時戻りのカノン

臣桜

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切れた電話

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「もしもし、秀真さん?」

 呼びかけたが、秀真から返事はない。

 電話の向こうは無言で、人が話す気配すらない。

 切れてしまったのかとスマホを確認したが、液晶には〝通話中〟が表示されている。

「秀真さん? 花音です」

 また呼びかけたが、やはり返事はない。

 けれど明らかに電話が繋がっていると分かったのは、遠くから車の走行音や近くで何か物を動かす音が聞こえたからだ。

「秀真さん!?」

 電話が通じたのに無視されていると気づき、花音は焦って声を出す。

「お願いします! 何か返事をしてください! 何か私が粗相をして、怒らせてしまったのならごめんなさい! だから何か言ってください!」

 必死に問いかけた時、――プツッと電話が切れた。

「秀真さん!」

 呆然としたあと、なりふり構わず花音はもう一度彼に電話を掛けた。

 だが今度はどれだけ経っても、秀真は電話に出てくれない。

 何度目かの電話を掛けた時、急に『お客様のお掛けになった電話番号は……』と音声ガイダンスが流れ始めた。

(……着信拒否された?)

 ざ……、と全身の血が引いた音が聞こえた気がした。

 知らずと、スマホを持った手がゆっくり膝の上に落ちる。

「……私、何かしたっけ……」

 呟いても、思い当たる事は何もない。

 秀真はとても温厚な人で、今まで怒られた事もないし、喧嘩もしていない。

 花音に対して嫌な事も言わないし、店の人など他者に対しても丁寧だ。

 彼が誰かに腹を立てる姿は、想像する事すらできなかった。

 心当たりがあるとすれば、彼に求められて元彼の話をしていた時に、ほんの少しだけ嫉妬した様子を見せた事だけだ。

 けれど大人の対応を見せ、「過去の事でもう会っていない人だし、今は俺が彼氏だから問題ない」と言ってくれたはずだった。

(その他に……、何かあったっけ……?)

 考えても、考えても分からない。

 電話が繋がらないのも、音声ガイダンスが流れたのも、何かの手違いでは、という可能性を考えた。

 きっと彼はいま移動中で、電波の届かない場所に行ってしまったのかもしれない。

(でも……)

 花音から電話が来ていると分かったなら、きちんと対応してくれるはずだ。

 しばらく呆けてから、花音はノロノロとスマホを開いた。

 電話帳から探し出したのは、秀真の祖母の春枝の名前だ。

 彼女とも、時々連絡している。

 春枝は直接洋子と連絡しているので、祖母について聞くために、花音と話をする必要はあまりない。

 けれど春枝には、秀真が嫁にしたいと言った相手として、常に気に掛けてもらっていた。

 秀真との連絡頻度が落ちた一方で、春枝からは安定して二週に一回ほど連絡がある。

 何気ないやり取りだが、お互い札幌と東京で、季節の移り変わりや体調を気遣う言葉を交わしていた。

『秀真との事で何か困ったら、いつでも連絡をちょうだい』

 いつだったか、春枝がメッセージをよこしてくれたのを思い出す。

(ご好意に甘える時なんだろうか……)

 もうどうしたらいいか分からず、花音は泣き出してしまいそうなのを必死に堪えている状態だった。

 それを「大人だから」と懸命に押しとどめている。

(秀真さんの言う通り、一人で悩んでいても何も解決しないもの。助言を借りるぐらい……)

 自分に言い訳をし、花音は春枝の番号をタップした。

 少しの間コール音が鳴り、そのあと『はい、花音さん?』と春枝の声が聞こえた。

 先ほどまで秀真に強烈な無視をされたからか、ドッと安堵が押し寄せて涙がこみ上げてしまった。

「…………っ、春枝、さん……っ」

 思わず声を詰まらせてしまったのを聞き、春枝は電話の向こうですぐに何かを察知したようだった。

『花音さん、落ち着いてからでいいから、順番にゆっくり話してごらんなさい』

 慈愛の籠もった声を聞き、花音は声を殺して嗚咽しながら、コクコクと頷く。

 少しのあいだ嗚咽を堪え、近くにあったティッシュで涙を拭いてから、花音は事の経緯を語り始めた。

『そう……。ひとまず、秀真が心配させてごめんなさい。私から謝るわ』

「いいえ……。私が一人で騒いでいるだけですので」

 今まで一人でモヤモヤとした気持ちを抱えていたからか、春枝にすべてを話すとスッキリし、幾分落ち着いてきた。
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