【R-18】復讐を遂げた仮面王は愛妻の音色に微笑む

臣桜

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大火に引き裂かれた二人1

 様々な国がひしめく大陸で、バンクロフト王国とラドフォード王国は、古くから交流を続けてきた。婚姻を結んで絆を強めた事もあり、王家同士が頻繁に王城を訪ね、その子らを遊ばせるという微笑ましい光景も珍しくなかった。

 当時のバンクロフト王国国王ヘーゼルと、王妃エリザベスの間にはコーネリアという第一王女がいた。

 女神のように美しい金髪巻き毛に、見る者をハッとさせる鮮やかで美しい翡翠色の目は、〝バンクロフトの秘宝〟とも呼ばれている。
 齢八歳でありながらピアノの才能を発揮し、法王により聖域に招待された事すらある。

 当然彼女の成長と共に婚姻を……と望む声が多くなった。

 しかしバンクロフト王ヘーゼルは、親友であるラドフォード王国の王太子レックスに、コーネリアを嫁がせる事を望んでいた。

 コーネリアが八歳であるのに対し、レックスは六歳年上の十四歳であったが、年上であるが故にその仲も良かったのだ。

 当時のレックスも反抗期まっただ中であったが、お人形のように可愛らしいコーネリアがちょこちょこと自分の後をついてくるのを見ると、庇護欲を掻き立てられたようだ。
 ラドフォード城内を案内してやり、ぶっきらぼうながらも色々と世話を焼く。

 そのような二人の姿が、両国が交流するあいだ互いの城内で見られたのだ。城にいる貴族や召し使いたちも、麗しい王子と王女の姿を見て唇を笑わせる。

 二国の情勢は、実に平和だった。

 そのままの平和を守らせてくれないのが、周辺国との軋轢だ。バンクロフトとラドフォードに隣接するように、グランヴェルという大国がある。

 国土は両国の三倍ほどもあり、文化も進み港には巨大な豪華客船が停まる。交易も発達し、自然と軍部の強化も進み向かうところ敵なしだった。

 先王の時代までは、グランヴェルも周辺国と上手くやっていた。だがガイという若い王太子が国王に即位してから、様々な事が変わってゆく。
 関税が高くなり、グランヴェルを中心とした遠方の品々が突如として高価になった。軍事演習もわざと国境近くでする事が多くなり、隣接しているバンクロフトとラドフォードは気が気でない。

 二国の貴族の娘たちが、女好きと名高いガイ国王にむりやり呼び出され、そのまま戻らなくなったという話も聞く。二国の王は貴族たちから泣きつかれ、「どうにかしてほしい」と言われるのだが、大国との関係をなるべく悪くしたくない。

 緊張しつつも一応の平和が守られていたのだが、コーネリアが十五歳になった時、とうとうガイが彼女を妃に望んできた。





「なんですって?」

 父に呼び出されたコーネリアは、翡翠色の目を見開き可愛らしい唇をポカンと開く。

 十五歳になったコーネリアは、光り輝かんばかりに美しい。

 神話のヴィーナスもかくやという蜂蜜色の髪を豊かに結い上げれば、国中の娘がこぞって真似をした。天を衝かんばかりにくるんとカールした睫毛も淡く金色に光り、空と森を溶かし込んだかのような翡翠色の瞳は、この世の神秘と呼ばれている。

 白皙の顔(かんばせ)にほんのり薔薇色の頬。ぽってりと小作りな唇は薔薇の蕾を思わせた。すんなりと細い首から肩、腰は、まだ少女としての儚さがある。しかしその胸部は母譲りで豊かに膨らみ、将来はふるいつきたくなるほどの美女となる素質を秘めていた。

 そのコーネリアは薔薇色のドレスを掴み、大きな目を見開いている。

 目の前に出された紅茶に手を出そうとしない娘に、バンクロフト国王は申し訳なさそうな顔をしてもう一度告げる。

「グランヴェル国王陛下ガイ様から、正式な求婚書が届いた」

 テーブルの上に広げられ、花の透かし彫りが入った重りで広げられた書面には、男性らしい筆記が続いている。

『グランヴェル国王ガイは、バンクロフト第一王女コーネリアを妻に要求する』

 それだけならば、まだ可愛げがあっただろう。
 しかし続く文面にはこうある。

『要求を呑まなければ、遺憾ながらグランヴェルはバンクロフトに攻め入るも辞さない』

「……何てこと……」

 眩暈が起こった気がし、コーネリアはテーブルに手を突く。

「お父様。私、レイ様と……」

 コーネリアはレックスの事を、愛称でレイと呼んでいた。

 両親公認の仲で、自分とレックスも将来結婚するのだと信じて疑っていない。

 現在二十一歳のレックスは、元より整っている顔立ちである上、騎士団と一緒に体を鍛えているからか男らしさがより増した。

 側にいるだけで胸の高まりが収まらず、コーネリアは彼に恋をしている自分が好きだった。
 勘違いをして嫉妬してしまう事もあるが、レックスを思って枕を涙で濡らす夜も含め、この恋はとても尊く神聖なものだと思っている。

