【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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推しは推してこそ 編

お庭番になる決意

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 推しのいる生活は非常にいいものだった。

 高校までの友達はアイドルに夢中だけれど、私はあまりポップスは聴かず、クラシック、伝統音楽、民族音楽などに注目していた。

 興味のある映画は見るけれど、特に推している俳優もいない。

『顔がいいな』と思う人はいるものの、演者としての魅力の一つでしかないと思っている。

 顔がいいだけなら大勢いるけれど、その全員が引き込まれるような演技をできるわけじゃない。

 だから私は顔の美醜は添え物程度と捉え、いかに違和感なく映画に没頭できるかに重きを置いていた。

 それはともかく、自分は興味を持ったものなら夢中になれるけれど、〝人〟に対してミーハーな気持ちを抱く事はない……と思っていた。

 漫画やアニメには好きキャラが大勢いるけれど、2.5次元ミュージカルや声優の素顔には興味を持てないタイプで、ナマモノはいいや……と思っていた。

 その矢先に、まさか同じ会社の社員を推す事になるとは思わず、自分でも驚いている。

 ただ親切にしてくれた人なら、ここまで惹かれなかったと思う。

 ルッキズムほど馬鹿らしいものはないし、清潔感があり、常識的行動をとって他者に思いやりを持てるかで人を判断すべきと思っていた。

 ……なのにまさか、私が『うわっ、この人、美人!』と一目惚れし、コロッとファンになってしまうとは……。

 思うに、芸能人だと遠い場所にいる人で現実味がないけど、身近に優しくしてくれる美人がいると、強烈に憧れるものなのかもしれない。

 人によっては『手が届かない場所にいるからいい』という人もいるだろうから、考え方はそれぞれだけど。

 推し活と言っても、私の場合、推しに何か貢献できるわけじゃない。

 ただ遠くから見守って、推しの健康と幸せを祈るだけの毎日だ。

 姿を見られた日は一日気持ちがウキウキしていて、学生時代に好きな人がいた時の事を思い出す。

 大学生時代からの付き合いの彼氏には『紗綾に推しができるなんて意外』と言われたけれど、人間、いつ転機が訪れるか分からないものだ。

 そんな感じで推し活をして一年が経った頃、大事件が起こった。

 なんと商品開発部の速水部長が、実は社長の息子で御曹司、副社長の弟さんだというのだ。

 おまけに経理部長だった社長夫人の鬼ババは、〝一身上の都合〟で会社を辞め、そのあとワイドショーの世話になる事となった。

 ほどなくして社長の篠宮亘さんが辞任、副社長が社長に繰り上がり、速水部長が篠宮副社長として就任。もう、社内は大騒ぎだ。

 特に橘さん、南郷さんは速水部長の事を『悲劇の御曹司』として騒ぎ立て、『自分が彼の傷心を癒してあげたい』と言っていて非常に気持ち悪い。

 速水部長が篠宮副社長になり、上村さんが副社長秘書になった時点で、大体の人はピンときているのに。

 二人とも同じ部署だし、きっと私たちの知らないところでドラマがあったに違いない。

 その行間を想像させてもらいながら応援するのが私たちモブの仕事なのに、何を出しゃばって自分が新副社長の〝相手〟になろうとしているのか。

 三次元の夢女なんて痛いにも程がある。身の程を知れ。

「おもしれー女」どころか、「きもちわりー女」になるのが関の山だ。

 おまけにモデルみたいにスタイルが良くて、芸能人顔負けに美人な上村さんに向かってブスと言い除けるので、目玉が飛び出て成層圏までいったかと思った。

 彼女たちは自分の容姿をどう捉えているんだろうか?

 トイレの鏡の前で悪口を言いながら化粧直しをし、髪を掻き上げている姿は、かつらを被ったナポレオンフィッシュだ。

 部署が同じせいか、近くのトイレに行くと彼女たちがスマホを弄りながら、陰口大会を開いているところによく遭遇する。そのまま大腸菌まみれの手で食中毒になってほしい。

 おまけに商品開発部にいる神輝征さんにも目を付けたらしく、『可愛いよね~』と下卑た笑いを浮かべている。お前らはヘンゼルを狙う魔女か。

 誰に対しても『自分ならいける』と謎の自信を持っているところが、恐ろしくて堪らない。

 どこからそんな自信が湧いてくるのか分からないし、少し分けてほしいぐらいだ。いや、いらない。

 そんな訳で、私は推しを守るためにECサイトでボイレコを買った。

 総務部の中で、私は特に二人に刃向かっておらず、なんとなーく周囲に馴染んでうまくやっている。

 だからこのボイレコを然るべきところに提出しても、私がやったとは分からないだろう。

 これも推しを守るため、社内を綺麗にするため。私はお庭番だ。
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