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良くない話
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『結論から言うとね、十月の上旬ぐらいにあまり良くない話があったの』
そう言われ、ドキッと胸が嫌な音を立てた。
「良くない話、ですか?」
『うちの会社の取引先の方がいらしてね、そこのお嬢さんが秀真の事を随分前から気に入ってくださっていたようなの』
「あ……」
言われてすぐ、愛那の顔が浮かび上がった。
『その社長さんが、〝娘がどうしてもと言っているから〟って、仕事でうちの会社に有利になる条件を出して、秀真と結婚させたいと言っていたのよ』
「…………」
嫌な予感が的中した。
花音は唇を引き結び、春枝から話を聞くしかできない。
『勿論、秀真は花音さんと結婚するつもりで、お話を断っていたわ』
けれどそう言われ、花音は安堵の息をついた。
(信じていて良かった……!)
『その頃から、取引先の社長さんが、結婚の話をしつこく秀真の両親や私たちにもするようになってね。同時にうちの会社に対して不利益な噂が立って、株価が落ち始めたりとか、良くない事が立て続けに起こったのよ』
「そんな……」
それらの事と、愛那の事を結びつけるのはあまりに安直だ。
けれど「タイミングが良すぎる」としか言えない。
花音の考えた事を見透かしたように、春枝が小さく笑った。
『まぁ、大方先方が手を回したのでしょうね。証拠はいまだ掴めていないし、うちの会社は信頼回復や状況整理をするのに必死。秀真は副社長をしているのだけれど、あちこち火消しに奔走して毎日多忙だったわ』
そこまで説明されて、花音は自分が秀真が副社長をしている事も、彼の会社がどこなのかも聞いていない事に気付いた。
「……私、秀真さんが重役だとは聞いていたのですが、何と言う会社なのか知りませんでした。信頼されていないとか、思っていた訳じゃないんです。……ただ、もう少し関わらせてほしかったな……って、いま思いました」
少し落ち込んだ花音の声を聞き、電話の向こうで春枝が息をついて苦笑いしたのが分かった。
『ごめんなさいね。うちの会社は瀬ノ尾グループと言って、観光業をしているの。チルタイムホテルとか、瀬ノ尾観光って聞いた事ない?』
「あ……っ!」
言われて、すぐにピンときた。
チルタイムホテルと言えば、各都道府県の中心部に必ずあるシティホテルだ。
系列ホテルにも様々なグレードがあり、別荘地に建つリゾート目的のものから、ビジネスマンが利用しやすい価格のホテル、他にも温泉宿もある。
瀬ノ尾観光は、国内にある大手旅行会社と言えば……で名の上がる会社だ。
名前が似ているな、と今まで何となく思っていたが、教えられていないのに決めつけるのも失礼だと思い、考えないようにしていた。
だが言われてみて、最近ニュースでたびたび瀬ノ尾グループについて聞く事があったと思い出す。
「だ、大丈夫なんですか?」
思いだしたニュースの内容は、瀬ノ尾グループが管理している顧客名簿が流出したという内容だった。
ネットニュースでチラリと記者会見という単語も目にしたが、花音は普段、企業の不祥事などの記者会見に興味を持たず、ワイドショーなども見ない。
『ありがとう。こちらの事は心配しなくていいわ。不祥事という事だけれど、その出所も突き止めてあるの。夫と息子が記者会見で頭を下げたけれど、内部で処分する者は決定しているわ』
温厚な春枝の口から「処分」という単語を聞くと、彼女もまた会長夫人なのだと思いだし、身が引き締まる。
「それで、秀真さんは今も忙しくされているんですね?」
『それが、秀真が〝自分に責任の一端があるから〟と言って、今回の騒動を収めるのに中心になって働いていたのよ。原因を究明するのにまず手間取って、睡眠時間もほぼ取らず、ろくに食べないで働いて……、先日過労で倒れてしまったの』
「そんな……!」
先ほど、秀真から着信拒否されたと分かって血の気が引いたが、今度は別の意味で眩暈すら覚える。
「どっ、どこの病院に入院されているんですか? 私、お見舞いに行きます!」
言いながら、花音は思わず立ち上がった。
『大丈夫よ、花音さん。落ち着いて。過労と言ってもそんな酷いものじゃないの。かかりつけのお医者様に点滴をしてもらって、十分休むようにと言われただけよ。今は仕事用のパソコンやスマホも取り上げられて、暇にしていると思うけど、お見舞いに行ったら元気そうにしているわ』
春枝の言葉を聞き、花音は昂ぶった気持ちを一度落ち着かせる。
そう言われ、ドキッと胸が嫌な音を立てた。
「良くない話、ですか?」
『うちの会社の取引先の方がいらしてね、そこのお嬢さんが秀真の事を随分前から気に入ってくださっていたようなの』
「あ……」
言われてすぐ、愛那の顔が浮かび上がった。
『その社長さんが、〝娘がどうしてもと言っているから〟って、仕事でうちの会社に有利になる条件を出して、秀真と結婚させたいと言っていたのよ』
「…………」
嫌な予感が的中した。
花音は唇を引き結び、春枝から話を聞くしかできない。
『勿論、秀真は花音さんと結婚するつもりで、お話を断っていたわ』
けれどそう言われ、花音は安堵の息をついた。
(信じていて良かった……!)
