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頭痛1
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時間が経ち、晩餐の席となった。
ひと眠りして調子を取り戻したモニカは、デイドレスとは異なった、濃いバラ色のドレスを纏っていた。
クライヴも美しい濃紺のコートを基調に、晩餐の装いだ。
晩餐室ではヴィンセント王国とウィドリントン王国の王家、そしてその血縁に至る者たちが集まっているので、かなりの人数だ。
給仕たちが忙しく、だが上品に立ち回り、廊下で料理を運ぶ者も、厨房で働く者たちも大忙しだろう。
それをねぎらってやれるだけの、給金を払わなければ。
心の中で思いつつ、クライヴは国王としてテーブルで会話に花を咲かせていた。
クライヴの隣にモニカが座っていて、その反対側には王太后カミラ、妹姫ヘザーが座る。続いて血縁の年上の者から席に着いていた。
同様にモニカの外側にも、ウィドリントンの国王バートランド、王妃セシリア。その後に第一王子コリン、第二王女アイリスが続いている。
王族の向かいには司祭とオーガストが座っていた。王族たちの人数が多く、テーブルをぐるりと囲むように座っているので、二人で座っている彼らは肩身が狭そうに思える。
――が、そう思っていたのはモニカだけだった。
「いやぁ、それにしても一連のめでたい式典が無事終わりまして、安心致しました」
司祭のニコラスは葡萄酒を片手にご機嫌で、周囲もそれに同調している。
ワイワイと食事は進み、酒と食事とで会話も弾む。笑い声はまた新たな笑いを誘う。
結婚式や戴冠式の晩餐とは違い、二国だけという親密な場では、宴会のような雰囲気になっても誰も咎める者がいない。
無礼講と言ってもいい晩餐に、モニカも表情を綻ばせていた時だった――。
「え……?」
視界に何かがよぎり、クラッと眩暈がすると同時にまた頭痛がした。
テーブルの角に手を置き、モニカは自分を落ち着かせるように目の前にあるティーカップを見る。
――今、『何か』を目にした。
――とても大事な、記憶に引っかかる『何か』を。
自分の視界に入るもの――卓上の食器から花瓶、花。その向こうにある人々まで、モニカは注意深く観察し始める。
一瞬目にかすっただけなので、モニカは『それ』が何なのか理解していない。
「モニカ?」
今まで隣で可憐な笑い声を上げていた妻が、急に静かになったのでクライヴも不審に思う。
彼女を覗き込むと、自分が声をかけたことなど気付いていないように、『何か』に目を凝らしていた。
「……モニカ? どうした?」
耳元で囁くと、ヒクッと肩を跳ねさせ、やっとモニカはクライヴを見た。
「い……いえ。何でもないの」
晩餐で問題を起こしてはいけない。
そう思ったモニカは、咄嗟に作り笑顔でクライヴに対応した。
けれど、そんなものにごまかされるクライヴではない。
モニカの笑顔はここ十数年見てきた。四六時中側にいた訳ではないが、彼女の色々な表情を見てきた自負がある彼は、モニカの隠し事を知る。
「……また頭痛か? なら中座しても構わない」
「いいえ、平気なの」
優美な眉を寄せ、モニカは痛みを堪えている顔をしている。
「強がりを言うんじゃない。晩餐は食後のお茶まで終わっているから、君はもう立派に役目を果たした。体調が悪いなら、この場にいる人なら全員許してくれるし、失礼とも思わない」
「どうかしましたかな? 新国王陛下」
ニコラス司祭の陽気な声がし、クライヴはよそ行きの笑みを浮かべて「いいえ、猊下」と応える。
直後決意したクライヴは、モニカの肩を抱いて立ち上がった。
「皆さん、失礼します。どうやら王妃が連日の忙しさで体調を崩してしまったらしく、中座することをお許しください。王妃を送り届けましたら、皆さまの元に私はすぐ戻りますから」
「大丈夫なの? モニカ」
バートランド越しに、母親のセシリアが心配する。
「ええ、大丈夫です。お母さま」
夫婦で一礼をすると、テーブルの人々はそろそろ宴もたけなわという雰囲気になった。
それを心配してか、クライヴは退席する前につけ加える。
「男性は遊戯室に最高の酒を。女性は歓談室に甘いお菓子とお茶を用意致します。皆さんも、どうぞそちらへ」
