【R-18】魔王の生贄に選ばれましたが、思いのほか溺愛されました

臣桜

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まるで夜逃げみたい

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「……私、知らない場所に来て少し感覚が狂っていたのかもしれません。やっぱり私のような平凡な小娘は……、平凡に生きたほうがいいのだと思います。身の丈に合った生き方をして、身の丈に合った……」

「そこまでご自分を卑下されずともようございます。……私もうかつなことを口にしてしまいました」

 相変わらず表情を変えず言うイグニスさんに、私は決意を秘めて伝えた。

「イグニスさん。どうか私を村に帰して下さい。エデンには……きっともっとお似合いの人がいます」

「……いいのですか?」

「ええ。目が覚めました」

 嘘だ。私の意識はショックで混濁していて、まともな判断が下せなくなっている。

 けれど今は――、ここから逃げ出したい。私の頭の中はそれ一色だった。

「……馬車の用意をして参ります」

 余計なことを言わない彼はそれだけを言うと、少し離れた場所にある厩へ行く。

 しばらくしてから車輪に火をまとわせた黒い馬車が私の前へ現れた。

「お乗りください。エデンさまへのご伝言は、馬車の中に筆記具を用意してあります」

 目を赤くさせた私は、イグニスさんの手を借りて馬車に乗り込んだ。

 テーブルの引き出しに綺麗な便箋と封筒、ペンがあったので、まずはまたハンカチを借りて涙を拭う。

 そのあいだにも、馬車は静かに動き出して夜空を飛んでいた。

「……まるで夜逃げみたい」

 村からここへ来るときも夜で、この城から出るときも夜で。

 私の存在そのものが、お日さまの下にいてはいけないのだと言われているような気持ちだった。

「ごめんなさい。……エデン」

 彼が立派な魔王になるのを応援しようとしたのに、私は自分が憐れで逃げ出した。

 どこをどうしたら自分に自信を持って彼に向き合えるのかも分からず、私はただ白い便箋にエデンへのいい訳をつらねていた。



**



 ずいぶんと長い手紙を折りたたんで封筒に入れ、ボーッと外を眺めているうちに車窓の景色は見覚えのあるものになった。

 やがて私がかつてこの足で歩きまわった場所になったと思うと、馬車は降下しだした。

 真夜中なので村の家々には明かりはほとんど灯っておらず、外灯の温かな光がポツンポツンとあるだけだ。

 もちろん誰も外を歩いていないけれど、私はよく知った道の形を目にしただけで、安堵で泣きだしてしまった。

 馬車は村のはずれに音もなく着地し、ドアが開く。

「どうぞ、ご自身の道を歩んで下さい」

「短いあいだでしたが、どうもありがとうございました。馬車の中にエデンへの手紙があるので、どうぞよろしくお願いします」

 結婚指輪は封筒の中に入れておいた。これできっと、私とあの人を繋ぐものもなくなってしまうのだろう。

「私、お城で知ったことで、人に言ってはいけない余計なことは、決して言いませんから」

「承知いたしました」

 私がそう言うと、イグニスさんは初めてほんの少し表情を緩めた。

 きっとこの人は、エデンに忠誠を誓ったまじめな人なんだな、と直感で分かるような顔だ。

「アメリアさま、この護符をお持ちください。しばらくの間あなたさまの存在を、エデンさまの感知能力から守ってくれます。

 私が作ったものですからエデンさまの魔力よりは弱いですが、ないよりはいいでしょう。この村で近親者に挨拶をされたあと、早いうちにこの村を離れることをお勧めいたします」

「……はい、色々とありがとうございます」

 エデンから離れ、村から離れた私はどうなってしまうんだろう。

 まずは村長にあいさつをして、シスターサマンサと神学校に行く話とかをしたらいいんだろうか。

 受け取った護符はペンダント型の物で、銀色のシンプルな護符を私は首にさげた。

「それじゃあ……」

 ペコリと小さく頭をさげて歩きだし、しばらく歩いてから後ろをふり向くと、イグニスさんはまだ馬車の前で見送ってくれていた。

 もう一度私が頭を下げると、彼は遠くから礼を返してくれた。

「まずは……、シスターに会いに行きたいけれど、村長に報告をしないと」

 夜風がゆるく私の赤毛を揺らし、よく知った村の匂いがする。

 はずれの方には家畜小屋や柵に囲われた牧場、小麦や野菜を作る土地が開けている。

 静まり返った小道をずっと歩いていってからまたふり向くと、遠い空の上に赤い火があるような気がした。

 民家が並ぶ場所まで歩いて少し大きな村長の家までつくと、もう遅い時間だなと申し訳なく思いながら、控えめにノッカーを鳴らす。
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