『その頃から、取引先の社長さんが、結婚の話をしつこく秀真の両親や私たちにもするようになってね。同時にうちの会社に対して不利益な噂が立って、株価が落ち始めたりとか、良くない事が立て続けに起こったのよ』
「そんな……」
それらの事と、愛那の事を結びつけるのはあまりに安直だ。
けれど「タイミングが良すぎる」としか言えない。
花音の考えた事を見透かしたように、春枝が小さく笑った。
『まぁ、大方先方が手を回したのでしょうね。証拠はいまだ掴めていないし、うちの会社は信頼回復や状況整理をするのに必死。秀真は副社長をしているのだけれど、あちこち火消しに奔走して毎日多忙だったわ』
そこまで説明されて、花音は自分が秀真が副社長をしている事も、彼の会社がどこなのかも聞いていない事に気付いた。
「……私、秀真さんが重役だとは聞いていたのですが、何と言う会社なのか知りませんでした。信頼されていないとか、思っていた訳じゃないんです。……ただ、もう少し関わらせてほしかったな……って、いま思いました」
少し落ち込んだ花音の声を聞き、電話の向こうで春枝が息をついて苦笑いしたのが分かった。
『ごめんなさいね。うちの会社は瀬ノ尾グループと言って、観光業をしているの。チルタイムホテルとか、瀬ノ尾観光って聞いた事ない?』
「あ……っ!」
言われて、すぐにピンときた。
チルタイムホテルと言えば、各都道府県の中心部に必ずあるシティホテルだ。
系列ホテルにも様々なグレードがあり、別荘地に建つリゾート目的のものから、ビジネスマンが利用しやすい価格のホテル、他にも温泉宿もある。
瀬ノ尾観光は、国内にある大手旅行会社と言えば……で名の上がる会社だ。
名前が似ているな、と今まで何となく思っていたが、教えられていないのに決めつけるのも失礼だと思い、考えないようにしていた。
だが言われてみて、最近ニュースでたびたび瀬ノ尾グループについて聞く事があったと思い出す。
「だ、大丈夫なんですか?」
思いだしたニュースの内容は、瀬ノ尾グループが管理している顧客名簿が流出したという内容だった。
ネットニュースでチラリと記者会見という単語も目にしたが、花音は普段、企業の不祥事などの記者会見に興味を持たず、ワイドショーなども見ない。
『ありがとう。こちらの事は心配しなくていいわ。不祥事という事だけれど、その出所も突き止めてあるの。夫と息子が記者会見で頭を下げたけれど、内部で処分する者は決定しているわ』
温厚な春枝の口から「処分」という単語を聞くと、彼女もまた会長夫人なのだと思いだし、身が引き締まる。
「それで、秀真さんは今も忙しくされているんですね?」
『それが、秀真が〝自分に責任の一端があるから〟と言って、今回の騒動を収めるのに中心になって働いていたのよ。原因を究明するのにまず手間取って、睡眠時間もほぼ取らず、ろくに食べないで働いて……、先日過労で倒れてしまったの』
「そんな……!」
先ほど、秀真から着信拒否されたと分かって血の気が引いたが、今度は別の意味で眩暈すら覚える。
「どっ、どこの病院に入院されているんですか? 私、お見舞いに行きます!」
言いながら、花音は思わず立ち上がった。
『大丈夫よ、花音さん。落ち着いて。過労と言ってもそんな酷いものじゃないの。かかりつけのお医者様に点滴をしてもらって、十分休むようにと言われただけよ。今は仕事用のパソコンやスマホも取り上げられて、暇にしていると思うけど、お見舞いに行ったら元気そうにしているわ』
春枝の言葉を聞き、花音は昂ぶった気持ちを一度落ち着かせる。
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