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1. 知人の友人
「…代金ちょうだい」
「ほらよ」
差し出した手に乗せられる金を握りしめて彼女は「また飲みに来てよね」と営業スマイルを浮かべて男の部屋をあとにする。
背中を向けた瞬間から浮かべた営業スマイルは消えて、背後にいる相手のことなど無関心とでも言いたげな顔で扉を閉めた。
赤みがかった金の髪は毛先を軽く巻いて、通りがかりにいい香りが微かに残るよう配慮。
唇は荒れた状態になど絶対にしないし、化粧だって完璧。
営業スマイルだってお手の物。
男の目を引く大きな胸が寧ろ目立つような服を選び、酒場で料理を運ぶ給仕の従業員として仕事に精を出していれば時折夜の相手をしないかと声を掛けられて、相手の顔がそれなりに好みなら相手をしたりもしてその分の代金を受け取る。
田舎町から家出同然で大きな町へ出てきた身としては、お金を稼げるのであれば、彼女にとって自分の体でも充分に武器であり商売道具だ。
月に一回程度とはいえ、それが当たり前の生活を始めてもう二年か、などと考えながらまだ薄暗くて寒い明け方の町を自宅へ向けて歩く。
今夜も酒場で仕事。それに備えてちゃんと眠りたい。
というか、さっきのヤツも全然だった。最低。
胸ばっかり。こっちの準備もできてやしないのに突っ込んできて最悪。
しばらく痛かったりするかな。
自宅へ近づくごとに相手を罵る言葉が頭に浮かんでは消え、つい歩く足に力も入る。
お金を得るためとはいえ、顔以外で興味が一欠片もない男の相手は疲れるばかりだ。
もうこういうのは辞めようかな、なんて考えてしまう。
「……はあ」
誰に聞かせるでもなく大きなため息を吐き出して、彼女は町の北西にある住宅街の中にある集合住宅のうちの一つの扉を開けた。
小さな個室なのに大きめのベッドにしたのは、眠る以外をこの部屋でしないため。
年に四回開催される町の祭りで叩き売られていた不思議な形の洋服タンスには、ほとんど服は入っていない。空っぽの引き出しも多くて、細々とした小物を入れているほどだ。下着と出勤用を含めた服が数着、あとは物もあまりない部屋。
極稀に花屋ラリッサの店長から口説き文句と共に渡される生花を飾るための花瓶が、現在は空の状態で明るい朝の光が差し込み始めた窓際にぽつりと置いてあるだけ。
質素、簡素というよりは物がない。
持たないというより、買う余裕がない。
食事は酒場で従業員用に賄を食べさせてもらえるし、キッチンも要らない。
キッチンも無いから家賃も安い。
お風呂だけは困るから、お風呂持ちの従業員の家で時々入らせてもらう。
服も食事も最低限にしているのは、稼ぐ資本の体に投資しているためで贅沢はしていない。それでもお金は足りず日々カツカツだ。
「……昼過ぎまで寝よ」
独り言を口にしながら服をタンス横に一脚だけ置いてある椅子に投げると、ゆったりとしたシャツ一枚で彼女は布団に潜り込む。
普段なら昼から酒場で働く。少しでも稼ぎたいからだ。
だが昨夜は別件で稼いだから今日は夕方から出勤することを前日である昨日のうちに酒場のマスターには伝えてある。
大きめのベッドでゆったりと眠れるなんて幸せだと眠たい頭でぼんやりと考えながら、目を閉じた。
それから昼過ぎまで寝て起きると、出勤の準備。
箪笥の引き出しを開けて、少し前に買った可愛らしい服を着ようか少しだけ悩んで、やめる。
白基調で長袖は丸く、スカート部分は黒でメリハリがあって上品にも見えるからつい衝動買いしてしまったものだが、自分には合わない気がして買ってから結局一度も着ていない。
それで選ぶのはやっぱりいつもの胸を強調したもの。
黒と赤の膝丈ワンピース。可愛い服は似合わないとわかっていても、やっぱり着たいときだってある。
…なんてことを鏡の前で全身を確認しつつ一息ついてから、ようやく家を出た。
国を四つに分けた東地域の中で特に大きなこのフォルナクスという町には、南北を繋ぐ大きな街道と東西を繋ぐ狭めの町道があり、職場となる酒場はこの大きく広い街道沿いの南東に位置する。
