548 / 781
推しは推してこそ 編
密告
しおりを挟む
すると副社長は真剣な表情になり、チラッと周囲を見る。
『どういう内容かな? 別室で聞いたほうがいい?』
慎重に切り出され、私はコクコクと頷く。
『なるべく、人のいない場所でお伝えしたいです。……あと、私から聞いたと誰にも言わないでほしいんです』
『分かった。……今、時間は大丈夫?』
『はい!』
私は食べかけのおにぎりを袋に押し込み、副社長のあとについて歩いた。
向かったのは使っていない会議室だ。
会議室は廊下に面した部分がガラスになっていて、使用しているかどうか、すぐ分かるようになっている。
副社長は電気をつけて瞬間調光ガラスのスイッチを入れ、使用中にした。
『さて、適当に座って』
彼はキャスター付きの椅子の一脚に座り、私にそう促す。
『失礼いたします』
私は会釈してから腰かけ、深呼吸する。
それからポケットに手を入れてボイスレコーダーを出し、スッとテーブルの上に滑らせた。
『最初に申し上げておきますが、私は上村朱里さんのファンで、彼女と副社長の仲を応援しています。……業務の事でなくて申し訳ございません』
彼はボイレコを見て、『続けて』と促す。
『私は総務部所属の、西川紗綾と申します。上村さんには、社食でうどんの汁を被っていた時に助けていただいたご恩があります。その時から彼女を好ましく思い、陰からこっそり応援していました』
自分の彼女に、女性社員のファンがついていると知って、副社長はさぞ複雑な心境だろう。
おまけに声を掛けずに陰からこっそり……なんて、『もっと堂々と推せ』と思われても仕方がない。
気持ち悪いと思われるかもしれないけど、まず自分の情報をきちんと出さないと、私まで疑われてしまう事になる。
上村さんのファンとしては、それだけは避けなければならない。
『……なのですが、総務部の女性社員の中で、上村さんに嫉妬して彼女を悪く言う人たちが現れました。上村さんのように美人でイケメン副社長の秘書になった……となれば、一般的に考えて、ある程度なら嫉妬されるのは仕方ないかと思います。ですが、彼女たちの言動は常識の範疇を超えて目に余ります。……根も葉もない噂を捏造し、部署のお局の力も借りて拡散させようとしています』
『……具体的にはどんな内容かな?』
尋ねられ、私は心苦しく思いながらも打ち明ける。
『……上村さんが枕営業をして、副社長秘書の座に納まったとか、社長とも、前社長ともできている、一族をたらしこんだとか……。社外にも関係している男性が大勢いて、副社長は騙されているとか、……テンプレートな内容ではありますが、何も知らない人が真に受けたら厄介な内容だと思います。彼女は秘書ですので、万が一、商談相手の耳に届いたら、たかが噂と侮れない場合もあるのでは……と感じています』
『……ボイスレコーダーには、その証拠が?』
副社長はトンとテーブルを指で打ち、静かに尋ねてくる。
『はい。気分が悪くなる内容かと思いますが、ご確認いただけたらと思います。私としましても、仕事をする場で女子学生のような低レベルの会話をされ、暗鬱とした気持ちになっていますし、他の社員のためにもならないと思います。総務部のお局の斎木さんは以前にも部署内でいざこざを起こし、『もうしない』という条件でお咎めなしになっていたのですが、今回の主犯格である橘さん、南郷さんと一緒に嬉々として噂話をしています。上長も気づいているようではあるのですが、彼女たちは主に女子トイレなどで噂話をしているので、詳しく調査できていない状態です』
彼は少しの間何か考えたあと、『分かった』と頷き、ボイレコをスーツの内ポケットにしまった。
『せっかく新しい環境で働き始めた上村さんに悪影響を及ぼさないよう、何卒ご配慮をお願いいたします』
深く頭を下げると、副社長は『ありがとう』と言ってくれた。
『……それで、……私が通報した事は、誰にも言わないでいただけたらと思います』
視線を落として申し出ると、彼は『分かってる』と頷く。
『報告してくれてありがとう。上村さんにも、他の人にも決して言わない。しっかり調査した上で判断を出すから、西川さんは普通に過ごしていてくれ』
『はい。……ご多忙な中、お時間を割いていただきありがとうございました』
私は立ちあがると、ペコリとお辞儀をして会議室を出ようとする。
『西川さん』
『はい?』
ドアを開けようとした時、副社長に呼び止められて振り返る。
『どういう内容かな? 別室で聞いたほうがいい?』
慎重に切り出され、私はコクコクと頷く。
『なるべく、人のいない場所でお伝えしたいです。……あと、私から聞いたと誰にも言わないでほしいんです』
『分かった。……今、時間は大丈夫?』
『はい!』
私は食べかけのおにぎりを袋に押し込み、副社長のあとについて歩いた。
