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第十部・ニセコ 編
休暇の意味
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「香澄ちゃんはもともと『気晴らしのために労働をしたいだけだから、給料はいらない』と言っていた。未払いにするつもりはないけど、僕も何から何まで従業員と同じに扱うつもりはなかったんだ。兄貴からも『思い詰めているようだから』と言われていたし、仕事の手伝いをするからって、本業と同じぐらい全力投球じゃなくていいんだよ」
怒られずにホッとしてしまった反面、きちんと役に立てない自分を「情けない」と思ってしまった。
「英語とドイツ語は強いです」など言っておきながら、この体たらくだ。
そんな香澄の肩を秋成はポンポンと叩いて、父に似た顔で笑う。
「そんなに思い詰めるんじゃない。香澄ちゃんはここに働きにきた訳じゃないだろ? 本来なら東京に立派な勤務先があるんだから。自分が何をしに北海道に戻ってきたのか、見誤ってはいけないよ」
言われて、ハッとした。
「物事には優先順位がある。休暇を取ったのなら、身も心も休んで英気を養うのを一番の目的にすべきだ。休暇でも仕事をしていたなら、それは休暇ではない。確かに手伝ってほしいとは言ったけど、もともといたスタッフだけで回っていたんだから、君が張り切りすぎる必要はないんだ」
もっともな事を言われ、香澄は頷く。
「香澄ちゃんは真面目すぎる。ここに遊びに来たお客様は、そりゃあ休暇の取り方が上手だよ。仕事なんか忘れて全身全霊で遊んでる。少しは彼らを見習ってみなさい。香澄ちゃんは良くも悪くも、日本人的すぎる」
「……ありがとう、ございます」
ここに麻衣がいても、同じ事を言われていたかもしれないと思った。
香澄はどこででも肩に力が入り、全力で取り組もうとする癖がある。
東京を離れて自然の中で頭を空っぽにしようと思ったのに、「一人でも仕事を見つけて自立できる女だと証明したい」という思いに囚われ、結局は必死に働き、人間関係に疲れていた。
麻衣が目の前にいたら、心の底から「バカだねぇ……」と言われていそうだ。
「気分転換をするって、難しいですね」
苦笑いをすると、秋成はルカに話しかけた。
『ルカさん、香澄をアシスタントにしませんか? 彼女は一通りの家事ができます。寝る時はこのペンションに戻してください。彼女は東京の会社を休んで、休暇でここに来ています。休み方を知らないので、もしルカさんの話し相手になるならお願いします』
ぎこちない英語だったが、ルカは理解すると『勿論!』とニッコリ笑って秋成の背中を叩いた。
『カスミはそれでいい?』
『え? あ、はい! でもペンションの仕事もしっかりやります!』
それでも真面目に働こうとする香澄を見て秋成が苦笑いし、ルカに向かって『こんな感じなので、宜しくお願いします』と頭を下げた。
彼らはロビーで雑談を続けていたので、その間に香澄は聡子に事情を話しにいく。
すると彼女はパッと笑顔になった。
「あら、いいじゃない。あの人が言うとおり、香澄ちゃんは働きに来たんじゃなくて、気分転換をしに来たんだから。ルカさんの手伝いをする方が気が楽なら、私もそうした方がいいと思う」
「えっ? 気が楽とか……そんなんじゃ」
ペンションの仕事を嫌だと思った事はないのに、と目を瞬かせると、聡子が声を潜めた。
「和也くんとギクシャクしてるでしょう? 秋山くんも心配してた。何があったか分からないし、誰も詳しい事は言わないけど、香澄ちゃんがそれとなく和也くんを避けてるのは分かるのよ?」
――やってしまった。
なるべく気取られないように……と思っていたのに。
香澄は内心頭を抱え、先ほどの真奈美の視線の理由を完全に理解した。
バレていないと思ったのは自分だけで、他の人はとっくに気付いているのだ。
「リフレッシュ先でも悩んでいたら、御劔さんの事をじっくり考えられないでしょう? だからペンションはいいから、余計な心配はしないでゆっくり考えなさい」
「……はい」
聡子にポンポンと肩を叩かれたあと、香澄はロビーに戻ろうとする。
その途中に、真奈美が立っていた。
申し訳ない目で彼女を見ると、きつい目で睨む彼女が小さな声で言ってくる。
「婚約者がいるって言ったのに、和也さんと何かあったんですか?」
「何もなかった」と言えず、香澄は言葉を詰まらせる。
「私と和也さんを応援するって言ったのに。婚約者がいるから興味ないっていうフリをして、私の好きな人を奪って楽しんでたんですか?」
「っ違う……」
何か言おうとしても、すべて言い訳にしかならない。
苦しげに顔を歪ませる香澄を、真奈美は憎々しげに睨んだ。
「協力するって見せかけて、私の事を嗤ってたんだ……っ」
小さな声で言い捨てて、真奈美は外へ行ってしまった。
怒られずにホッとしてしまった反面、きちんと役に立てない自分を「情けない」と思ってしまった。
「英語とドイツ語は強いです」など言っておきながら、この体たらくだ。
そんな香澄の肩を秋成はポンポンと叩いて、父に似た顔で笑う。
「そんなに思い詰めるんじゃない。香澄ちゃんはここに働きにきた訳じゃないだろ? 本来なら東京に立派な勤務先があるんだから。自分が何をしに北海道に戻ってきたのか、見誤ってはいけないよ」
言われて、ハッとした。
「物事には優先順位がある。休暇を取ったのなら、身も心も休んで英気を養うのを一番の目的にすべきだ。休暇でも仕事をしていたなら、それは休暇ではない。確かに手伝ってほしいとは言ったけど、もともといたスタッフだけで回っていたんだから、君が張り切りすぎる必要はないんだ」
もっともな事を言われ、香澄は頷く。
「香澄ちゃんは真面目すぎる。ここに遊びに来たお客様は、そりゃあ休暇の取り方が上手だよ。仕事なんか忘れて全身全霊で遊んでる。少しは彼らを見習ってみなさい。香澄ちゃんは良くも悪くも、日本人的すぎる」
「……ありがとう、ございます」
ここに麻衣がいても、同じ事を言われていたかもしれないと思った。
香澄はどこででも肩に力が入り、全力で取り組もうとする癖がある。
東京を離れて自然の中で頭を空っぽにしようと思ったのに、「一人でも仕事を見つけて自立できる女だと証明したい」という思いに囚われ、結局は必死に働き、人間関係に疲れていた。
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「気分転換をするって、難しいですね」
苦笑いをすると、秋成はルカに話しかけた。
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ぎこちない英語だったが、ルカは理解すると『勿論!』とニッコリ笑って秋成の背中を叩いた。
『カスミはそれでいい?』
『え? あ、はい! でもペンションの仕事もしっかりやります!』
それでも真面目に働こうとする香澄を見て秋成が苦笑いし、ルカに向かって『こんな感じなので、宜しくお願いします』と頭を下げた。
彼らはロビーで雑談を続けていたので、その間に香澄は聡子に事情を話しにいく。
すると彼女はパッと笑顔になった。
「あら、いいじゃない。あの人が言うとおり、香澄ちゃんは働きに来たんじゃなくて、気分転換をしに来たんだから。ルカさんの手伝いをする方が気が楽なら、私もそうした方がいいと思う」
「えっ? 気が楽とか……そんなんじゃ」
ペンションの仕事を嫌だと思った事はないのに、と目を瞬かせると、聡子が声を潜めた。
「和也くんとギクシャクしてるでしょう? 秋山くんも心配してた。何があったか分からないし、誰も詳しい事は言わないけど、香澄ちゃんがそれとなく和也くんを避けてるのは分かるのよ?」
――やってしまった。
なるべく気取られないように……と思っていたのに。
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「……はい」
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「何もなかった」と言えず、香澄は言葉を詰まらせる。
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「っ違う……」
何か言おうとしても、すべて言い訳にしかならない。
苦しげに顔を歪ませる香澄を、真奈美は憎々しげに睨んだ。
「協力するって見せかけて、私の事を嗤ってたんだ……っ」
小さな声で言い捨てて、真奈美は外へ行ってしまった。
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