たくさんのキスをして

白井はやて

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17. 様子がおかしい

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 南のレダという村から戻って数日。
 何故なのかアゲートは分からないのだが、ベリルがどこか落ち着かない。
 そわそわしているようにも見えるし、かなり挙動不審だ。
 まず、北西地区にあった集合住宅から完全に引っ越す際に布団は処分したらどうかと言われた。仕事へ出る前は運べばいいと言っていたのに。
 枕が盗難にあって誰が触ったか分からない以上、持っていても使わない可能性を考えると処分するのもいいかとアゲートは考えを改めたが、不思議だった。
 ベリルが戻るまでの数日、お世話になっていたシェルの家に荷物を引き取りに行くときも付いてきた。そんなに大荷物ではないから一人で行くと伝えたが、ベリルは付いてきてシェルと何やら小声で言葉を交わしていた。
 途中、肘でシェルから突かれてどことなく不服そうにも見えたが、

「ベリルが仕事になったら泊まりおいでよ、また三人で語りたいな」
「ぜひ!」

 シェルの笑顔の誘いに乗ったときには何も言わないどころか、どこか嬉しそうなのは不思議でたまらず首を傾げるしかない。
 何かあったのだろうか?
 聞きたいが、聞いたところで言わないだろうなと悩んでいた。
 だがその日の夜になり、仕事をしている酒場にベリルを含め五人で訪れて食事を始めた姿を見て、様子が変だというのは気のせいだったかもと思い直した。
 お酒は好きじゃないということで飲んではいなかったが、ただ楽しそうな雰囲気がそこにはあった。
 一人は驚くほど筋肉質で背も高く体格の良い壮齢の男。年齢が周りから離れているので、彼が酒場で稀に噂で聞くデトイドなのだろう。全身黒い服なのは意図したものかは不明なものの、噂で聞くよりも気のいいおじさんのようにアゲートは見えた。
 唯一の若い女性がジャスパの妹の、アデュリリアだろう。成人したてというだけあって、若くて可愛らしい。
 仕事から戻ってすぐに体調を崩したと話しに聞いていてまだ病み上がりだということもあってか、やたらと何か勧められて困っているようにも見える。
 そしてそのアデュリリアの左右に、彼女と同じ年頃の男性が一人ずつ。どちらかが、ベリルが何度か名前を口に出したことのあるバルトだとは思うが、アゲートはそこにまで気にはせず、注文を受け、料理を運んでと忙しく動き回る。
 時折、手が空いた際に五人をチラリと見た。
 やはり楽しそうだ。
 最近様子が違ったから気にしていたが、やはり杞憂だったのだろうとアゲートは笑顔を浮かべながらも一息。仕事へ集中することにした。
 それから数日過ぎ、夏祭りが開催される当日になっても彼は落ち着かない状態。
 話しには普通に応じるし、祭りに参加するため仕事で町の外へ出ることもなく、アゲートの日常に存在しているのはとても嬉しいことなのだが、気もそぞろな状態なので何かあるのだろうなと寂しくも感じていた。
 とはいえ祭りは楽しみでもあったわけで。
 気にはなりつつも、気持ちを切り替えて彼と夏祭りを楽しむことにした。
 町の中心にある大きめの噴水辺りから、南北をつなぐ街道沿いや東西を繋ぐ町道沿いには色々な夏の花が飾られている。
 通りの上には紐で吊るされた旗と、丸い明かり。
 行き交う人も多くて、美味しそうな匂いも漂ってくる。
 そんな賑わう祭りに参加するために服屋と領主が主催している貸し出しされているたくさんの服を睨みながら、アゲートは一人決めかねていた。
 可愛らしいワンピース、色気のあるワンピース。
 スカートの長さも短いものから足首まで隠れる長いものまで、様々。
 しかもデザインは似ていても、色合いが違えば与える印象だって違う。
 少しだけでもベリルから可愛いとか綺麗とか、感情を持ってもらいたい。言わなくてもいいから。

