【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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元彼に会う前に 編

空白の記憶

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「そうですね。人生何事も修行」

 両手でギュッと拳を握ると、尊さんが優しい声で言った。

「結婚生活で躓いた時こそ、お義母さんと話して、人生の先輩の意見を聞くチャンスなんじゃないか?」

「……そうですね」

 実父が生きていた頃は、私は甘えん坊な子供だった。

 父は勿論、母の事も大好きで、何かあれば『お母さん、お母さん』と言っていた。

 でも父の死を経て大きな喪失感を得て、どうやって〝普通〟に生きていけばいいのか分からなくなった。

 母に甘えて寂しさを紛らわせたくても、母は一生懸命働いてそれどころではないように見え、遠慮してしまった。

 再婚したあとは余計に気を遣い、そうしているうちに『どうやって人に甘えるんだっけ?』と分からなくなり、今に至る。

 でも尊さんの愛情を受けてすべての感覚が〝普通〟に戻りつつある今、照れくさいけどもう一度母と娘として向き合えるのかもしれない。

(全部、尊さんのお陰だな)

 微笑んで彼の腕をまた抱き締めた時、尊さんが遠慮がちに尋ねてきた。

「……その。……今まであまり触れないようにしていたけど、亡くなったお父さんの事、聞いてもいいか?」

「……え? …………はい」

 父の事を尋ねられ、私は少しぼんやりして返事をする。

 すっかりもう話したような気持ちでいたから、今になって何を……と思ったけれど、すぐに考えを打ち消した。

(そうだ、私、お父さんの事を何も話してない……?)

 気づいて「どうして話さなかったんだろう」と思ったけれど、すぐに明確な答えは浮かんでこなかった。

「トラウマに触れるようだったら申し訳ないけど、どうして亡くなったんだ? 話したくないならいいんだけど」

 質問され、私は答えようとして小さく口を開き、少し息を吸って――――、出すべき言葉を失ってしまった。

 …………どうして死んじゃったんだっけ。

 お父さんの笑顔や、楽しかった思い出なら沢山出てくる。

 なのに、あれだけ大好きだったお父さんが、どうしていなくなってしまったのか、そこだけ記憶がごっそりなくなっていた。

「…………その…………」

 私は間をつなげるために呟き、そのあとも沈黙し続ける。

 それを尊さんは〝否定〟ととったのだろうか。

 彼は優しい声で「ごめん」と謝る。

「無理に聞きたい訳じゃない。いつか話してくれる気持ちになったら、その時に聞くよ」

「そ、そうじゃない!」

 私はザバッと水音を立て、体ごと彼を振り向く。

「違うの! 話したくない訳じゃない! 私……っ」

 必死な顔をしていたのか、尊さんは私をギュッと抱き締めてきた。

「いいんだ。ごめん」


「~~~~っ、そうじゃない! ……そうじゃないの。…………私、……その、待って」

 私は必死に説明しようとし、尊さんの腕の中で少し荒くなった呼吸を繰り返す。

「父の死に傷付いていて、話したくないとかじゃないんです。尊さんになら、どんな事だって話したいと思ってます」

「うん」

 尊さんは私を見つめ、何でも受け入れるという目をして頷いた。

「……分からないんです。……父がどうして亡くなったのか思いだそうとしたら、そこだけ記憶がぽっかりと白くなっていて……。思いだしたくても思いだせないんです」

 説明すると、尊さんの表情に微かに憐憫が混じる。

 そして彼は視線を落とし、痛みの籠もった笑みを浮かべた。

「……俺も、母と妹を亡くしたあと、しばらくそういう状態だった。だから焦らなくていいし、無理をしなくていい」

「ん……」

 呆然としつつ返事をしてから、一気に不安になってきた。

「……どうしてだろう……。なんで……」

 訳が分からなくて呟くと、尊さんは私の背中をトントンと叩く。

「今は一旦置いておこう。〝お父さんの死因が分からない〟という事が分かっただけでも、一歩前進としよう。記憶にない事を一気に知るのは不可能だし、少しずつ段階を追って考え、行動していくんだ」

「……はい」

 不安をそのままにせず、ちゃんと安心できるよう着地させてくれた尊さんに、私は内心感謝する。

 その時、私はハッと思いついた。
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