時戻りのカノン

臣桜

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今しかない!

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 洋子にも両親にも何も言えないまま、朝がきた。

 早朝のニュースを流していると、女性キャスターが秀真の殺人事件を読む。

 秀真は婚約者の愛那の家に向かったあと、愛那が雇っていた堂島どうじまという男に呼び出しを受け、ナイフで刺されたらしい。

 堂島は愛那が住んでいるマンションの一階下に居を構えていて、用心棒的な役割を担っていたようだ。

 秀真は愛那名義の堂島の家に上がり、彼と口論になった結果刺されたらしい。

 愛那は上の階の自宅にいて、事件を知らなかったと供述しているようだ。

 堂島は秀真を刺し、完全に死を確認するまで室内に拘束したという。

 その後、人気のない時間に秀真を毛布でくるんで運び、近くのゴミ捨て場に捨てたのだとか。

(こんなの……嘘だ。絶対に愛那さんは現場にいたに決まっている。すぐ上の階なら、非常階段とかを使って移動する事だって可能なはず)

 花音はそう思うものの、堂島が自首して自分が殺したと言ったなら、警察はそう取るだろう。

「どうして……」

 ベッドの上に座り、布団を被ったまま、花音は力なく呟く。

 愛那も関係者として警察に事情を聞かれているそうだが、恐らく彼女が直接疑われる事はない気がする。

(秀真さんは、愛那さんが事件のショックで歩けなくなった事に、罪悪感を抱いていた。それを利用して彼女に呼び出された? それで交渉が上手くいかなくて……)

 考えるものの、すべて推測にすぎない。

 今すぐ警察に電話をして、「本当は違うんです」と話をしても、取り合ってくれない気がする。

 万が一きちんと話を聞いてくれても、物的証拠がない限り警察は動かないだろう。

 どれだけ疑う余地があっても、罪になったかどうか、証拠があるかないかハッキリしていないと、警察も動けない。

 その結果、誤認逮捕などあれば、警察が責任を取らなければいけないからだ。

(私にできる事は……)

 今すぐ東京に向かって、彼の死が本当なのか確かめたい。

 けれど正式に家族に紹介されていない自分が突然訪問しても、迷惑になるとしか思えない。

「……今なら……」

 脳裏に浮かんだのは、梨理のピアノだ。

「今しかない!」

 涙を零し、花音は声を震わせて決意した。

 キッと瞳に光を宿し、寝る準備をしていた服を普段着に着替え、必要最低限のものをバッグに詰め込んで家を出た。

 ――会いたい!

 ――秀真さんにまた会いたい!

 ――彼と幸せになりたい!

 ――だからお願い、今回だけでいいから、願いを叶えて!

 夜道を走り、花音は自宅の賃貸マンションから大きな通りまで向かった。

 車のヘッドライトが夜の道路を河のように流れているのを見据え、その中にタクシーがいないか目を凝らす。

「止まって!!」

 やがてタクシーの車体を認め、花音は大きな声を上げて手を振った。

 が、タクシーには『実車』という表示がある。

 諦めて花音は車が走ってくる方に走りながら、次のタクシーを捕まえようとする。

「お願いします!!」

 大きく手を振った花音の前に、緑色のランプに『空車』と表示された車体が停まった。

「ありがとうございます」

 車に乗り込み、花音は祖母の家の住所を告げる。

 静かに走り出した車内で、花音はスマホを取りだし祖母の家に電話を掛けた。

 しばしのコール音のあと、『はい、海江田でございます』と安野の声が聞こえる。

「安野さん? 遅い時間だけどこれからそっちに向かいますって、お祖母ちゃんに伝えてください」

『分かりました。お泊まりになりますか?』

 ピアノの力が働いたなら、恐らく花音の姿はそこから消えるだろう。

 けれどひとまず泊まるという事にしておく。

「そうします。あと、練習室Cのピアノを弾かせてほしいんです。遅い時間だけど、一曲だけ」

『防音になっていますから問題ありませんが……。急ですね?』

「どうしても必要なんです! お願いします!」

『分かりました。お待ちしていますね』

 そのあと、花音はギュッと自分を抱き締め、興奮を静めた。

 上手くいくかどうか分からない。

 けれど、今の自分と秀真を救ってくれるのは、あのピアノしかない。

(助けて……。梨理さん……)

 震える手でスマホを開き、花音は秀真とのトークルームを開いた。

 まだ彼が生きていた時の、甘く優しいひとときを思いだし、知らずと涙が溢れて止まらない。

(必ず……っ、助けますから!)

 秀真からの『好きだよ』という言葉を目にして、花音は嗚咽しながらスマホを抱き締めた。
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