42 / 71
切れた電話
しおりを挟む
「もしもし、秀真さん?」
呼びかけたが、秀真から返事はない。
電話の向こうは無言で、人が話す気配すらない。
切れてしまったのかとスマホを確認したが、液晶には〝通話中〟が表示されている。
「秀真さん? 花音です」
また呼びかけたが、やはり返事はない。
けれど明らかに電話が繋がっていると分かったのは、遠くから車の走行音や近くで何か物を動かす音が聞こえたからだ。
「秀真さん!?」
電話が通じたのに無視されていると気づき、花音は焦って声を出す。
「お願いします! 何か返事をしてください! 何か私が粗相をして、怒らせてしまったのならごめんなさい! だから何か言ってください!」
必死に問いかけた時、――プツッと電話が切れた。
「秀真さん!」
呆然としたあと、なりふり構わず花音はもう一度彼に電話を掛けた。
だが今度はどれだけ経っても、秀真は電話に出てくれない。
何度目かの電話を掛けた時、急に『お客様のお掛けになった電話番号は……』と音声ガイダンスが流れ始めた。
(……着信拒否された?)
ざ……、と全身の血が引いた音が聞こえた気がした。
知らずと、スマホを持った手がゆっくり膝の上に落ちる。
「……私、何かしたっけ……」
呟いても、思い当たる事は何もない。
秀真はとても温厚な人で、今まで怒られた事もないし、喧嘩もしていない。
花音に対して嫌な事も言わないし、店の人など他者に対しても丁寧だ。
彼が誰かに腹を立てる姿は、想像する事すらできなかった。
心当たりがあるとすれば、彼に求められて元彼の話をしていた時に、ほんの少しだけ嫉妬した様子を見せた事だけだ。
けれど大人の対応を見せ、「過去の事でもう会っていない人だし、今は俺が彼氏だから問題ない」と言ってくれたはずだった。
(その他に……、何かあったっけ……?)
考えても、考えても分からない。
電話が繋がらないのも、音声ガイダンスが流れたのも、何かの手違いでは、という可能性を考えた。
きっと彼はいま移動中で、電波の届かない場所に行ってしまったのかもしれない。
(でも……)
花音から電話が来ていると分かったなら、きちんと対応してくれるはずだ。
しばらく呆けてから、花音はノロノロとスマホを開いた。
電話帳から探し出したのは、秀真の祖母の春枝の名前だ。
彼女とも、時々連絡している。
春枝は直接洋子と連絡しているので、祖母について聞くために、花音と話をする必要はあまりない。
けれど春枝には、秀真が嫁にしたいと言った相手として、常に気に掛けてもらっていた。
秀真との連絡頻度が落ちた一方で、春枝からは安定して二週に一回ほど連絡がある。
何気ないやり取りだが、お互い札幌と東京で、季節の移り変わりや体調を気遣う言葉を交わしていた。
『秀真との事で何か困ったら、いつでも連絡をちょうだい』
いつだったか、春枝がメッセージをよこしてくれたのを思い出す。
(ご好意に甘える時なんだろうか……)
もうどうしたらいいか分からず、花音は泣き出してしまいそうなのを必死に堪えている状態だった。
それを「大人だから」と懸命に押しとどめている。
(秀真さんの言う通り、一人で悩んでいても何も解決しないもの。助言を借りるぐらい……)
自分に言い訳をし、花音は春枝の番号をタップした。
少しの間コール音が鳴り、そのあと『はい、花音さん?』と春枝の声が聞こえた。
先ほどまで秀真に強烈な無視をされたからか、ドッと安堵が押し寄せて涙がこみ上げてしまった。
「…………っ、春枝、さん……っ」
思わず声を詰まらせてしまったのを聞き、春枝は電話の向こうですぐに何かを察知したようだった。
『花音さん、落ち着いてからでいいから、順番にゆっくり話してごらんなさい』
慈愛の籠もった声を聞き、花音は声を殺して嗚咽しながら、コクコクと頷く。
少しのあいだ嗚咽を堪え、近くにあったティッシュで涙を拭いてから、花音は事の経緯を語り始めた。
『そう……。ひとまず、秀真が心配させてごめんなさい。私から謝るわ』
「いいえ……。私が一人で騒いでいるだけですので」
今まで一人でモヤモヤとした気持ちを抱えていたからか、春枝にすべてを話すとスッキリし、幾分落ち着いてきた。
呼びかけたが、秀真から返事はない。
電話の向こうは無言で、人が話す気配すらない。
切れてしまったのかとスマホを確認したが、液晶には〝通話中〟が表示されている。
「秀真さん? 花音です」
また呼びかけたが、やはり返事はない。
けれど明らかに電話が繋がっていると分かったのは、遠くから車の走行音や近くで何か物を動かす音が聞こえたからだ。
「秀真さん!?」
電話が通じたのに無視されていると気づき、花音は焦って声を出す。
「お願いします! 何か返事をしてください! 何か私が粗相をして、怒らせてしまったのならごめんなさい! だから何か言ってください!」
必死に問いかけた時、――プツッと電話が切れた。
「秀真さん!」
呆然としたあと、なりふり構わず花音はもう一度彼に電話を掛けた。
だが今度はどれだけ経っても、秀真は電話に出てくれない。
何度目かの電話を掛けた時、急に『お客様のお掛けになった電話番号は……』と音声ガイダンスが流れ始めた。
(……着信拒否された?)