商店が多いために賑わっている町道を一人で酒場へ向けて歩く。
「お疲れさまでーす」
酒場に足を踏み入れると、昼から滞在している飲んだくれた男たちが奥の従業員用の部屋へと向かうために通りがかる彼女に声を掛けてきた。
「アゲート、ようやく出勤かー?」
「はーい、そうでーす」
「酒を注いでくれ~」
「後ででいいなら、良いですよー」
営業スマイルで対応しつつ奥にある従業員用の部屋へ。
そこには仕事着も置いてあり、軽食もあるから、まずはそこへ入ると一旦彼女は串焼きなど準備されているものを口に放り込む。
ああお腹すいた。
従業員用に食べられる賄が常に置いてあるなんて、冷えていたとしてもここは本当に最高。
なんてちょっとした幸せを感じつつ、仕事着である赤くて丈の短いスカートと胸元が強調されるようなフリルの白いブラウスに着替えてから部屋を出て仕事開始。
そんないつもと変わらない日常を過ごしていたが、アゲートにとって今日は少し変わった出会いがあった。
「ジャスパだ、お久~」
「おー」
少しだけ他より離れた酒場の角にある小さめのテーブルに見慣れた姿を見つけてアゲートは手が空いたところで明るく声を掛ける。
白の混じったような明るい金髪と綺麗な新緑色の瞳。赤い長めのジャケットが目を引く、新進気鋭の冒険者としても有名な男だ。
アゲートに夜の相手の話題を全く言わない人物でもあって、彼女の中での好感度はやや高め。
話を聞いていると、だいぶシスコンを拗らせているようなので、そこまで異性に興味はないのかもしれないが。
そんな彼が珍しく自分たちと変わらない年齢に見える男を連れて来ていた。
仕事仲間として若かったり年配だったりいろんな相手を連れてくることは多々あるが、初めて見る顔だったのでアゲートはいつもの営業スマイルを浮かべて挨拶。
「お兄さんもいらっしゃーい」
「ありがとうーよ~」
珍しい喋り方をするその男はへらへらとした口元でそう軽口を返しながら、正面に座るジャスパと楽しげに話している。
大きめの黒い帽子が椅子の背に掛けられ、腰あたりまである赤くて猫っ毛な髪は一つ結び、色のついたメガネのせいで表情は読めない。
もしかしたらメガネの向こうでは視線が胸を見ている可能性もあるが、彼女にとってこのような対応されることはたまにある。だが珍しいほうだ。
特に男なら、胸に目が移動していくのが見ていて分かるほどなのに、顔がチラリともしないのは本当に珍しくて。
営業スマイルのまま、アゲートは尋ねる。
「初めて見る顔だけど、お兄さんはなんて名前?」
「ベリルだーよ」
やっぱり面白い喋り方をする男だとアゲートはベリルを見て感じた。
しかも話すときこそこちらを見るが、それ以外はジャスパに向かい合って話している。この男は女に興味がないのだろうか、それとも目の前にいるジャスパと同じように興味の向く対象が他と違うのだろうか。
俄然興味が湧いた。
…が、だからといって自分から誘うことは無いので彼女はそのまま仕事を続ける。
チラリと見る男二人は何やら楽しそうだ。
「よぉアゲート。今夜どうだ?」
酒場の一角をたまにチラ見しているアゲートへ、飲んで顔が赤い年上だが顔はそこそこ好みの範疇である男が一人声をかけて来た。
酒臭くて顔を顰めたくなるのをぐっと我慢して彼女は営業スマイル。
「今夜はもう先に予定あって無理なんだー、ごめんね。またね」
「そうかい、そりゃ残念だあな。また誘うからそんときゃよろしく」
「はーい」
こいつも胸ばっかりだったなー、なんて笑顔の裏で毒づく。
手を振って、酔っ払いの男を見送った。
ふうと息をついてからまた仕事を再開。大勢の人で賑わう時間が過ぎて一息ついた頃には、ジャスパたちは帰宅したようで店内に姿はなくなっていた。
もうちょっと話してみたかったかも。なんてことを頭に浮かべてしまっている自分にアゲート本人も驚きつつ、この日は静かに終えていった。
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