「んーーー……」

 腕を組んで悩んだ末に結局いつもと似た、胸元が大きく見えるものを選んだ。
 全体は黒いが、後ろにかけてスカートが斜めに長いフィッシュテールスカートがひらひらと重なっていく。裏地が赤いので、動くたびに色っぽく見えるものだった。
 同じ黒でも、リボンが付いている後ろから見ると重ね着された白いレーススカートが見える仕様で、正面から見れば上品なただの袖に黒いレースを添えたワンピースにかなり心揺れたが、可愛いは似合わないだろうと断念する。
 着替えのための個室の中で、明日同じ服を見かけたら一人試着してみるのもいいかもしれないなんて考えながら、試着室から出て外へ。
 それから待っていてくれた彼と共に賑わう祭りへ歩き出した。
 祭り用の貯金は少ないけどあるので、厳選して美味しそうなものを食べたり、気に入った雑貨や服など買えたらいいなとベリルの隣を歩きながら考えていると。
 多く行き交う人の中の一人を、ベリルが目で追っていることに気がついた。
 黒地に赤とピンクの花がら袖がひらりと長く、羽織っているように見えるが大きな赤い腰布を結んで巻いてその下の黒いシンプルなスカートと重ねている。上品で可愛いのに色気のあるドレスにも見えるワンピース姿の女性が一人歩いている。
 上品なのが好きなのか。
 ただ色気のあるものより、そうだよねぇ……なんて落ち込んでいると、珍しく一人で笑ったベリルが彼女へ目を向けた。

「珍しいーよ、おいらの一族の民族衣装にそっくりーね」
「……そうなんだ」
「あのヒトの知り合いにいるのかもしれないーね」

 最近の落ち着かない様子が嘘なほど、目の前で笑うベリルが楽しげだ。
 祭りを楽しんでいるならいいかとアゲートも釣られて笑って、何気なく尋ねてみた。

「ベリルの一族って、どこ辺りに住んでいるの? あまり見ない衣装だよね」
「上行って右行ってから下降りてずっと左に進んでからたどり着いたところーよ」
「?? ど、どこ?」

 説明されたようなものに感じたが、頭の中に覚えている限りの周辺地図を思い浮かべてもいまいち理解できずにアゲートが顔をしかめると彼はただ笑っている。
 これは説明する気がないのかもしれない。直感的にそう気づいて、その話しをするのはやめた。
 振り向き改めて見るベリルの一族の民族衣装に似ている服は、レンタルに似たものがあったような気がして、もしも見つけたら明日着てみるのもいいかもしれない。さっき見た可愛いワンピースは延期だ。
 似合うとか可愛いとか言われたら嬉しいが、きっと言わないだろう。
 そこには少し寂しく思うものの、そういう関係ではないのだから当たり前だ。
 今日だって、誘われたから一緒にいてくれるだけで。
 胸の内でため息をついたところで、露店の飲み物に目が留まった。ピンク色の、花屋のジルが飲ませてくれたものに似ているものを、購入した客たちが手にしながら歩いている。

「ちょっとアレ買ってくるね」

 隣にいてくれるベリルに指差しで伝えてから、アゲートは小走りで露店へ。
 飲まないだろうから、一人分だけ購入して店先から数歩離れたところで足を止めて一口飲んでみると、予想的中。ジルにもらったものと同じだ。
 店先に書かれているのは、タルヴォスという海に面した自分の故郷から西に進んだ国南の町の特産品名。甘酸っぱい味と香りから、日差しの強い地域で取れる果物でも入れているのかもしれない。
 美味しいし、美容にも良いと話してた記憶があって、また買えるといいなと気分が高揚したとき。

「よおアゲート」

 まとわりつくような気持ちの悪い笑みを浮かべて近寄ってきたのは、顔だけしか良いところがない酒癖の悪い男。
 以前ベリルの声掛けで退散してくれた男が、またやって来た。
 祭りのためか、早々に酔っ払っているようだ。赤い顔で、思い切りぐいと腕を掴まれる。

「いつも男を取っ替え引っ替えして楽しそうだよなぁ」
「今は、してません。もう辞めたから……っ離して」
「はああ?」

 酒臭い息を吐く男が眉間を寄せて、まるで見下すような顔と声を口にしたときだった。

「こわ~い彼女に見つかるーよ?」
「!」

 前と同じように、その男がびくっと体を震わせて周囲を見回す。
 赤い顔がまた青ざめて、それでも弱みを見せたくないのか、汗を流しながらベリルを睨んだ。

「お、おま、っまたかよ……!」
「怖い彼女を大事にしないと不幸まっしぐら。忠告してやるから気をつけて」
「クソッタレが!」

 蔑む言葉を投げつけて、青い顔のままどこかへ走っていく姿を二人並んで見送る。

「また助けてもらったね、ありがとう。お礼に、美味しいこのお茶を一口いかが?」

 見上げて、買ったばかりのピンク色のお茶が入ったカップを差し出すと、受け取って一口。

「あ、……うま」

 思わずぽろりと溢れた素直な感想にアゲートは笑って「だよね」と相槌。
 どこか恥ずかしそうに口元を抑えたベリルもまたメガネの奥で笑う。
 落ち着かない様子に見えたけど、やっぱり問題なさそう。アゲートはそう考えてホッとした。

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