ざ……、と全身の血が引いた音が聞こえた気がした。
知らずと、スマホを持った手がゆっくり膝の上に落ちる。
「……私、何かしたっけ……」
呟いても、思い当たる事は何もない。
秀真はとても温厚な人で、今まで怒られた事もないし、喧嘩もしていない。
花音に対して嫌な事も言わないし、店の人など他者に対しても丁寧だ。
彼が誰かに腹を立てる姿は、想像する事すらできなかった。
心当たりがあるとすれば、彼に求められて元彼の話をしていた時に、ほんの少しだけ嫉妬した様子を見せた事だけだ。
けれど大人の対応を見せ、「過去の事でもう会っていない人だし、今は俺が彼氏だから問題ない」と言ってくれたはずだった。
(その他に……、何かあったっけ……?)
考えても、考えても分からない。
電話が繋がらないのも、音声ガイダンスが流れたのも、何かの手違いでは、という可能性を考えた。
きっと彼はいま移動中で、電波の届かない場所に行ってしまったのかもしれない。
(でも……)
花音から電話が来ていると分かったなら、きちんと対応してくれるはずだ。
しばらく呆けてから、花音はノロノロとスマホを開いた。
電話帳から探し出したのは、秀真の祖母の春枝の名前だ。
彼女とも、時々連絡している。
春枝は直接洋子と連絡しているので、祖母について聞くために、花音と話をする必要はあまりない。
けれど春枝には、秀真が嫁にしたいと言った相手として、常に気に掛けてもらっていた。
秀真との連絡頻度が落ちた一方で、春枝からは安定して二週に一回ほど連絡がある。
何気ないやり取りだが、お互い札幌と東京で、季節の移り変わりや体調を気遣う言葉を交わしていた。
『秀真との事で何か困ったら、いつでも連絡をちょうだい』
いつだったか、春枝がメッセージをよこしてくれたのを思い出す。
(ご好意に甘える時なんだろうか……)
もうどうしたらいいか分からず、花音は泣き出してしまいそうなのを必死に堪えている状態だった。
それを「大人だから」と懸命に押しとどめている。
(秀真さんの言う通り、一人で悩んでいても何も解決しないもの。助言を借りるぐらい……)
自分に言い訳をし、花音は春枝の番号をタップした。
少しの間コール音が鳴り、そのあと『はい、花音さん?』と春枝の声が聞こえた。
先ほどまで秀真に強烈な無視をされたからか、ドッと安堵が押し寄せて涙がこみ上げてしまった。
「…………っ、春枝、さん……っ」
思わず声を詰まらせてしまったのを聞き、春枝は電話の向こうですぐに何かを察知したようだった。
『花音さん、落ち着いてからでいいから、順番にゆっくり話してごらんなさい』
慈愛の籠もった声を聞き、花音は声を殺して嗚咽しながら、コクコクと頷く。
少しのあいだ嗚咽を堪え、近くにあったティッシュで涙を拭いてから、花音は事の経緯を語り始めた。
『そう……。ひとまず、秀真が心配させてごめんなさい。私から謝るわ』
「いいえ……。私が一人で騒いでいるだけですので」
今まで一人でモヤモヤとした気持ちを抱えていたからか、春枝にすべてを話すとスッキリし、幾分落ち着いてきた。
0
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
3大公の姫君
ちゃこ
恋愛
多くの国が絶対君主制の中、3つの大公家が政治を担う公国が存在した。
ルベイン公国の中枢は、
ティセリウス家。
カーライル家。
エルフェ家。
この3家を筆頭に貴族院が存在し、それぞれの階級、役割に分かれていた。
この話はそんな公国で起きた珍事のお話。
7/24
完結致しました。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
サイドストーリーは一旦休憩させて頂いた後、ひっそりアップします。
ジオラルド達のその後など気になるところも多いかと思いますので…!
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる