【R-18】吸血鬼の家庭教師~年下貴族に溺愛求婚されています【挿絵付】

臣桜

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雨の日の出会い

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 クレハ・モッティは、エイダ王国の王立大学に通う学生だ。

 母は東洋人の人間で、その血を濃く受け継いだ黒目黒髪のオリエンタル美女だ。

 だがその外見は、吸血鬼や人狼などさまざまな魔族の多いエイダ王国では、それなりに目立つ。

 なので彼女はいつも、黒髪を目立たないように三つ編みにしてまとめていた。顔もできるだけ隠すように、太めの黒縁眼鏡をかけている。

 外を歩けば背中に立派な羽や尻尾をつけた魔族が闊歩し、それに比べてクレハは何も持たない人間だ。
 大学で通り過ぎざまにコソコソ言われたり、笑われたりすることもある。

 だが彼女自身が実に優秀な成績を収めている学生で、教授からの覚えもいいので表だっていじめる者がいないのは幸運なことだった。
 家は特に裕福でもない一般家庭なので、奨学金で大学に通っている。

 けれどクレハには夢がある。

 特に血のにじむ努力をしなくても、魔族、人間や身分の差なく好きなように学ぶ機会があればいいと思っている。
 そして将来、そういう教育機関を作る役職になりたいと、日々勉学に励んでいた。
 遊ぶ時間があればすべて勉強に費やし、息抜きの食事の時間も食物の栄養素などについて考えるような人物だ。

 そんなこともあり、クレハはちょっとした変人というような目でも見られている。

 その日も、クレハは夜遅くまで大学に残って勉強をしていた。

 そろそろ家で母が夕食を作って待ってくれている時間に、雨が降って薄暗くなった街を急ぎ足に歩いていた。
 石畳を黒く濡らす雨に、普段なら賑わいを見せる王都もやや静かになっている。

 マーケットは店をたたみ、その代わりに繁華街の方では酒場や飯屋が賑わいを見せていた。

 だがクレハはそんな場所へ立ち寄る金もない。
 空腹の腹をさすりながら、破れた傘を差して王都の隅にある自宅へ向かっていた。

 ――と、なにか変な音がする。

(なにかしら? 人が騒いでる?)

 眼鏡の奥の目をパチリとさせ、クレハは立ち止まって耳を澄ました。

 街の喧騒……というよりは、争ったり言い合っているような声に近い。

 あまりトラブルには巻き込まれたくない――。

 そう思いつつも、もし怪我人でもいたら大変だと思い、クレハはこっそりと路地裏の方へ足音を忍ばせて近付いてみた。

(あ!)

 行き止まりになって奥には木材が積まれている場所で、五、六人の青年が髪の赤い一人の青年に対して喧嘩を吹っかけている。

 が、その赤髪の青年も驚くほどの強さを見せていた。
 掴み掛かろうとする手を払い、ねじり上げ投げ飛ばし、またよそから伸びた拳をかわしては脚を払う。
 流れるような動作の中に、喧嘩をしているというのに品というものを感じた。

(強いわ、あの人。あら、あの制服王立学校のものじゃない)

 見覚えのあるデザインは、クレハが数年前まで通っていた学校のものだ。それもエリートコースと呼ばれる、一部の秀才か貴族の子供たちが通う場所のもの。

(黙っていても将来は安泰なのに、こんなことしているのね……)

 自分とは違って生活に困らないだろうに、どうして争う必要があるのだろう。

 そう思ってクレハが溜め息をついた時、それまで圧倒的な強さを見せていた赤髪の青年の背後で木材が動いた。

(え?)

 何も気づいていない赤髪の青年の背後で、木材置き場から忍び出た人狼の青年は、手ごろな角材を手に取り、音もなく跳躍して振り上げた――!

「危ない!」

 思わずクレハは大声を出していて、それに青年たちが一瞬動揺した瞬間、ゴンと鈍い音がするのと同時に赤髪の青年が真っ直ぐに倒れた。

「やばい! 人がいるぞ! ずらかれ!」

 青年たちのうちの誰かが叫んだ。
 それからクレハがとっさに建物の隙間に身を滑らせたのと同時に、バタバタといくつもの足音が過ぎ去っていった。

 雨に濡れた石畳の上に街灯に照らされた影が走り、しばらくしてから路地裏はまたもとの静けさを取り戻した。

「あの子、大丈夫かしら?」

 青年たちがいなくなったのを確認し、クレハは慌てて赤髪の青年のもとへゆく。
 人気のない路地裏で、彼は上等な制服も赤毛も雨に濡らしたまま、うつ伏せに倒れてピクリともしない。

「ケンカにしては、背後から武器を使うなんて卑怯だわ」

 赤髪の青年を抱き起こし、クレハは彼に呼びかける。

「ねぇ、あなた。大丈夫? 強く頭を打ったみたいだけれど、吐き気とかはない?」

 大きめの声で呼びかけても、青年は長い睫毛を伏せたまま反応しない。

 こんな事態だというのに、クレハは彼がとても整った顔をしているのにやや見惚れてしまった。
 綺麗な色の赤毛に、それと同色の眉と睫毛。伏せられた睫毛は男性なのに長く、通った鼻筋の下にある唇は、薄めだったが綺麗な形だ。

 なんの種族だろうと思ったが、見た目には彼に大きな特徴はない。

「とにかく……、このまま雨に濡らしておくのはいけないわ。よい……しょっ」

 気合いを入れて青年をおぶると、クレハは傘を差し直してヨタヨタと歩き始めた。

 本当なら大きな声を出して、近くの家や店の人を呼べばいい。
 けれどエリートコースの彼がこうやってリンチを受けて負傷したことを、あまり人目に晒してはいけないような気がしたのだ。

 自分よりも年下と言っても、青年はクレハよりも背が高く体つきもしっかりしている。それに伴って体重もあり、クレハは歯を喰いしばって懸命に一歩ずつ踏み出す。

 ようやく大きな通りまで出ると、懐は寂しいが乗合馬車の停留所まで行く。

 そして二人分の料金を払ってから、自宅近くまで乗せてもらった。
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