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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編
高齢の男性への電話
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数日前。
ブルーメンブラットヴィルの民家の一室で、高齢の男性がスマホを手に顔色を悪くしていた。
『……それは……、どうしても……?』
南ドイツの訛りが混じった言葉で、彼は声を震わせながら相手に問いかける。
何かを依頼、または命令されて渋っている様子だが、相手は男性の微かな抵抗を一蹴したようだった。
男性はしばらく、スマホを耳にあてがったまま放心していた。
『それで……。家族は助かるんですね?』
何かの取り引きを示唆する質問をしたあと、男性は〝答え〟を聞き、目を閉じて天井を仰ぐ。
そして声に出さず祈りの言葉を呟いた。
『……分かりました。どうぞ約束を守ってください』
やがて電話が切れたあと、男性は深く重たい溜め息をついた。
そしてすぐさま入ったメッセージを確認し、写真に写っているターゲットを確認した。
**
翌日、着物の準備があるからと、クラウザー邸に着いたのは十時過ぎだ。
「いらっしゃいませー!」
「お一人様ごあんなーい!」
双子は今日も元気いっぱいで、香澄の腕を両側から支えるとどんどん奥へエスコートする。
「わっ、あ、あ……」
そんな三人の後ろ姿を見て、佑が「クソ」と舌打ちしたことなど、香澄は知らないのである。
つれて行かれたのは、昨日もお邪魔したリビングだ。
「ようこそ、香澄さん」
にこやかに挨拶した節子は、藍色の紗袷を纏っていた。下は草柄で、上の透けている紗の着物は蛍柄だ。
「こんにちは。お招きありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、追いついた佑が節子に問う。
「オーパは?」
「お仕事よ。今日は外せない会議があるんですって」
祖母の答えを聞き、佑は溜め息交じりに双子を睨む。
「……じゃあ、どうしてこいつらは平日昼間からいるんだろうな?」
すると二人は息ぴったりに肩をすくめた。
「僕らは在宅でも仕事ができるからに決まってるだろ?」
「そうそう。こんなおも……客がいるのに、出勤なんてしてられるかって」
クラウスがヒラヒラと手に持ったタブレットをかざしてみせる。
その隣ではアロイスが「仕事してます」アピールなのか、眼鏡のブリッジをクイと上げるジェスチャーをする。
「――お前、いま〝玩具〟って言おうとしただろ」
佑が低い声で言い、双子はケラケラと笑い出す。
「冗談、冗談。タスク、日本にいて冗談通じなくなったんじゃないの?」
「香澄を笑わせることができるなら、日本でも十分通じると思う」
むっつりとして言い返した佑を鼻で笑い、アロイスが香澄の肩を抱き寄せた。
「カスミ、タスクより俺らの方が面白いから、俺らとケッコンしよっか」
「ふぇっ!?」
肩を抱いたまま、アロイスが青い目で見つめてくる。
香澄が青い目の美しさに圧倒され、固まっているところ、佑が奪い返すように抱き寄せる。
「Bleib!(待て)」
「タスク、それ犬用コマンド」
タブレットでニュースを読みながら、クラウスがケタケタと笑う。
「アロイシー、クラウシー、いまはお客様なのよ? 香澄さんに着物を選んでもらうんだから、大人しくしていて頂戴」
だがやんわりと節子に言われ、二人は揃って「Ja!」と笑顔を見せる。
ちなみに今の呼び方はドイツでのあだ名の一種だが、どちらかと言えば「~ちゃん」のように可愛がる対象に向ける呼び方のようだ。
一通り恒例の(?)挨拶が終わると、節子が袖を押さえて上階を示した。
「香澄さん、こっちに来て頂戴。見せたい物があるの。三人は仲良くしていてね」
クラウザー家の女主人にやんわりと言われ、佑は大人しく祖母の言う事を聞くしかできない。
香澄はそのまま節子に伴われ、屋敷の奥に向かって行った。
ブルーメンブラットヴィルの民家の一室で、高齢の男性がスマホを手に顔色を悪くしていた。
『……それは……、どうしても……?』
南ドイツの訛りが混じった言葉で、彼は声を震わせながら相手に問いかける。
何かを依頼、または命令されて渋っている様子だが、相手は男性の微かな抵抗を一蹴したようだった。
男性はしばらく、スマホを耳にあてがったまま放心していた。
『それで……。家族は助かるんですね?』
何かの取り引きを示唆する質問をしたあと、男性は〝答え〟を聞き、目を閉じて天井を仰ぐ。
そして声に出さず祈りの言葉を呟いた。
『……分かりました。どうぞ約束を守ってください』
やがて電話が切れたあと、男性は深く重たい溜め息をついた。
そしてすぐさま入ったメッセージを確認し、写真に写っているターゲットを確認した。
**
翌日、着物の準備があるからと、クラウザー邸に着いたのは十時過ぎだ。
「いらっしゃいませー!」
「お一人様ごあんなーい!」
双子は今日も元気いっぱいで、香澄の腕を両側から支えるとどんどん奥へエスコートする。
「わっ、あ、あ……」
そんな三人の後ろ姿を見て、佑が「クソ」と舌打ちしたことなど、香澄は知らないのである。
つれて行かれたのは、昨日もお邪魔したリビングだ。
「ようこそ、香澄さん」
にこやかに挨拶した節子は、藍色の紗袷を纏っていた。下は草柄で、上の透けている紗の着物は蛍柄だ。
「こんにちは。お招きありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、追いついた佑が節子に問う。
「オーパは?」
「お仕事よ。今日は外せない会議があるんですって」
祖母の答えを聞き、佑は溜め息交じりに双子を睨む。
「……じゃあ、どうしてこいつらは平日昼間からいるんだろうな?」
すると二人は息ぴったりに肩をすくめた。
「僕らは在宅でも仕事ができるからに決まってるだろ?」
「そうそう。こんなおも……客がいるのに、出勤なんてしてられるかって」
クラウスがヒラヒラと手に持ったタブレットをかざしてみせる。
その隣ではアロイスが「仕事してます」アピールなのか、眼鏡のブリッジをクイと上げるジェスチャーをする。
「――お前、いま〝玩具〟って言おうとしただろ」
佑が低い声で言い、双子はケラケラと笑い出す。
「冗談、冗談。タスク、日本にいて冗談通じなくなったんじゃないの?」
「香澄を笑わせることができるなら、日本でも十分通じると思う」
むっつりとして言い返した佑を鼻で笑い、アロイスが香澄の肩を抱き寄せた。
「カスミ、タスクより俺らの方が面白いから、俺らとケッコンしよっか」
「ふぇっ!?」
肩を抱いたまま、アロイスが青い目で見つめてくる。
香澄が青い目の美しさに圧倒され、固まっているところ、佑が奪い返すように抱き寄せる。
「Bleib!(待て)」
「タスク、それ犬用コマンド」
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「アロイシー、クラウシー、いまはお客様なのよ? 香澄さんに着物を選んでもらうんだから、大人しくしていて頂戴」
だがやんわりと節子に言われ、二人は揃って「Ja!」と笑顔を見せる。
ちなみに今の呼び方はドイツでのあだ名の一種だが、どちらかと言えば「~ちゃん」のように可愛がる対象に向ける呼び方のようだ。
一通り恒例の(?)挨拶が終わると、節子が袖を押さえて上階を示した。
「香澄さん、こっちに来て頂戴。見せたい物があるの。三人は仲良くしていてね」
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香澄はそのまま節子に伴われ、屋敷の奥に向かって行った。
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