259 / 1,589
第六部・社内旅行 編
抱える、二つの悩み
しおりを挟む
佑は着替えるためにすぐ部屋に向かってしまった。
このあとバスルームに向かうのはいつもの事で、そのために風呂の準備はすでにされている。
「夏場はシャワーでいいよ」と言うのだが、血行促進などを考えるとちゃんと浴槽に浸かってほしいと思っていた。
そして風呂の準備は本来なら斎藤や島谷がする事なのだが、今は休みをもらっている香澄が「佑さんのために何かしたい」と請け負っていた。
彼が二階に向かったあと、香澄はキッチンにいる斎藤に声を掛ける。
「斎藤さん、何かお手伝いありますか?」
「では、テーブルのセットをお願いします」
とはいえ、ダイニングテーブルにはすでにランチョンマットが敷かれ、箸なども用意されてある。
香澄は夕食のメニューを確認しつつ、取り皿などを用意し始めた。
「……斎藤さん、あの事、宜しくお願いしますね?」
「ええ、分かっています」
御劔邸で働く人たちには、婦人科へ行った事はすでに知られている。
だが斎藤だけには、病院から帰った後にほんの少し話題にしていた。
斎藤は二人それぞれの主張を知った上で、「良い選択だと思いますよ」と頷いてくれた。
やはり、PMSの悩みは女性ならではで、それに共感してもらえるのはありがたい。
佑が色んな事において偏見がなく協力的だといっても、婦人科に関係する事を一から十まで説明して、自分はこうしたい……と伝えるのは少し気が引けた。
パートナーになるなら、恥ずかしがるどころではないかもしれない。
それでも、避妊のために飲みたいと思った動機も半分ほどあるので、そこを打ち明けるのはややデリケートな問題だ。
佑には、気持ちが整ってから少しずつ打ち明けたい。
なのでそれまでは、斎藤に秘密を守ってもらうようお願いしたのだ。
婦人科のことについては自分で話すので大丈夫として、問題はあのメールのことだ。
誰にも言っていない――言えるはずがない、不吉なメールだ。
悪戯や送り間違い……という可能性にも賭けてみたが、可能性は低いだろう。
なにより件名に香澄のフルネームが書かれてあった。
そしてあの本文。
香澄の生死を問う内容は、事故にあった事を示している。
事故に遭ったのに、なぜ生きているのか。
――いや。事故で死ぬはずだったのに、なぜ生きているのか、かもしれない。
食事の支度をしつつ、香澄はぐ……と唇を引き結び恐怖と戦っていた。
胃の奥底に重たい鉛玉でも入れられたようで、本当はあまり食欲がない。
空元気を出しているものの、周りに気を紛らわせる話し相手がいなければ、一人で落ち込んでしまいそうだった。
夕食は冷しゃぶサラダだ。暑い日なので斎藤が気を遣ってくれたのだろう。
副菜は麻婆茄子でごま油の香りが食欲を誘う。その他は南瓜の煮物と大根の味噌汁だ。
「美味しそう」と思い、いつもなら早く食べたいと食いしん坊を発揮しているだろうに、今は何も反応できなかった。
やがて佑が二階から戻り、キッチンで水を飲む。
「今日も美味しそうですね。腹減ってたんです」
「ありがとうございます。準備はもうできましたので、温かいうちにどうぞ」
「斎藤さん、ありがとうございます。香澄、食べよう」
誘われてダイニングにつくものの、いつものような食欲はない。
「美味しそう」とは強く思うのだが、最初の一口に飲んだ味噌汁の味もよく分からなかった。
斎藤はキッチンで洗い物をし、残った料理をタッパーなどに詰めてしまうと、挨拶をして帰っていく。
機械的に箸を動かし、もくもくと口を動かす。
美味しい――はずなのに、やはり味がよく分からない。
佑に何を話しかけられても上辺の返事しかできず、言い出しにくい事を二つ抱えて気持ちが重たい。
やがて食事が終わると佑が食器を片付けてくれた。
食洗機が動いている間、彼はカフェインレスの紅茶を淹れている。
香澄はダイニングチェアに座ったままで、ぼんやりと佑を見ていた。
――と、話しかけられる。
「……今日、何かあったか?」
「……え?」
顔を上げると、キッチンにいる彼は何とも言えない表情ででこちらを見つめている。
「俺は一応、香澄が言い出してくれるまで待つつもりだったんだけど」
「……え、……と」
佑に言わなければいけない事は二つあるが、そのどちらもまだ情報はいっていないはずだった。
このあとバスルームに向かうのはいつもの事で、そのために風呂の準備はすでにされている。
「夏場はシャワーでいいよ」と言うのだが、血行促進などを考えるとちゃんと浴槽に浸かってほしいと思っていた。
そして風呂の準備は本来なら斎藤や島谷がする事なのだが、今は休みをもらっている香澄が「佑さんのために何かしたい」と請け負っていた。
彼が二階に向かったあと、香澄はキッチンにいる斎藤に声を掛ける。
「斎藤さん、何かお手伝いありますか?」
「では、テーブルのセットをお願いします」
とはいえ、ダイニングテーブルにはすでにランチョンマットが敷かれ、箸なども用意されてある。
香澄は夕食のメニューを確認しつつ、取り皿などを用意し始めた。
「……斎藤さん、あの事、宜しくお願いしますね?」
「ええ、分かっています」
御劔邸で働く人たちには、婦人科へ行った事はすでに知られている。
だが斎藤だけには、病院から帰った後にほんの少し話題にしていた。
斎藤は二人それぞれの主張を知った上で、「良い選択だと思いますよ」と頷いてくれた。
やはり、PMSの悩みは女性ならではで、それに共感してもらえるのはありがたい。
佑が色んな事において偏見がなく協力的だといっても、婦人科に関係する事を一から十まで説明して、自分はこうしたい……と伝えるのは少し気が引けた。
パートナーになるなら、恥ずかしがるどころではないかもしれない。
それでも、避妊のために飲みたいと思った動機も半分ほどあるので、そこを打ち明けるのはややデリケートな問題だ。
佑には、気持ちが整ってから少しずつ打ち明けたい。
なのでそれまでは、斎藤に秘密を守ってもらうようお願いしたのだ。
婦人科のことについては自分で話すので大丈夫として、問題はあのメールのことだ。
誰にも言っていない――言えるはずがない、不吉なメールだ。
悪戯や送り間違い……という可能性にも賭けてみたが、可能性は低いだろう。
なにより件名に香澄のフルネームが書かれてあった。
そしてあの本文。
香澄の生死を問う内容は、事故にあった事を示している。
事故に遭ったのに、なぜ生きているのか。
――いや。事故で死ぬはずだったのに、なぜ生きているのか、かもしれない。
食事の支度をしつつ、香澄はぐ……と唇を引き結び恐怖と戦っていた。
胃の奥底に重たい鉛玉でも入れられたようで、本当はあまり食欲がない。
空元気を出しているものの、周りに気を紛らわせる話し相手がいなければ、一人で落ち込んでしまいそうだった。
夕食は冷しゃぶサラダだ。暑い日なので斎藤が気を遣ってくれたのだろう。
副菜は麻婆茄子でごま油の香りが食欲を誘う。その他は南瓜の煮物と大根の味噌汁だ。
「美味しそう」と思い、いつもなら早く食べたいと食いしん坊を発揮しているだろうに、今は何も反応できなかった。
やがて佑が二階から戻り、キッチンで水を飲む。
「今日も美味しそうですね。腹減ってたんです」
「ありがとうございます。準備はもうできましたので、温かいうちにどうぞ」
「斎藤さん、ありがとうございます。香澄、食べよう」
誘われてダイニングにつくものの、いつものような食欲はない。
「美味しそう」とは強く思うのだが、最初の一口に飲んだ味噌汁の味もよく分からなかった。
斎藤はキッチンで洗い物をし、残った料理をタッパーなどに詰めてしまうと、挨拶をして帰っていく。
機械的に箸を動かし、もくもくと口を動かす。
美味しい――はずなのに、やはり味がよく分からない。
佑に何を話しかけられても上辺の返事しかできず、言い出しにくい事を二つ抱えて気持ちが重たい。
やがて食事が終わると佑が食器を片付けてくれた。
食洗機が動いている間、彼はカフェインレスの紅茶を淹れている。
香澄はダイニングチェアに座ったままで、ぼんやりと佑を見ていた。
――と、話しかけられる。
「……今日、何かあったか?」
「……え?」
顔を上げると、キッチンにいる彼は何とも言えない表情ででこちらを見つめている。
「俺は一応、香澄が言い出してくれるまで待つつもりだったんだけど」
「……え、……と」
佑に言わなければいけない事は二つあるが、そのどちらもまだ情報はいっていないはずだった。
53
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる