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西の魔王
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背後からせまってくる暴徒に怯え、起き上がろうとした時だった――。
ドォォン!
轟雷が目の前に落ちて私はあらんばかりの声で悲鳴を上げ、目を焼くような光の向こうで村人たちの悲鳴も聞こえる。
雷が落ちるのと同時に、胸元でイグニスさんからもらった護符がパンッと弾けた。
「なん……なの……」
ビリビリする耳を押さえ、光が収まったあとを見ると、そこには人ならざるシルエットが立っていた。
「きゃああああ!」
また誰かの悲鳴が聞こえる。
私に背を向けているのは――、長身に黒い髪。背中からは悪魔の羽。お尻のあたりからは尻尾がはえて、その先端には黒い炎が灯っていた。
「悪魔だーっ!」
やめて。この人にそんなひどい言葉を投げつけないで。
見慣れない姿をしているのに、私はそのうしろ姿を見て涙があふれるのを抑えられなかった。
上空の黒い雲はさっきの雷で裂かれたように割れ、そのあいだから満月の光が降り注ぐ。
青白い光に照らされて一瞬心配そうにこちらをふり向いたのは――、エデンだった。
「あ……」
「ごめんなさい」と言おうとして、恐怖で乾いた唇からはなにも言葉が出なかった。
代わりに聞こえてくるのは、村人たちのヒステリックな悲鳴。
逃げてゆく人たちもいたし、農具を振りかざして牽制している人たちもいる。そんな彼らに、エデンは静かな声で告げた。
「自分たちのの保身のために生贄としてさし出した娘を、送り出すときは聖女のように扱い、無事に戻ればこれか。――愚かな。それほど呪いがほしければ……くれてやってもいいんだぞ」
恐ろしいまでに低い声に誰もが声を失い、身をこわばらせる。
彼のことを一番知っているはずの私ですら、恐ろしくて腰のあたりから力が抜けてしまいそうになったほどだ。
「アメリアに……血を流させたのは誰だ」
エデンがそう言って一歩踏み出すと、彼の右手にボッと黒い炎が灯った。
ヒッと息を呑む音が聞こえた時――、私はなにも考えることができないまま無意識に立ち上がった。
彼にこれ以上悲しみを与えてはいけない!
頭にその思いだけがあり、私は気がつけば彼の背中にしがみついていた。
「お願い! やめて、エデン! 私は大丈夫なの! 彼らを許してあげて!」
パニック状態の村人に追われて殺されるかもしれなかった私だけれど、この場にいる誰よりも状況が把握できていたと思う。
エデンが少し本気を出せば、こんな小さな村は簡単に滅ぼされてしまう。それは最悪の結末で、私もエデンも村の人も、誰も望んでいないことだ。
なによりも――、私の優しい夫にそんなことをしてほしくない。
ただ、それだけで体が動いた。
私がぶつかるように抱きついた瞬間、エデンは背中の羽を広げて抱き着きやすくしてくれた。
……ほら、この人はこんなにも優しい。
尻尾の炎がついてしまわないように、しっぽの先端も前の方へ回してくれた。
「……おとなしくしているのなら、この娘に免じてこの村は見すごしてやる。今後この娘にも、あの孤児院にも危害を加えないと誓うのなら――な」
エデンが低い声で言うと、村人たちは口々になにかを言いながら後退してゆく。
「悪魔の花嫁」とか「魔王に魅入られた」とか聞こえた気がしたけれど、今はもうどうでもいい。
松明の炎が遠くへ消えてしまうと、エデンはゆっくりと振り向いて私を抱き締めてくれた。
「……っ、ごめんなさいっ、エデン……っ!」
震える声で謝っても、彼は怒らずに私の赤毛を優しく撫でてくれるだけ。
その手の優しさに安堵した時の気持ちは、村に帰ってきた時のものよりも、ずっと大きかった。
「アメリア……?」
背後で細い女性の声がして振り向くと、シスターサマンサが胸のロザリオを握りしめて立っていた。
「シスターサマンサ……」
シスターも村の人のように私を責めるの? エデンを見て怖がるの?
一瞬そう思ってしまったけれど、彼女はエデンを少し見つめたあとに小さく頭を下げた。
「アメリアがお世話になっております。この子の育ての親の一人、シスターサマンサと申します」
「……西の魔王だ」
礼をわきまえたシスターの挨拶に、エデンは落ち着いた声で応対する。ホッとした私の目には、また涙が浮かんでいた。
ドォォン!
