた。日本人って盛り上がったからって『君が代』歌わねぇだろ。でも向こうの人は何かあれば国歌を歌うし、自分たちが誇りに思っている自国の曲も歌う。俺はその時、『音楽を通じて何かに属する事ができた』って感じて、凄く嬉しかったんだ」

 ずっと孤立していた尊さんが、そう思って喜びを得る気持ちはとても分かる。

 友達を積極的に作れる性格にならず、恋人を作る事にも後ろ向きになった彼にとって、海外で音楽を通じてコミュニケーションをとる事はとても重要だったんだろう。

「海外デビューみたいな感じで、すげぇ饒舌に色んな人と話したな。そりゃあ、楽しい事ばっかりじゃなかったけど、体当たりで色んな人と関わった」

 尊さんはいつの間にか私の手を握り、何とはなしに私の指を辿っている。

「ヴァイオリンも少し教えてもらったけど、俺のメインはピアノだ。でも持ち歩けるもんじゃない。『じゃあ、自分を表現する方法ってあとはなんだ?』って思った時、ダンスだと思った」

「そっか……」

 尊さんがダンスを踊るようになった思考の流れを知り、私は頷く。

「俺はその国の歴史や職人芸、伝統的なものに惹かれた。色んな人、国、文化のルーツを知りたかったのかな。流行のものは、日本にいても触れられるような気がしたから」

「確かにそうですね。日本に憧れる海外の人も、日本人の職人が握ったお寿司や伝統芸能、伝統工芸品に惹かれていると思います。……尊さんは、他にどこの国に行きました?」

「ヨーロッパはフラフラあちこち歩いて、あとは中国や東南アジア、アメリカ、オーストラリアも行った。南半球の遠い所はなかなか気軽に行けねぇけど」

「いいなぁ。尊さんと一緒にあちこち行ってみたい」

「朱里と一緒なら、すげぇ楽しいだろうな。お前となんでも分かちあえると思うと、今からワクワクする」

「私も!」

 二人で言い合ったあとクスクス笑い、自然とキスをした。



**



 週末の帰省未遂はそんな感じで終わり、一月十五日の月曜日からまた仕事に戻る。

 その頃には、社内の掲示板に経理部長の怜香さんが解雇となった旨が書かれ、皆がざわついていた。

 デスクについていても、つい耳をそばだててしまう。

「社長夫人が捕まった」「速水部長のお母さん」「不倫」「社長の二股」「ひき逃げ」……。

 そんな言葉が聞こえてきて、胸の奥がギュッとなる。

 皆、透明なパーティション越しに尊さんを気にしていたけれど、彼はいつもの態度を貫いていた。

 やがて上層部で会議が開かれる事になった。

「どうなるんだろね」

 お昼休みに社食でランチをとっている時、恵がボソッと言う。

「分かんない……」

 もう社内ではその話で持ちきりだ。

 浮気していた社長を悪く言う声があると思えば、尊さんが実は社長の息子だと知って俄然色めき立つ女性社員もいる。これは予想通りだ。

 私もずっと落ち着かなく、仕事も上の空になってミスを連発していた。

「ねぇ、気になるのは分かるけど、朱里がそんなに動揺する事?」

 恵に尋ねられ、私は思わず彼女を見つめる。

(知ってるんでしょ?)

 言いたいけれど、今はまだ言えない。……だから……。

「……恵、今日ちょっと……、話せる?」

 私が強張った表情で言ったからか、彼女も何かピンときたようだった。

「いいよ。いつもの店予約しとく?」

「うん……」

 恵と行く〝いつもの店〟は、会社近くにあるお気に入りの肉バルだ。

 でも今ばかりは、親友と飲みと言われても素直に喜ぶ事はできなかった。
しおりを挟む
感想 2,452

あなたにおすすめの小説

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

病弱な私と意地悪なお姉様のお見合い顛末

黒木メイ
恋愛
幼い頃から病弱だったミルカ。外出もまともにできず、家の中に引きこもってばかり。それでもミルカは幸せだった。家族が、使用人たちがいつもミルカの側にいてくれたから。ミルカを愛してくれたから。それだけで十分――なわけないでしょう。お姉様はずるい。健康な体を持っているだけではなく、自由に外出できるんだから。その上、意地悪。だから、奪ったのよ。ずるいお姉様から全てを。当然でしょう。私は『特別な存在』で、『幸せが約束されたお姫様』なんだから。両親からの愛も、次期当主の地位も、王子様も全て私のもの。お姉様の見合い相手が私に夢中になるのも仕方ないことなの。 ※設定はふわふわ。 ※予告なく修正、加筆する場合があります。 ※いずれ他サイトにも転載予定。 ※『病弱な妹と私のお見合い顛末』のミルカ(妹)視点です。

完結 愛人さん初めまして!では元夫と出て行ってください。

音爽(ネソウ)
恋愛
金に女にだらしない男。終いには手を出す始末。 見た目と口八丁にだまされたマリエラは徐々に心を病んでいく。 だが、それではいけないと奮闘するのだが……

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

リリー・フラレンシア男爵令嬢について

碧井 汐桜香
恋愛
王太子と出会ったピンク髪の男爵令嬢のお話

処理中です...