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第四部・婚約 編
諦めてください
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『赤松さんの今後の休暇についてですが』
松井がそう口を開いたのは、香澄がChief Everyに勤め始めてまだ間もない頃だ。
当時は佑がたびたび秘書室に様子を見に来てくれていて、慣れたかどうかを聞いていた。
その日も終業前に佑が社長秘書室に来て、三人で業務連絡や確認、ついでに雑談などもしていた。
彼がそう言ったので、香澄は急に緊張して松井を見る。
『赤松さんはきっと、こう言うと嫌がると思います』
前置きをして、松井は言葉を続ける。
『赤松さんは社長の〝特別〟な方です。赤松さん自身が〝仕事ではプライベートは抜きで考えてほしい〟と思っても、〝特別〟なのは事実です』
『そうですね』
佑も同意し、香澄も頷かざるを得ない。
『今後、赤松さんに〝仕方がない時〟は沢山訪れると思います。社長の恋人、いずれ結婚して妻として、秘書業を休まなければいけない時、社長のご家族、ご親戚の関係、または注目される有名人のパートナーとして……。あらゆる事態で様々な〝もしも〟が考えられます』
『はい』
言われる通りだ。
〝世界の御劔〟に選ばれておきながら、一般人が秘書として勤めたのと同じように過ごせるとは思っていない。
『そういう時、社長には赤松さんを特別扱いしてほしいと思っていますし、赤松さんもそうされる事に慣れてほしいのです』
松井の言う事を完全に理解できず、香澄は眉を寄せる。
『赤松さんは社長の大切な存在です。私は初期から社長と共にこの会社の成長を見守っていますが、最近の社長は実に公私共に充実して意欲に満ちています。今までもやる気に満ちて会社を大きくしてきましたが、今は赤松さんという守るべき存在を得て、さらに風を切って上昇していくように感じられます』
(そうなんだ……)
佑の〝今まで〟を知らなかった香澄は、ちょっとだけ嬉しくなる。
自分が所謂〝あげまん〟なのかは分からない。
けれど自分がいる事により、佑の調子が出ているのなら恋人冥利に尽きる。
『ですから、今後私たちが大切にしていくのは赤松さんの健康状態とメンタルです』
松井の言いたい事を理解し、香澄は小さく息をつく。
『赤松さんが病気や怪我で倒れていたのなら、仕事に手がつかないでしょう。体に問題がなくても、落ち込んでいても社長は気にされるはずです』
『確かに、その通りです』
佑の同意を得て、松井は頷く。
『私は今までも一人で業務をこなしてきました。勿論、赤松さんがいてくれて、数段楽になりました。赤松さんはとても優秀な秘書として成長しています』
松井に褒められ、香澄は嬉しくなる。
『ですから、いつ休んでも私は大丈夫です、とお伝えしたいのです』
でも……、と香澄は思わず言いかけたが、松井に見つめられ視線を落とす。
『赤松さんのお気持ちはお察しします。〝特別扱いされず、Chief Everyの社長にスカウトされた秘書として働きたい。公私混同していると周りに思われたくない〟』
思っている事そのものを言い当てられ、香澄は頷く。
『諦めてください』
その蟠りをスパッと断ち切られ、香澄はハッとして顔を上げた。
『社長が女性として一目惚れをし、秘書にスカウトして働き始めた、という時点で、赤松さんはもう〝普通の秘書〟ではないのです。世の中には特別扱いをされるべき存在がいます。勿論、周囲と軋轢を生まないよう、振る舞いに気を付ける必要はあります』
コクリ、と香澄は頷く。
『ですが社長秘書室において、室長は私です。赤松さんが仮に迷惑を掛ける相手がいるとしたら、私しかいません。そしてその私がいいと言っているのです』
丁寧に説明され、気が付けば反論できないぐらいのチェックメイトを受けていた。
どう答えるべきか迷って黙った香澄の肩に、佑が手を置いてくる。
『赤松さんははまじめだから、ズルをしているという気持ちになるんだと思う。君が一生懸命仕事をしているのは、俺も松井さんも理解している。逆にきちんと仕事をしているからこそ、こういう申し出をするんだ。元から不真面目な勤務態度なら、こちらも何も言わなかっただろう』
言われて確かに、と思って一つ頷く。
『赤松さん、仕事はメンタルトレーニングでもあります。あなたの勤勉でまじめな性格は美徳です。ですがそれだけでは張り詰めて、いつかストレスを抱えて破裂してしまうかもしれません。ある程度のところで他者からの提案を受け入れ、〝頑張らない自分〟にOKを出してあげてください』
松井の言葉が、胸の奥に染みた。
松井がそう口を開いたのは、香澄がChief Everyに勤め始めてまだ間もない頃だ。
当時は佑がたびたび秘書室に様子を見に来てくれていて、慣れたかどうかを聞いていた。
その日も終業前に佑が社長秘書室に来て、三人で業務連絡や確認、ついでに雑談などもしていた。
彼がそう言ったので、香澄は急に緊張して松井を見る。
『赤松さんはきっと、こう言うと嫌がると思います』
前置きをして、松井は言葉を続ける。
『赤松さんは社長の〝特別〟な方です。赤松さん自身が〝仕事ではプライベートは抜きで考えてほしい〟と思っても、〝特別〟なのは事実です』
『そうですね』
佑も同意し、香澄も頷かざるを得ない。
『今後、赤松さんに〝仕方がない時〟は沢山訪れると思います。社長の恋人、いずれ結婚して妻として、秘書業を休まなければいけない時、社長のご家族、ご親戚の関係、または注目される有名人のパートナーとして……。あらゆる事態で様々な〝もしも〟が考えられます』
『はい』
言われる通りだ。
〝世界の御劔〟に選ばれておきながら、一般人が秘書として勤めたのと同じように過ごせるとは思っていない。
『そういう時、社長には赤松さんを特別扱いしてほしいと思っていますし、赤松さんもそうされる事に慣れてほしいのです』
松井の言う事を完全に理解できず、香澄は眉を寄せる。
『赤松さんは社長の大切な存在です。私は初期から社長と共にこの会社の成長を見守っていますが、最近の社長は実に公私共に充実して意欲に満ちています。今までもやる気に満ちて会社を大きくしてきましたが、今は赤松さんという守るべき存在を得て、さらに風を切って上昇していくように感じられます』
(そうなんだ……)
佑の〝今まで〟を知らなかった香澄は、ちょっとだけ嬉しくなる。
自分が所謂〝あげまん〟なのかは分からない。
けれど自分がいる事により、佑の調子が出ているのなら恋人冥利に尽きる。
『ですから、今後私たちが大切にしていくのは赤松さんの健康状態とメンタルです』
松井の言いたい事を理解し、香澄は小さく息をつく。
『赤松さんが病気や怪我で倒れていたのなら、仕事に手がつかないでしょう。体に問題がなくても、落ち込んでいても社長は気にされるはずです』
『確かに、その通りです』
佑の同意を得て、松井は頷く。
『私は今までも一人で業務をこなしてきました。勿論、赤松さんがいてくれて、数段楽になりました。赤松さんはとても優秀な秘書として成長しています』
松井に褒められ、香澄は嬉しくなる。
『ですから、いつ休んでも私は大丈夫です、とお伝えしたいのです』
でも……、と香澄は思わず言いかけたが、松井に見つめられ視線を落とす。
『赤松さんのお気持ちはお察しします。〝特別扱いされず、Chief Everyの社長にスカウトされた秘書として働きたい。公私混同していると周りに思われたくない〟』
思っている事そのものを言い当てられ、香澄は頷く。
『諦めてください』
その蟠りをスパッと断ち切られ、香澄はハッとして顔を上げた。
『社長が女性として一目惚れをし、秘書にスカウトして働き始めた、という時点で、赤松さんはもう〝普通の秘書〟ではないのです。世の中には特別扱いをされるべき存在がいます。勿論、周囲と軋轢を生まないよう、振る舞いに気を付ける必要はあります』
コクリ、と香澄は頷く。
『ですが社長秘書室において、室長は私です。赤松さんが仮に迷惑を掛ける相手がいるとしたら、私しかいません。そしてその私がいいと言っているのです』
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松井の言葉が、胸の奥に染みた。
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