轟雷が目の前に落ちて私はあらんばかりの声で悲鳴を上げ、目を焼くような光の向こうで村人たちの悲鳴も聞こえる。
雷が落ちるのと同時に、胸元でイグニスさんからもらった護符がパンッと弾けた。
「なん……なの……」
ビリビリする耳を押さえ、光が収まったあとを見ると、そこには人ならざるシルエットが立っていた。
「きゃああああ!」
また誰かの悲鳴が聞こえる。
私に背を向けているのは――、長身に黒い髪。背中からは悪魔の羽。お尻のあたりからは尻尾がはえて、その先端には黒い炎が灯っていた。
「悪魔だーっ!」
やめて。この人にそんなひどい言葉を投げつけないで。
見慣れない姿をしているのに、私はそのうしろ姿を見て涙があふれるのを抑えられなかった。
上空の黒い雲はさっきの雷で裂かれたように割れ、そのあいだから満月の光が降り注ぐ。
青白い光に照らされて一瞬心配そうにこちらをふり向いたのは――、エデンだった。
「あ……」
「ごめんなさい」と言おうとして、恐怖で乾いた唇からはなにも言葉が出なかった。
代わりに聞こえてくるのは、村人たちのヒステリックな悲鳴。
逃げてゆく人たちもいたし、農具を振りかざして牽制している人たちもいる。そんな彼らに、エデンは静かな声で告げた。
「自分たちのの保身のために生贄としてさし出した娘を、送り出すときは聖女のように扱い、無事に戻ればこれか。――愚かな。それほど呪いがほしければ……くれてやってもいいんだぞ」
恐ろしいまでに低い声に誰もが声を失い、身をこわばらせる。
彼のことを一番知っているはずの私ですら、恐ろしくて腰のあたりから力が抜けてしまいそうになったほどだ。
「アメリアに……血を流させたのは誰だ」
エデンがそう言って一歩踏み出すと、彼の右手にボッと黒い炎が灯った。
ヒッと息を呑む音が聞こえた時――、私はなにも考えることができないまま無意識に立ち上がった。
彼にこれ以上悲しみを与えてはいけない!
頭にその思いだけがあり、私は気がつけば彼の背中にしがみついていた。
「お願い! やめて、エデン! 私は大丈夫なの! 彼らを許してあげて!」
パニック状態の村人に追われて殺されるかもしれなかった私だけれど、この場にいる誰よりも状況が把握できていたと思う。
エデンが少し本気を出せば、こんな小さな村は簡単に滅ぼされてしまう。それは最悪の結末で、私もエデンも村の人も、誰も望んでいないことだ。
なによりも――、私の優しい夫にそんなことをしてほしくない。
ただ、それだけで体が動いた。
私がぶつかるように抱きついた瞬間、エデンは背中の羽を広げて抱き着きやすくしてくれた。
……ほら、この人はこんなにも優しい。
尻尾の炎がついてしまわないように、しっぽの先端も前の方へ回してくれた。
「……おとなしくしているのなら、この娘に免じてこの村は見すごしてやる。今後この娘にも、あの孤児院にも危害を加えないと誓うのなら――な」
エデンが低い声で言うと、村人たちは口々になにかを言いながら後退してゆく。
「悪魔の花嫁」とか「魔王に魅入られた」とか聞こえた気がしたけれど、今はもうどうでもいい。
松明の炎が遠くへ消えてしまうと、エデンはゆっくりと振り向いて私を抱き締めてくれた。
「……っ、ごめんなさいっ、エデン……っ!」
震える声で謝っても、彼は怒らずに私の赤毛を優しく撫でてくれるだけ。
その手の優しさに安堵した時の気持ちは、村に帰ってきた時のものよりも、ずっと大きかった。
「アメリア……?」
背後で細い女性の声がして振り向くと、シスターサマンサが胸のロザリオを握りしめて立っていた。
「シスターサマンサ……」
シスターも村の人のように私を責めるの? エデンを見て怖がるの?
一瞬そう思ってしまったけれど、彼女はエデンを少し見つめたあとに小さく頭を下げた。
「アメリアがお世話になっております。この子の育ての親の一人、シスターサマンサと申します」
「……西の魔王だ」
礼をわきまえたシスターの挨拶に、エデンは落ち着いた声で応対する。ホッとした私の目には、また涙が浮かんでいた。
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