 何よりお互い子供の頃から知り合っていて、自分にとって彼以上の存在はいないと確信している。

 それが今、圧倒的な力によって邪魔されようとしているのだ。
 コーネリアとてグランヴェルの巨大さは分かっている。この求婚を断ればどういう事態に陥るかも理解していた。

 だが――。

「私……っ、来年の六月を楽しみにしていたのですっ」

 十六歳になった来年の六月、コーネリアはレックスと式を挙げる予定であった。

 花嫁衣装もそれに合わせて制作されており、繊細なレースがふんだんに施された、女神のようなヴェールを被るのを楽しみにしていた。ブーケも国内の花農家に依頼し、早咲きの白百合で作る予定だった。

 それが、すべて水泡に帰そうとしている。

 静かに涙を流す娘を、両親は沈痛な面持ちで見やる。

「お前のレックス殿下への想いは、痛いほど分かっている」
「――では!」

 涙で歪んだ声を聞き、父王は心痛を押し殺した顔で微笑んだ。

「……少し、待ってくれ。私も尽力し、グランヴェル王と話し合ってみよう」

 コーネリアは退室を促され、悲しみに暮れたまま自室へ戻った。
 隣国のレックスに手紙を書こうかと思い、踏みとどまる。

 もしかしたらレックスもグレン国王から何か聞いているかもしれない。
 そうしたら彼も自分と同じく傷ついてしまっている可能性も高い。

「婚約者としては、ここで自分だけ悲劇ぶらないで、彼のために明るく振る舞う事も必要だわ」

 気を取り直すと、コーネリアは大きく深呼吸を五回繰り返す。
 そのあと侍女が控えていないか確認してから、ピョンピョンとその場で何度かジャンプをした。

 その美しさが評判になっているので、コーネリアは物腰柔らかな深窓の美姫と思われがちだ。
 だが実際のところ、彼女は鬱屈とした気持ちが堪って落ち込んでしまわないように、体を動かして発散する事を好んでいた。

 慕っていた叔母――母の妹が、そのようにして公爵家の屋敷から出て来なくなってしまったのだ。
 叔母を気の毒に思うと同時に、自分はレックスとの結婚を控えているのだから、彼のために不健康になってはいけないと常に言い聞かせていた。

 ついでに大きな声で、巷で流行りのオペラのアリアを歌う。

 気持ちがスッキリしてから、コーネリアは机に向かいレックスへ手紙をしたため始めた。

 その内容はいつものように彼の健康を気遣うもので、ラドフォードより南ににあるバンクロフトでは、現在どのような花が咲いているか、気候はどうであるかを綴る。最後に結婚式を楽しみにしているという旨を綴り、封蝋を垂らした。

「きっとお父様が何とかしてくださるわ。私は絶対にレイ様と結婚するのだもの」

 自分自身に言い聞かせたあと、バンクロフトの風習で花嫁が花婿に渡すとされている、繊細な編み目の飾り紐に取り掛かった。

 コーネリアがいずれラドフォードに嫁入りするとしても、自国の風習ぐらい持ち込みたかったのだ。

 純白の飾り紐は花婿を必ず花嫁の元へ辿り着かせると言う。
 神話の時代、迷宮に閉じ込められた妻を夫が救いに行ったという話が、今も受け継がれているのだ。
 怪物の供物となるため妻が白い紐を持って迷宮に赴き、夫はそれを辿って妻を救いに行った。
 怪物を倒したあと巻き取られた紐は、妻によって美しく編み込まれお守りになったのだ。

「私たちの結婚は、絶対果たされるもの」

 ほっそりとした指を器用に動かし、コーネリアはかぎ針でお守りを編んでゆく。
 ひと編みひと編みに、レックスへの想いを込めた。



 来年の六月には、自分とレックスは白いリボンの先にこの飾り紐をつけ、幸せにヴァージンロードを歩いているのだと信じて――。



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