向かったのは使っていない会議室だ。
会議室は廊下に面した部分がガラスになっていて、使用しているかどうか、すぐ分かるようになっている。
副社長は電気をつけて瞬間調光ガラスのスイッチを入れ、使用中にした。
『さて、適当に座って』
彼はキャスター付きの椅子の一脚に座り、私にそう促す。
『失礼いたします』
私は会釈してから腰かけ、深呼吸する。
それからポケットに手を入れてボイスレコーダーを出し、スッとテーブルの上に滑らせた。
『最初に申し上げておきますが、私は上村朱里さんのファンで、彼女と副社長の仲を応援しています。……業務の事でなくて申し訳ございません』
彼はボイレコを見て、『続けて』と促す。
『私は総務部所属の、西川紗綾と申します。上村さんには、社食でうどんの汁を被っていた時に助けていただいたご恩があります。その時から彼女を好ましく思い、陰からこっそり応援していました』
自分の彼女に、女性社員のファンがついていると知って、副社長はさぞ複雑な心境だろう。
おまけに声を掛けずに陰からこっそり……なんて、『もっと堂々と推せ』と思われても仕方がない。
気持ち悪いと思われるかもしれないけど、まず自分の情報をきちんと出さないと、私まで疑われてしまう事になる。
上村さんのファンとしては、それだけは避けなければならない。
『……なのですが、総務部の女性社員の中で、上村さんに嫉妬して彼女を悪く言う人たちが現れました。上村さんのように美人でイケメン副社長の秘書になった……となれば、一般的に考えて、ある程度なら嫉妬されるのは仕方ないかと思います。ですが、彼女たちの言動は常識の範疇を超えて目に余ります。……根も葉もない噂を捏造し、部署のお局の力も借りて拡散させようとしています』
『……具体的にはどんな内容かな?』
尋ねられ、私は心苦しく思いながらも打ち明ける。
『……上村さんが枕営業をして、副社長秘書の座に納まったとか、社長とも、前社長ともできている、一族をたらしこんだとか……。社外にも関係している男性が大勢いて、副社長は騙されているとか、……テンプレートな内容ではありますが、何も知らない人が真に受けたら厄介な内容だと思います。彼女は秘書ですので、万が一、商談相手の耳に届いたら、たかが噂と侮れない場合もあるのでは……と感じています』
『……ボイスレコーダーには、その証拠が?』
副社長はトンとテーブルを指で打ち、静かに尋ねてくる。
『はい。気分が悪くなる内容かと思いますが、ご確認いただけたらと思います。私としましても、仕事をする場で女子学生のような低レベルの会話をされ、暗鬱とした気持ちになっていますし、他の社員のためにもならないと思います。総務部のお局の斎木さんは以前にも部署内でいざこざを起こし、『もうしない』という条件でお咎めなしになっていたのですが、今回の主犯格である橘さん、南郷さんと一緒に嬉々として噂話をしています。上長も気づいているようではあるのですが、彼女たちは主に女子トイレなどで噂話をしているので、詳しく調査できていない状態です』
彼は少しの間何か考えたあと、『分かった』と頷き、ボイレコをスーツの内ポケットにしまった。
『せっかく新しい環境で働き始めた上村さんに悪影響を及ぼさないよう、何卒ご配慮をお願いいたします』
深く頭を下げると、副社長は『ありがとう』と言ってくれた。
『……それで、……私が通報した事は、誰にも言わないでいただけたらと思います』
視線を落として申し出ると、彼は『分かってる』と頷く。
『報告してくれてありがとう。上村さんにも、他の人にも決して言わない。しっかり調査した上で判断を出すから、西川さんは普通に過ごしていてくれ』
『はい。……ご多忙な中、お時間を割いていただきありがとうございました』
私は立ちあがると、ペコリとお辞儀をして会議室を出ようとする。
『西川さん』
『はい?』
ドアを開けようとした時、副社長に呼び止められて振り返る。
697
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】私は側妃ですか? だったら婚約破棄します
hikari
恋愛
レガローグ王国の王太子、アンドリューに突如として「側妃にする」と言われたキャサリン。一緒にいたのはアトキンス男爵令嬢のイザベラだった。
キャサリンは婚約破棄を告げ、護衛のエドワードと侍女のエスターと共に実家へと帰る。そして、魔法使いに弟子入りする。
その後、モナール帝国がレガローグに侵攻する話が上がる。実はエドワードはモナール帝国のスパイだった。後に、エドワードはモナール帝国の第一皇子ヴァレンティンを紹介する。
※ざまあの回には★がついています。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる