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第二十二部・岐路 編
あの子がいたから俺たちは変わった
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「ああ、好きだよ。大好きだよ。あの子がいたから俺たちは変わった。適当な生き方をやめ、彼女の犠牲に敬意を払って価値観を変えた。今はやり直しの人生を歩んで、女性を真剣に愛そうとしている」
アロイスはまくしたて、怒りとも悲しみともつかない感情で顔を歪める。
「~~~~っ、お前、どうしたんだよ。頭ぶつけたからって、カスミを忘れるとかないだろ? お前がどんだけあの子を愛していたか、カスミがどれだけいい子で、タスクのために色んなものを犠牲にしてきたか……っ」
そこまで言い、アロイスは青い目に涙を浮かべる。
瞬きをすると透明な雫が頬を伝い、彼は乱暴に手で目元を拭う。
さすがに佑も、あのアロイスが泣くと思わず、呆然としている。
「……泣くなよ」
宥めるように言われ、アロイスは後ろを向くとしばらくの間、高ぶった感情を落ち着かせていた。
それから彼は窓際まで行くと外の景色を眺め、ソファに座ると続きを話した。
「お前がカスミと結婚するって言い出した時、俺たちは驚いたし信じなかった。タンテやミオだって『また悪い虫がついたのか』と言ってたし、俺たちも同じ気持ちだった。試してやろうと思ってカスミをからかい、意地悪もしたけど、……彼女はどこまでも純粋な女性だった。……本当にいい子だよ」
ソファに腰かけたアロイスは、視線を落として続ける。
「クソ女がどんなに酷い事をしても、俺たちがカスミを利用しても、……彼女はすべてを許した。今時、信じられないぐらいピュアな子なんだ。人を憎んだり罰を与えるぐらいなら、自分が我慢したほうがいいと思ってる」
佑は悲しげな顔をしているアロイスに尋ねる。
「事件現場にはエミリアもいたそうだが、彼女はどんな理由で俺に恨みを?」
尋ねたが、アロイスは首を左右に振っただけだ。
「……自分で思いだしなよ。俺らにも関わりがあるけど、忌まわしくて口にしたくない。言っておくけど、オーパやオーマにも、タンテや兄弟にも、あの女の事は軽々しく尋ねるな。それぐらいセンシティブな事なんだ。カスミの尊厳が奪われ、何もかもが破壊されかけた。……皆、彼女の犠牲に深い罪悪感を抱いてる。滅多に口にしていい話題じゃないんだ」
「……分かった」
ここまで言うなら、相当な事なのだろう。
「そのうち警察がきて、犯人がなぜこんな事をしたのか知ると思う。何を言われても分からないかもしれないけど、お前とカスミの命が狙われた事は肝に銘じておけよ」
「……ああ」
話しているうちにまた頭痛が襲ってきて、佑は鎮痛剤を何時に飲んだのか思いだそうとする。
佑の具合が思わしくないと察したアロイスは、ソファから立ち上がり、ゆっくり歩きながら言った。
「頼むから、あの子をぞんざいに扱わないでくれ。記憶にない赤の他人の事を、周りが婚約者だの秘書だの言って奇妙に感じているのは分かる。でも、あの子はお前と結婚する覚悟した。お前に捨てられたら職も住まいもなくして、実家に戻るしかなくなるんだ」
「……それは分かってる」
押し殺したように言った佑を、アロイスは疑うように見る。
「お前はカスミを愛して、人が変わったように愛情深くなった。逆を言えば、カスミと出会う前のお前はそこそこクズだった。……俺が言う事じゃないけどね。……クズの判断をするなよ?」
先ほどまで考えていた事を言い当てられた気がして、佑の胸がドキリと鳴る。
「……分かった。一人の人生を預かっていると肝に銘じておく」
返事をしたあともアロイスは少しの間、疑い深そうに佑を見ていた。
「……本当に頼むよ」
最後にそう言って、アロイスは部屋を出ていった。
佑はその後ろ姿を見送り、溜め息をつく。
子供の頃から知っているトラブルメーカーが、まるで知らない男になったように思えた。
**
「もう大丈夫? 落ち着いた?」
クラウスに尋ねられ、香澄は頷く。
「すみません、取り乱してしまって……」
病室のソファに座った香澄は涙を拭って微笑み、背もたれに体を預けると諦念の表情で溜め息をついた。
「……本当に覚えていないんですね。……ある程度の覚悟はしていたんですが、やっぱりズシッときますね」
自嘲するように言ったあと、彼女はしばらく黙っていたが、顔を上げてクラウスに微笑みかけた。
「でも諦めません。死んだ訳じゃないんです。また一から関係を築けば、きっと何とかなります」
顔を上げて微笑んだ彼女は、凜と咲く一輪の花のようだ。
けれどその茎はとても細く、風が吹けば花弁を散らせてしまいそうな儚さがある。
香澄が努めて気丈に振る舞っていると知ったクラウスは、切なげに笑ってから溜め息をついた。
アロイスはまくしたて、怒りとも悲しみともつかない感情で顔を歪める。
「~~~~っ、お前、どうしたんだよ。頭ぶつけたからって、カスミを忘れるとかないだろ? お前がどんだけあの子を愛していたか、カスミがどれだけいい子で、タスクのために色んなものを犠牲にしてきたか……っ」
そこまで言い、アロイスは青い目に涙を浮かべる。
瞬きをすると透明な雫が頬を伝い、彼は乱暴に手で目元を拭う。
さすがに佑も、あのアロイスが泣くと思わず、呆然としている。
「……泣くなよ」
宥めるように言われ、アロイスは後ろを向くとしばらくの間、高ぶった感情を落ち着かせていた。
それから彼は窓際まで行くと外の景色を眺め、ソファに座ると続きを話した。
「お前がカスミと結婚するって言い出した時、俺たちは驚いたし信じなかった。タンテやミオだって『また悪い虫がついたのか』と言ってたし、俺たちも同じ気持ちだった。試してやろうと思ってカスミをからかい、意地悪もしたけど、……彼女はどこまでも純粋な女性だった。……本当にいい子だよ」
ソファに腰かけたアロイスは、視線を落として続ける。
「クソ女がどんなに酷い事をしても、俺たちがカスミを利用しても、……彼女はすべてを許した。今時、信じられないぐらいピュアな子なんだ。人を憎んだり罰を与えるぐらいなら、自分が我慢したほうがいいと思ってる」
佑は悲しげな顔をしているアロイスに尋ねる。
「事件現場にはエミリアもいたそうだが、彼女はどんな理由で俺に恨みを?」
尋ねたが、アロイスは首を左右に振っただけだ。
「……自分で思いだしなよ。俺らにも関わりがあるけど、忌まわしくて口にしたくない。言っておくけど、オーパやオーマにも、タンテや兄弟にも、あの女の事は軽々しく尋ねるな。それぐらいセンシティブな事なんだ。カスミの尊厳が奪われ、何もかもが破壊されかけた。……皆、彼女の犠牲に深い罪悪感を抱いてる。滅多に口にしていい話題じゃないんだ」
「……分かった」
ここまで言うなら、相当な事なのだろう。
「そのうち警察がきて、犯人がなぜこんな事をしたのか知ると思う。何を言われても分からないかもしれないけど、お前とカスミの命が狙われた事は肝に銘じておけよ」
「……ああ」
話しているうちにまた頭痛が襲ってきて、佑は鎮痛剤を何時に飲んだのか思いだそうとする。
佑の具合が思わしくないと察したアロイスは、ソファから立ち上がり、ゆっくり歩きながら言った。
「頼むから、あの子をぞんざいに扱わないでくれ。記憶にない赤の他人の事を、周りが婚約者だの秘書だの言って奇妙に感じているのは分かる。でも、あの子はお前と結婚する覚悟した。お前に捨てられたら職も住まいもなくして、実家に戻るしかなくなるんだ」
「……それは分かってる」
押し殺したように言った佑を、アロイスは疑うように見る。
「お前はカスミを愛して、人が変わったように愛情深くなった。逆を言えば、カスミと出会う前のお前はそこそこクズだった。……俺が言う事じゃないけどね。……クズの判断をするなよ?」
先ほどまで考えていた事を言い当てられた気がして、佑の胸がドキリと鳴る。
「……分かった。一人の人生を預かっていると肝に銘じておく」
返事をしたあともアロイスは少しの間、疑い深そうに佑を見ていた。
「……本当に頼むよ」
最後にそう言って、アロイスは部屋を出ていった。
佑はその後ろ姿を見送り、溜め息をつく。
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「すみません、取り乱してしまって……」
病室のソファに座った香澄は涙を拭って微笑み、背もたれに体を預けると諦念の表情で溜め息をついた。
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「でも諦めません。死んだ訳じゃないんです。また一から関係を築けば、きっと何とかなります」
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けれどその茎はとても細く、風が吹けば花弁を散らせてしまいそうな儚さがある。
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