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第九部・贖罪 編
イイコ
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『そこは随分と、弁護士が脅してくれたようだ。危ない橋を渡っているから、今後はアドラーさんに守ってもらう事になっている。何せ今まで心はどうであれ、メイヤーに従っていたのが、飼い主の手を噛んで宿敵の元に保護された状態だからな』
マティアスが言う通り、彼はこれからメイヤー家から狙われてもおかしくない。
『……身の上の安全は大丈夫なんですか? ……まさか仕返しをされるなんて……ありませんよね?』
香澄の質問に、マティアスは表情を変えずに首を傾げる。
『さあな』
『さあな……って……。あの……、アドラーさん……』
何とかできないのかとアドラーを見ると、彼は首をすくめた。
『香澄さんが望むなら、マティアスの身の上をクラウザー家で引き取り、しばらく空き部屋に住まわせてもいい。私の街は私のものだからな。特に屋敷近辺の警備はしっかりしているつもりだ』
『お願いします……。せっかくマティアスさんとお友達になれそうなのに、何かあったなんて聞きたくありません』
現在の自分の立場が少し優勢なのを利用して、無理にお願いをしているようで申し訳ない。
それでもマティアスの命や健康がかかっているとなれば、誰でもいいから庇護を願いたかった。
『香澄さんの言う通りにしよう。他に望みはないかね?』
アドラーに尋ねられ、香澄はゆるゆると首を振る。
『……エミリアさんの事も、メイヤー家の人々の事も、詳しく分かりません。彼女たちについては、佑さんに任せようと思っています。なので、アドラーさんたちもどうか……、無理はせず……。解決できる事を願っています』
ぺこりと頭を下げると、しみじみとクラウスが溜め息をついた。
『カスミって本当にイイコだよね。あーあ、ホントにタスクがいなかったらな』
『寝言は寝て言え』
佑が底冷えのする目でクラウスを睨む。
目は剣呑なのに口元は「いいだろう」と自慢するように笑うという器用な表情で、香澄を抱き寄せた。
『ホントにさ。どうしてそこまでイイコでいられる訳? 俺の知ってる女の子でも優しい子はいるけど、自分が騙されたとか酷い目に遭ったら、相応にキッチリ怒ってるけど?』
アロイスに尋ねられても、香澄は自分の事をいい子だと思えない。
『私……、いい子なんかじゃないですけど? 父にプリン食べられて普通に怒りますし、友達のコイバナとかも興味本位で聞いちゃいますし。こないだは社内いじめされて、泣いて腐ってやけ飲みしました』
『…………。そんだけ?』
クラウスに尋ねられ、香澄は目を瞬かせる。
『え?』
するとアロイスが〝相応に怒る〟内容を口にしてきた。
『もっとさ、好きな男を親友から寝取ったりとか、タスクと喧嘩したらカードの金を使ってやるとか、気に入らないレストランのコックいびるとか、嫌いな女の悪い噂流すとか』
『しっ、しませんよ! そんな事!』
香澄はどんな悪女だと思われているのかと思い、すっとんきょうな声を上げる。
『寝取りなんていけません。正々堂々告白してダメだったら諦めます。喧嘩しても他人のお金を勝手に使うなんて人の道に反しています。お店の方だって一人の人間ですから、敬意を払うべきです。嫌いな人がいたとしても、自分の身を落とすような真似はしません』
彼の言葉に対する事を口にしてから、香澄は困ったように息をつく。
『私は基本的に、自分の中で〝これ〟と決めた善悪の軸があります。そのルールに則って自分の中で〝悪〟とした事は絶対しないと決めています。それをしてしまえば、誰にも誇る事のできない人間になってしまう気がするので。……裏で悪い事をしているのに、表では好きな人にいい子のふりをしているなんて、絶対に無理です』
クラウスが肩をすくめた。
『前に僕らの周りにいた女の子の大半は、これぐらい空気を吸うようにしてたけどね?』
『…………どういう女性と付き合っていたんですか』
その女性たちを責めるつもりはないが、いまアロイスが例としてあげた行為は、お世辞にも褒められるものではない。
香澄なら、そういう事をしていれば周りから嫌われると思っている。
どんなに美人でも、ひどい事をされたからやり返すのだとしても、越えてはならない一千がある。
『まー、俺たち、そういう子を〝普通〟だと思ってたからねー。中にはイイコもいたんだけどさ、そういう子ってあんまりにも優しすぎて周りから逆に〝あの子バカなんじゃないの?〟って扱いされてたよね。優しくてイイコって、肉食ばっかりの世界で生きづらいんだよ』
そこまで言われると、自分の基準が普通なのか分からなくなってしまう。
マティアスが言う通り、彼はこれからメイヤー家から狙われてもおかしくない。
『……身の上の安全は大丈夫なんですか? ……まさか仕返しをされるなんて……ありませんよね?』
香澄の質問に、マティアスは表情を変えずに首を傾げる。
『さあな』
『さあな……って……。あの……、アドラーさん……』
何とかできないのかとアドラーを見ると、彼は首をすくめた。
『香澄さんが望むなら、マティアスの身の上をクラウザー家で引き取り、しばらく空き部屋に住まわせてもいい。私の街は私のものだからな。特に屋敷近辺の警備はしっかりしているつもりだ』
『お願いします……。せっかくマティアスさんとお友達になれそうなのに、何かあったなんて聞きたくありません』
現在の自分の立場が少し優勢なのを利用して、無理にお願いをしているようで申し訳ない。
それでもマティアスの命や健康がかかっているとなれば、誰でもいいから庇護を願いたかった。
『香澄さんの言う通りにしよう。他に望みはないかね?』
アドラーに尋ねられ、香澄はゆるゆると首を振る。
『……エミリアさんの事も、メイヤー家の人々の事も、詳しく分かりません。彼女たちについては、佑さんに任せようと思っています。なので、アドラーさんたちもどうか……、無理はせず……。解決できる事を願っています』
ぺこりと頭を下げると、しみじみとクラウスが溜め息をついた。
『カスミって本当にイイコだよね。あーあ、ホントにタスクがいなかったらな』
『寝言は寝て言え』
佑が底冷えのする目でクラウスを睨む。
目は剣呑なのに口元は「いいだろう」と自慢するように笑うという器用な表情で、香澄を抱き寄せた。
『ホントにさ。どうしてそこまでイイコでいられる訳? 俺の知ってる女の子でも優しい子はいるけど、自分が騙されたとか酷い目に遭ったら、相応にキッチリ怒ってるけど?』
アロイスに尋ねられても、香澄は自分の事をいい子だと思えない。
『私……、いい子なんかじゃないですけど? 父にプリン食べられて普通に怒りますし、友達のコイバナとかも興味本位で聞いちゃいますし。こないだは社内いじめされて、泣いて腐ってやけ飲みしました』
『…………。そんだけ?』
クラウスに尋ねられ、香澄は目を瞬かせる。
『え?』
するとアロイスが〝相応に怒る〟内容を口にしてきた。
『もっとさ、好きな男を親友から寝取ったりとか、タスクと喧嘩したらカードの金を使ってやるとか、気に入らないレストランのコックいびるとか、嫌いな女の悪い噂流すとか』
『しっ、しませんよ! そんな事!』
香澄はどんな悪女だと思われているのかと思い、すっとんきょうな声を上げる。
『寝取りなんていけません。正々堂々告白してダメだったら諦めます。喧嘩しても他人のお金を勝手に使うなんて人の道に反しています。お店の方だって一人の人間ですから、敬意を払うべきです。嫌いな人がいたとしても、自分の身を落とすような真似はしません』
彼の言葉に対する事を口にしてから、香澄は困ったように息をつく。
『私は基本的に、自分の中で〝これ〟と決めた善悪の軸があります。そのルールに則って自分の中で〝悪〟とした事は絶対しないと決めています。それをしてしまえば、誰にも誇る事のできない人間になってしまう気がするので。……裏で悪い事をしているのに、表では好きな人にいい子のふりをしているなんて、絶対に無理です』
クラウスが肩をすくめた。
『前に僕らの周りにいた女の子の大半は、これぐらい空気を吸うようにしてたけどね?』
『…………どういう女性と付き合っていたんですか』
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香澄なら、そういう事をしていれば周りから嫌われると思っている。
どんなに美人でも、ひどい事をされたからやり返すのだとしても、越えてはならない一千がある。
『まー、俺たち、そういう子を〝普通〟だと思ってたからねー。中にはイイコもいたんだけどさ、そういう子ってあんまりにも優しすぎて周りから逆に〝あの子バカなんじゃないの?〟って扱いされてたよね。優しくてイイコって、肉食ばっかりの世界で生きづらいんだよ』
そこまで言われると、自分の基準が普通なのか分からなくなってしまう。
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