有罪愛

臣桜

文字の大きさ
32 / 91

後ろめたさの始まり

しおりを挟む
(お兄ちゃんに、やましいところなんてない)

 頑なに否定する春佳は、深い思考の水底にいた。

 暗く、他に何の生き物もいない茫洋とした水の中で、自分とうり二つの貌をした少女が、長い髪をたゆたわせてこちらを見ている。

 明るい色をした水面近くには、色とりどりの魚たちが、兄との楽しい思い出の象徴としてのびのびと泳いでいる。

 普段はそこで気持ちよく泳いでいられるのに、母に怒られた時などは思考が深いところに引っ張られ、こうしてもう一人の自分が囁いてくるのだ。

 今もまた、自分と思えないほど妖艶な貌をしたもう一人は、唇の間からコポコポとあぶくを零して話しかけてくる。

 ――なら、証拠を見つけなよ。

 ――この家で同居してるなら、お兄ちゃんがいない間に色々探せるでしょ?

 ――時間はたっぷりあるし、充分探してもなんの証拠も出てこないなら、信じてもいいんじゃない?

(そんな、泥棒みたいな事……)

 まだ文句を言おうとした時、バスルームのドアが開く音がし、冬夜がシャワーから上がったのが分かった。

 考え事をしていると、勘のいい兄に悩み事があるか聞かれてしまう。

 春佳はソファから立ちあがると、わざと物音をたててキッチンで水を飲んだ。



**



 その後、春佳は冬夜が不在の時に家捜しを始めた。

 一気に色んなところを探そうとすれば、焦りのあまり粗が出てしまうので、「今日はここだけ」と決めたあとは、決して手を着けないルールを設けた。

 春佳はとてつもない罪悪感を抱きながら、書斎のデスクの引き出しを一段ずつ調べていく。

 冬夜は神経質な面があるので、物を動かす時はとても慎重に行った。

 二週間近くかけてデスクの引き出しを確認し、何もないという結論に至る。

 十一月に入る頃には、書斎は大体調べ終えていた。

 ただ一点、パソコンを除いては――。





 ずっと気になりながらも見ないようにしていたパソコンの前に座ったのは、十一月半ばの事だ。

(街はクリスマス一色になっているのに、私、何やってるんだろう)

 クリスマスイブはかき入れ時のため、アルバイトの予定が入っている。

 だがその前の週末には、千絵と女子会をするつもりだし、イブは冬夜の誕生日なので、彼にプレゼントを買うつもりでいた。

 千絵とのクリスマス会にイタリアンのランチコースを予約し、冬夜のプレゼントを買うのにも付き合ってもらう予定だ。

 涼子とはいまだ面会しておらず、さすがに冬夜に『お見舞いに行きたい』と言ったが、『絶対にやめておけ』と言われている。

 だが、自分でも分かっていた。

 本気で母に会いたいなら、入院先の病院も知っているし自分で赴き、「娘です」と告げて面会させてもらえばいいのだ。

 なのに冬夜に言われた言葉が胸に刺さり、春佳の足を止めている。

『自殺未遂したからといって〝自分がいなきゃ駄目なんだ〟と思ったら、お前はまたかいがいしく母親の世話をするだろう。それじゃあ、今までと何も変わらない』

 兄の言葉は正しい。

 正しいからこそ、母と顔を合わせたらまた罵倒されないか、依存されないか……という逡巡が芽生える。

 実家で母と暮らしていた時の事を思いだすと、胸の奥をギュッと掴まれたような感覚になり、呼吸が苦しくなる。

 安全な環境で生活するようになって、ようやくこれが母によって長年刻まれた呪い、トラウマなのだと理解した。

 今だって、すべて解放されたわけではない。

 街中を歩いていて大きな声を聞くと、必要以上に驚き、酷い時は動けなくなってしまう。

 普通に友達と話していても、怒らせないように、不機嫌にさせないように、とても気を遣って言葉を選んでいる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...