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第二十二部・岐路 編
目の前の事を一つずつこなすしかないんです
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斎藤は静かに立ちあがり、テーブルを回り込んで香澄の前に立つ。
そして彼女を優しく抱き締め、ポンポンと背中を叩いてきた。
「香澄さんはどうしたいですか?」
尋ねられ、香澄は手で目元を拭って考える。
「……必要とされる限り、側にいて支えたいです」
「なら、今はそれを第一に考えましょう。まだ起こっていない事を不安視しても、思考の無駄になりますから」
「……そうですね」
第三者の冷静なアドバイスを聞き、高ぶっていた気持ちが少し落ち着く。
「私もレストランに勤めていた時は、お店によって不安になりましたね」
話題が変わり、香澄は目を瞬かせる。
斎藤は床に膝をつき、笑いかけてきた。
「星付きレストランで修業をした時は、お金のある方々や、記念日などに利用される方が主な客層で、最高の一皿、コースを提供していました。ですがどんなに味が良くても、ギャルソンの受け答え一つや、お客様との行き違いでグルメサイトで低評価をつけられてしまいます」
「あぁ……、ありますよね。そういうの。私も飲食店に勤めていたので分かります」
話題が変わって思考を巡らすと、気持ちが落ち着いていく。
「カリスマシェフの人気や伝統はあるので、そういう事があってもやれていました。料理人同士のライバル心とか、ギスギスした雰囲気はありましたけどね」
斎藤は悪戯っぽく笑い、ウインクする。
「高級店とは別に、カジュアルな店でも修行をしました。そこではオーナーシェフの経営手段や、お客様とのやり取りも込みで勉強になりましたね。誰に向けて料理を作るのか、何を売りにしていけばいいのか。お客様のために価格は抑えたいけど、店を長続きさせるために安売りはできない。イベント時のアイデアにも悩みました。他にも仕入れ先との交渉、ホールスタッフとの兼ね合い……諸々」
共感できる事ばかりで、香澄は何度も頷いた。
「考えたらキリがありません。不安材料なんて沢山あります。少しでも世界情勢が不安になれば、輸入や燃料価格に関係する事など、芋づる式に悩みの種が増えていきますしね。SNSを見れば他のお店の宣伝や、来店したお客様の投稿もあり、『うちの店は……』と嫉妬してしまう時もあります」
「はい」
チェーン店同士でも、○○店に売り上げが負けていると本社から言われるので、火花を散らすところは散らしている。
個人の店となれば生計に直接関わってくるので、もっと切羽詰まっているだろう。
「……でもね、目の前の事を一つずつこなすしかないんです」
斎藤は香澄を見上げ、彼女の両手をキュッと握ってきた。
「美味しい料理を作れるように腕を磨いて、情報のアンテナを張る。そして今日来てくださったお客様に笑顔で接し、感謝する。お皿もカトラリーもピカピカにして、テーブルも照明もきちんと拭いて、清潔で感じのいいお店にしておく。そうすれば常連さんは来てくれますし、気に入ってくださった方はSNSで拡散してくれます。店が一生懸命SNSで発信しても、見ない人は見ないですからね」
「確かにそう思います」
斎藤の言葉を聞いていると、徐々に前向きな気持ちになっていった。
「香澄さんもまず自分を整えましょう。しっかり食べて寝て、健康な体を作るんです。寝不足で空腹な状態で、ろくな事なんて考えられませんから」
「はい」
「気分転換に散歩に行ったり、体調が整ったら以前のように走るのも、ショウコさんにトレーニングをお願いするのもいいですね。汗を流したらスッキリすると思います」
「はい、そうします」
「御劔さんや、松井さん、河野さんと相談して仕事に復帰するスケジュールも立てましょう。やる事がなくて自宅でボーッとしていると、自分が社会から切り離されたように感じてしまいますから。つらくても、働いて気を紛らわせたほうがいい時ってあるんです」
「はい」
優しく、けれど理路整然と説明され、香澄の心が整頓されていく。
「あとは岩本さんに電話をするとか、会社の方と女子会するとか、何でしたら私や島谷さんもお付き合いします。沢山お喋りして、カラオケで大きな声を出しましょう。香澄さんは大きな声を出さないので、ストレスを自分の内側に溜めてしまうでしょう? 思っている事を口にするだけでも、大分違いますから」
「確かに、それはあるかもしれません」
香澄は思わず笑う。
「どん底になった時、一発逆転で勝てる方法はありません。まず自分の調子を整えて、思考が不健康にならないよう気をつけましょう。傷付いた時は信頼できる人に沢山愚痴を言って、落ち着いたらやれる事をやっていくんです」
「……はい! ありがとうございます」
香澄は斎藤に例を言い、クシャッと笑った。
そして彼女を優しく抱き締め、ポンポンと背中を叩いてきた。
「香澄さんはどうしたいですか?」
尋ねられ、香澄は手で目元を拭って考える。
「……必要とされる限り、側にいて支えたいです」
「なら、今はそれを第一に考えましょう。まだ起こっていない事を不安視しても、思考の無駄になりますから」
「……そうですね」
第三者の冷静なアドバイスを聞き、高ぶっていた気持ちが少し落ち着く。
「私もレストランに勤めていた時は、お店によって不安になりましたね」
話題が変わり、香澄は目を瞬かせる。
斎藤は床に膝をつき、笑いかけてきた。
「星付きレストランで修業をした時は、お金のある方々や、記念日などに利用される方が主な客層で、最高の一皿、コースを提供していました。ですがどんなに味が良くても、ギャルソンの受け答え一つや、お客様との行き違いでグルメサイトで低評価をつけられてしまいます」
「あぁ……、ありますよね。そういうの。私も飲食店に勤めていたので分かります」
話題が変わって思考を巡らすと、気持ちが落ち着いていく。
「カリスマシェフの人気や伝統はあるので、そういう事があってもやれていました。料理人同士のライバル心とか、ギスギスした雰囲気はありましたけどね」
斎藤は悪戯っぽく笑い、ウインクする。
「高級店とは別に、カジュアルな店でも修行をしました。そこではオーナーシェフの経営手段や、お客様とのやり取りも込みで勉強になりましたね。誰に向けて料理を作るのか、何を売りにしていけばいいのか。お客様のために価格は抑えたいけど、店を長続きさせるために安売りはできない。イベント時のアイデアにも悩みました。他にも仕入れ先との交渉、ホールスタッフとの兼ね合い……諸々」
共感できる事ばかりで、香澄は何度も頷いた。
「考えたらキリがありません。不安材料なんて沢山あります。少しでも世界情勢が不安になれば、輸入や燃料価格に関係する事など、芋づる式に悩みの種が増えていきますしね。SNSを見れば他のお店の宣伝や、来店したお客様の投稿もあり、『うちの店は……』と嫉妬してしまう時もあります」
「はい」
チェーン店同士でも、○○店に売り上げが負けていると本社から言われるので、火花を散らすところは散らしている。
個人の店となれば生計に直接関わってくるので、もっと切羽詰まっているだろう。
「……でもね、目の前の事を一つずつこなすしかないんです」
斎藤は香澄を見上げ、彼女の両手をキュッと握ってきた。
「美味しい料理を作れるように腕を磨いて、情報のアンテナを張る。そして今日来てくださったお客様に笑顔で接し、感謝する。お皿もカトラリーもピカピカにして、テーブルも照明もきちんと拭いて、清潔で感じのいいお店にしておく。そうすれば常連さんは来てくれますし、気に入ってくださった方はSNSで拡散してくれます。店が一生懸命SNSで発信しても、見ない人は見ないですからね」
「確かにそう思います」
斎藤の言葉を聞いていると、徐々に前向きな気持ちになっていった。
「香澄さんもまず自分を整えましょう。しっかり食べて寝て、健康な体を作るんです。寝不足で空腹な状態で、ろくな事なんて考えられませんから」
「はい」
「気分転換に散歩に行ったり、体調が整ったら以前のように走るのも、ショウコさんにトレーニングをお願いするのもいいですね。汗を流したらスッキリすると思います」
「はい、そうします」
「御劔さんや、松井さん、河野さんと相談して仕事に復帰するスケジュールも立てましょう。やる事がなくて自宅でボーッとしていると、自分が社会から切り離されたように感じてしまいますから。つらくても、働いて気を紛らわせたほうがいい時ってあるんです」
「はい」
優しく、けれど理路整然と説明され、香澄の心が整頓されていく。
「あとは岩本さんに電話をするとか、会社の方と女子会するとか、何でしたら私や島谷さんもお付き合いします。沢山お喋りして、カラオケで大きな声を出しましょう。香澄さんは大きな声を出さないので、ストレスを自分の内側に溜めてしまうでしょう? 思っている事を口にするだけでも、大分違いますから」
「確かに、それはあるかもしれません」
香澄は思わず笑う。
「どん底になった時、一発逆転で勝てる方法はありません。まず自分の調子を整えて、思考が不健康にならないよう気をつけましょう。傷付いた時は信頼できる人に沢山愚痴を言って、落ち着いたらやれる事をやっていくんです」
「……はい! ありがとうございます」
香澄は斎藤に例を言い、クシャッと笑った。
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