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第三部・元彼 編

御劔家と食事2

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 この場にいる凄い人たちが、自分のために乾杯するなど畏れ多くて、香澄は少し背中を丸めて萎縮しかける。
 その微かな姿勢の揺らぎに気付いたのか、隣から佑が腕を伸ばしてトン、と香澄の腰に触れてきた。

(ん! しっかりしなきゃ)

 それだけで勇気をもらえた香澄は、ピッと背筋を伸ばし笑顔になる。

「今日は集まってくれてありがとう。香澄の魅力をたっぷり分かってほしいから、どんどん彼女に話し掛けてくれ」

(んん! 責任重大)

 佑が挨拶を終えたあと、香澄は自分も一言と思って口を開く。

「改めまして、赤松香澄です。本日は貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます。どうぞ宜しくお願い致します」

 そのあと乾杯をし、ワンスプーンで食べられるアミューズ・ブーシュからコース料理が始まった。

「今は佑と同棲しているんですって?」

 コンソメベースのゼリー寄せを、ちゅるんと口に含んだ直後に尋ねられたので、そのままスポーン! とゼリーが口から出るかと思った。

「は、はい」
「母さん、まぁまぁ。兄貴だって三十二なんだし、同棲しようが何だろうがいいじゃん」

 翔が口を挟み、和ませようとしてくれる。

「別に悪いとは言ってないじゃない。どの程度まで仲が進展しているのか、確認したいだけよ」

 アンネは想像していた通りの性格で、香澄はうっかりした発言をしないよう緊張した。

「別に、普通の恋人らしく同棲しているだけだ。今回も、結婚を前提に……と紹介するには早いと思っていたけど、澪が香澄と会ってしまったから、紹介しようと思った流れだ。本当ならもう少し、仲を深めてからきちんと場を設けたかったけど」

 次に牡蠣をメインとした、一皿目の前菜(アントレ)が運ばれる。
 二月の旬の野菜であるアピオスの白いポタージュの上に、牡蠣のフリッターがちょんとのっていた。
 外側はサクッ、中はトロッとした食感ににやけかけるが、高級フレンチを食べながらも気を抜けない会話をしているので、味に集中するのは二の次だ。

「逆に聞くけど、香澄さんはまだ心の準備ができていないの? うちの佑はなかなかの優良物件だと思うんだけど。普通の女性なら、話半分に『結婚します』って即答してると思うわ」

 アンネに尋ねられ、香澄は一口水を飲んでから答える。

「正直に答えますと、どれだけ有名な方でも、出会ってすぐに結婚は考えられません」

 あまりに素直すぎたかと、言い終わったあとに一瞬後悔したが、アンネは「そうね」と頷いた。

「確かにあなたの言う通りだわ。有名人だから、ちょっと顔がいいからという理由で『運命』っていう言葉で結婚を決められたら困るもの」

 もっともらしく言って頷いたアンネに、澪が突っ込んだ。

「でもママ、パパに会った時に運命を感じたんでしょ?」

 アンネはじっとりと、ものいいたげに娘を見る。

「佑は香澄さんに一目惚れだったんだろ?」

 律に言われ、佑は「ああ」と頷く。
 香澄はドキッとして、御劔家の前でタラタラと冷や汗をかく。
 自分に一目惚れされる要素があるのか? と思われないか、チラッと全員を見回してから、誤魔化すように口内に残ったポタージュの味を思い出そうとする。

 その時、焼きたてのパンがフォークとスプーンでサーブされ、パン皿の近くにある銀色のドームが開けられる。
 中にはレストランのエンブレムが刻印されたバターがあり、もう一つの皿にはオリーブオイルが注がれた。

「この年齢になって、出会いの形はどうであっても構わないと思っている。父さんと母さんだって、自分たちが納得いく相手との恋愛結婚や、自己満足で押しつけたお見合いでの結婚しか許さない……なんて言わないだろう?」

 佑が、あえて「そんな狭量な事は言わないだろう?」と両親を試す物言いをする。

「当然よ。先日は小野瀬さんとの食事会を決めてしまったけど、基本的に私たちは今まで佑が望むようにさせてあげたつもりよ。だから、あなたが香澄さんと結婚したいと強く決めたのなら、反対はしないつもりよ」

 売り言葉に買い言葉という様子でアンネが言い、サワークリームとキャビアがのったブリニにフォークを入れる。
 香澄も小さなパンケーキのようなそれにナイフを入れつつ、「反対はしないつもり」という言葉を聞いて少し安心していた。

「ありがとう。言質は取ったからな」

 佑がニッコリ笑うと、アンネは目を細める。

「ただ、香澄さんを認めたとは言っていないわ。反対はしないけれど、これから香澄さんがどういうお嬢さんなのか、じっくり見極めさせてもらうわ。この食事会一回では、どう考えても人となりが分からないもの」
「は、はい! それは勿論です」

 香澄は焦って頷く。
 二皿目の前菜の、地鶏と合鴨のバロティーヌが運ばれてきた時、アンネは白ワインをオーダーした。
 そしてチラッと香澄のグラスを見て、尋ねてくる。

「香澄さんは? 次の飲み物は?」
「えっ? は、はい! いただきます! じゃあ、赤葡萄ジュースで」

 香澄のオーダーにギャルソンが頷き、佑や律、翔に澪たちも二杯目のワインを頼む。
 全員の気がオーダーに逸れていた時、それまで黙っていた陽菜が向かいから微笑みかけてきた。

「香澄さん、安心していいですよ。お義母さん、初めは怖そうに見えるけど、本当はとても優しくて情の深い方ですから」

 大人しそうに見えて物怖じせず言った陽菜に、律が笑った。

「御劔家に嫁入りした第一号がこう言うんだから、本当に心配しなくていいと思うよ」
「ありがとうございます」

 味方ができた、と微笑んだ香澄は、チラッとアンネを見る。
 すると彼女は目だけで天井を仰いで、パンをちぎっていた。

「食事にもちょくちょく誘ってくれます。いつかは、丁度少し体調悪かった時だったんですが、『大変じゃない!』ってホテルの部屋を取ってくださったんです。ちょっと貧血気味だっただけなのに、あれこれ心配してくださって……。本当に心の温かい方なので、安心してくださいね」
「はい!」

 香澄は満面の笑みを浮かべる。
 二人が結託しそうになっているのを見て、アンネがとうとう口を挟んだ。

「陽菜さん。余計な事を言わないでちょうだい。香澄さんがまだどんな女性なのかは、分かっていないんだから」
「はい、お義母さん」

 苦虫を噛み潰したようなアンネに対し、陽菜はにっこり笑う。
 陽菜が会話に入ってくれたお陰で、アンネに対する印象もガラッと変わった。

(ありがとうございます……)

 香澄は向かいにいる陽菜に目で礼を送り、彼女もそれに笑顔で応えてくれた。

「ママはクラウザー家の娘だからか分からないけど、伝統とか礼儀とかにうるさいのよね」

 澪の言葉を聞き、香澄は彼女に尋ねる。

「あの、ドイツのクラウザー家の方々……には、頻繁にお会いする感じでしょうか?」
「ん? そうね……。最低、年に二、三回。多かった年は五回ぐらいは日本に来たかしら? オーマ……お祖母ちゃんが日本人だから、愛妻家のオーパ……お祖父ちゃんは、頻繁に日本に来て安心させたがるのよ」
「優しい方なんですね」

 高級車の代名詞とも言えるクラウザー社の会長と聞いているので、果たしてどんな人なのかと少し怖く思っていた。
 クラウザー家の親戚に入るので、やや〝普通ではなくなる〟とも言える。

「オーパは完全にドイツ人で、金髪碧眼の〝外国人〟だけど、日本語ペラペラだし親日家だし、そんなに怖がらなくていいよ」

 翔が言った時、ワゴンの上にココットにされたオマール海老が運ばれてきた。
 耐熱ボウルの中で真っ赤になったオマール海老は、野菜と一緒に焼かれ、ソースは海老の色をしていて香りもいい。
 ギャルソン二人がワゴンの上で皿にスプーンとフォークで中身を移し替え、他の者がテーブルに運ぶ。
 海老のハサミは丸ごと殻が剥かれていて、そのまま食べられるようになっている。
 さっそく海老にナイフを入れつつ、律が言う。

「会うのはまだ先だと思うけど、向こうの従兄弟とかにもちょっと変わった……、あー、アクの強い……とも言えるけど、楽しい奴がいるから楽しみにしているといいよ」
「はい」

 期待してチラッと隣にいる佑を見たが、彼は考えるようにしばし固まり、一つ息をついてからナイフとフォークを動かし始めた。

「……頼むから、アロクラが香澄に接触した時は、守ってくれよ?」

(アロクラ?)

 どうやら問題のある人がいるようだ。
 佑が兄弟に助けを求めているという事は、余程なのだろう。

「俺が何とかするから任せなって」

 翔が軽く言うが、佑はさらに渋面になる。

「お前はあいつらと一緒に悪ノリするタイプだろ」
「あははっ、バレたか」

 パンをオマール海老の残りのソースにつけて食べている香澄の頭の中は、「?」で一杯だ。
 そこでまた、陽菜が助け船を出してくれる。

「香澄さん、アロクラってラグジュアリーブランド、知ってますか?」
「ああ!」

 言われてA&Cのロゴと、色鮮やかな花々を使ったデザインが特徴的な、ハイブランドを思いだした。

――――――――――――――――

 本日、無事に誕生日を迎えられました。
 お仕事もこのお話も、書きたいものが沢山あって、絵も描きたいし、なんなら漫画も描きたいし、リアルでもやりたい事が沢山あって体がおいつきません(笑)。
 来年も飛躍の年となるよう、頑張っていきたいと思います。
『バニーガール』にもどうぞお付き合いくださいませ。

 pixivFANBOXで時々『バニーガール』のSSなども書いているのですが、そのうち纏めた物を同人誌にして出したいなと思っています。
 もし良かったら、そちらも宜しくお願い致します。
(まだ何も動いてないですが……)
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