クライヴの提案に皆笑顔になり、場所を移して新たなお喋りが始まろうという空気になった。
ひと眠りして調子を取り戻したモニカは、デイドレスとは異なった、濃いバラ色のドレスを纏っていた。
クライヴも美しい濃紺のコートを基調に、晩餐の装いだ。
晩餐室ではヴィンセント王国とウィドリントン王国の王家、そしてその血縁に至る者たちが集まっているので、かなりの人数だ。
給仕たちが忙しく、だが上品に立ち回り、廊下で料理を運ぶ者も、厨房で働く者たちも大忙しだろう。
それをねぎらってやれるだけの、給金を払わなければ。
心の中で思いつつ、クライヴは国王としてテーブルで会話に花を咲かせていた。
クライヴの隣にモニカが座っていて、その反対側には王太后カミラ、妹姫ヘザーが座る。続いて血縁の年上の者から席に着いていた。
同様にモニカの外側にも、ウィドリントンの国王バートランド、王妃セシリア。その後に第一王子コリン、第二王女アイリスが続いている。
王族の向かいには司祭とオーガストが座っていた。王族たちの人数が多く、テーブルをぐるりと囲むように座っているので、二人で座っている彼らは肩身が狭そうに思える。
――が、そう思っていたのはモニカだけだった。
「いやぁ、それにしても一連のめでたい式典が無事終わりまして、安心致しました」
司祭のニコラスは葡萄酒を片手にご機嫌で、周囲もそれに同調している。
ワイワイと食事は進み、酒と食事とで会話も弾む。笑い声はまた新たな笑いを誘う。
結婚式や戴冠式の晩餐とは違い、二国だけという親密な場では、宴会のような雰囲気になっても誰も咎める者がいない。
無礼講と言ってもいい晩餐に、モニカも表情を綻ばせていた時だった――。
「え……?」
視界に何かがよぎり、クラッと眩暈がすると同時にまた頭痛がした。
テーブルの角に手を置き、モニカは自分を落ち着かせるように目の前にあるティーカップを見る。
――今、『何か』を目にした。
――とても大事な、記憶に引っかかる『何か』を。
自分の視界に入るもの――卓上の食器から花瓶、花。その向こうにある人々まで、モニカは注意深く観察し始める。
一瞬目にかすっただけなので、モニカは『それ』が何なのか理解していない。
「モニカ?」
今まで隣で可憐な笑い声を上げていた妻が、急に静かになったのでクライヴも不審に思う。
彼女を覗き込むと、自分が声をかけたことなど気付いていないように、『何か』に目を凝らしていた。
「……モニカ? どうした?」
耳元で囁くと、ヒクッと肩を跳ねさせ、やっとモニカはクライヴを見た。
「い……いえ。何でもないの」
晩餐で問題を起こしてはいけない。
そう思ったモニカは、咄嗟に作り笑顔でクライヴに対応した。
けれど、そんなものにごまかされるクライヴではない。
モニカの笑顔はここ十数年見てきた。四六時中側にいた訳ではないが、彼女の色々な表情を見てきた自負がある彼は、モニカの隠し事を知る。
「……また頭痛か? なら中座しても構わない」
「いいえ、平気なの」
優美な眉を寄せ、モニカは痛みを堪えている顔をしている。
「強がりを言うんじゃない。晩餐は食後のお茶まで終わっているから、君はもう立派に役目を果たした。体調が悪いなら、この場にいる人なら全員許してくれるし、失礼とも思わない」
「どうかしましたかな? 新国王陛下」
ニコラス司祭の陽気な声がし、クライヴはよそ行きの笑みを浮かべて「いいえ、猊下」と応える。
直後決意したクライヴは、モニカの肩を抱いて立ち上がった。
「皆さん、失礼します。どうやら王妃が連日の忙しさで体調を崩してしまったらしく、中座することをお許しください。王妃を送り届けましたら、皆さまの元に私はすぐ戻りますから」
「大丈夫なの? モニカ」
バートランド越しに、母親のセシリアが心配する。
「ええ、大丈夫です。お母さま」
夫婦で一礼をすると、テーブルの人々はそろそろ宴もたけなわという雰囲気になった。
それを心配してか、クライヴは退席する前につけ加える。
「男性は遊戯室に最高の酒を。女性は歓談室に甘いお菓子とお茶を用意致します。皆さんも、どうぞそちらへ」
クライヴの提案に皆笑顔になり、場所を移して新たなお喋りが始まろうという空気になった。
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