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25. 心温まるひととき
しおりを挟む「泡のお風呂?!」
「なにそれ!」
「以前お世話になったルチルさんから、最近作ったから試作品買わないか声を掛けられて。せっかくなので、買ってみたんです」
「泡のお風呂って、え、泡だらけになるの? どういうことなの?」
「でもあのルチルか~…、大丈夫なのそれ」
「発案者はジャスパの妹さんらしいですよ、一緒に作ったとか」
「あ、じゃあ安全だわ」
夏の暑さも本格的な日差しの強い、ある日中。
珍しくマリーと同日に仕事休みをもらえたために三人で集まっているとき、アゲートは小袋を二人へ見せた。
心配げな顔をしたシェルは以前冒険者をしていたためなのか、薬草屋を営むルチルのことを知っているようだ。
眉間を寄せて渋い顔をしていたが、発案者が別と聞いて安心したらしく、ころりと表情を変えた。
そんな彼女も含めて三人でシェルの家に集まって、ダイニングテーブルの上に買った袋の中身を取り出していく。
花がら模様の袋はピンク色の紐で結ばれていて、中身を出してみると、オレンジ色の液体が入った透明のガラス小瓶とドライフラワーにされたピンク色の花びらが数枚。
「お湯を溜めてからこれを入れてかき混ぜてみて! ってルチルさんが教えてくれて。できれば使用後の感想を聞かせてくれるとありがたいということだったので、三人で一緒に入りませんか?」
それらを見せながら、アゲートは二人を誘う。
マリーの目は輝いていて興味津々。シェルはルチルが絡んでいることに疑心暗鬼らしく、再び顔をしかめてはいたが。
「気にはなるし、入ってみようかな…まあ何かあればルチルを締め上げることにしようそうしよう」
何度も一人で相槌を打ち、拳を握りしめている姿はある意味で狂気じみていたが、アゲートやマリーは苦笑するもののそれに対して意見をすることはなく。
シェルの家の湯船にて、試してみることに。
「えーっと確か。ベリンダのクロージという石鹸のエキス? 成分? を抽出?? して香油と混ぜて……」
「簡単で良いから説明書入れなさいと伝えないとね」
買った際に聞いた言葉を思い出そうとしても、聞き慣れない単語は自信がないらしくアゲートが首を傾げながら話すのを聞いてシェルが困ったように肩を竦めた。
お湯が溜まるのをひたすら待っていたマリーから促され、ガラス瓶の中身をアゲートが湯船に垂らす。
透明だった湯がほんのりオレンジ色へ変わったため、手でかき混ぜていく。
段々と泡が湧き上がり、湯船の中が泡で満たされていくのを見ているうちに三人は楽しくなってしまい、入るのも忘れて夢中で泡作り。
出来上がった泡を手で掬ってみたり、ノースリーブの服で晒されている腕に付けてみたり。手に乗せた泡を吹いてみたり。
はしゃぐ声をあげながら、一時間以上遊んでしまい、最終的に泡が立たなくなってしまった。
「入る前に泡が出来なくなっちゃいましたね」
「いやー、遊んだね!」
「試作品だっけ? また売るかな、今度はちゃんと入らなきゃ」
笑い合いながら三人で泡だらけになった体をお湯で洗い流し、着替えてさっぱりしてから夕方頃にショッピングへ。
主に夕飯の材料を買い、暑いからさっぱりしたものを食べようと語り合う。
一人暮らしの長さゆえかシェルは料理が上手い。
彼氏と同棲しているというマリーもまた、それなりに上手なため、アゲートはそんな二人の手際の良さを調理中はひたすら眺めることになる。出来なくはないが、上手くはない。
どちらかといえば酒場の賄を食事としているために、作る機会が上京してから皆無になっていたことで調理の腕が上がるはずもないが。
テーブルを片付けて完成した食事を運んだり皿を出したりの手伝いを経て、揃ったところで夕飯へ。
茹でた細麺の上に細切りにした野菜を乗せてタレで食べるメイン料理と卵のスープ。シンプルだがタレが美味しくて、口元を抑えつつ興奮気味にアゲートが目を輝かす。
「これ、美味しいですね!」
「ちょっと大人用にピリ辛仕上げだからかも~」
タレを作ったマリーが得意げに笑い、三人で楽しく食事を済ませる。
食後のお茶を飲みながら一息ついたところで、アゲートが二人に告げた。
「この前、花飾りの参考にしようと思って花屋ラリッサに行ったんです。そこでジルから、まだら模様のララバの話しを聞いて、昨日遅番だったので仕事前にギルドへ依頼しようかと考えて声を掛けてきました。上手くいくだろうから彼らに頼んだらいいってベリルが話していた子たちに」
「ララバの花って花びらが重なって綺麗よね、まだら模様の品種もあるのね」
「上手くいくって言うくらい、あいつが信頼しているんだ」
「断言してたので、信頼してるんだと思います。ジャスパの妹さんもいるんですよ」
シェルの言葉にアゲートは頷いて笑い、続ける。
「ラリッサにはなかったんですが、まだら模様のララバの花って『大切な人』と『あなたを忘れない』って花言葉だそうで。それを聞いて直感的にですが、センさんにあげたいなって考えて。ベリルの好きな人の応援するのも変な感じですけど、…やっぱり優しい人に嫌な態度は取れなくて。人の不幸を願うようにはなりたくないなって」
照れ笑いを浮かべて報告する彼女を二人は見つめてから、
「本人が納得しているなら、それが最善なんだよ」
「優しいねぇ」
それぞれ感想を述べてきたため、お茶を口にしてからアゲートは照れを誤魔化す。
「体調も含めて落ち着くまで二十日以上掛かっちゃいましたが、長く気遣ってくれてありがとうございます」
「痩せすぎて心配だったけど、落ち着いてくれてホッとしたよ」
「だよねー」
二人の明るい声と否定のない肯定はアゲートにとってありがたいもの。
今できることは少ないが、二人が困ったときに味方になれればと胸の内で心に決めてまたお茶を口にした。
タイミングよく全員がお茶を飲み、しんとした静寂が一瞬部屋を包んだあと、先に飲み終えたらしいシェルが声を弾ませる。
「そうそう、次二人が同日に休めるのって月末の十日後くらいでしょ? その日はお酒買い込んで家で飲まない? おつまみとか買ったりしてさー、甘いものも取り揃えて!」
「いいね、楽しそう♪」
「次の日は二人とも仕事だし、早い時間から飲みだしちゃおっか」
「早い時間からなんて贅沢ぅ!」
二人のお酒に対する反応を見て笑いながら聞いてみる。
「二人はお酒強いんですか?」
「シェルはかなり強いね、酔わないんじゃない? 私は量飲まないかなー」
「何言ってんの、あんたは量飲まないんじゃなくて弱いんだよ。すぐ潰れるじゃない」
やっぱり仲がいいなと思いながらアゲートが話しを聞いていると、マリーから「アゲートは?」と聞き返された。
シェルもまた視線を向けたので苦笑しつつアゲートも素直に答える。
「一杯くらいなら付き合いで飲んだことあって、そのときは酔ってないんですが…それ以上飲んだらどうなるやら」
「へえ、じゃあ試してみるのもいいかもね。私がどれくらいまでなら大丈夫か見といてあげる」
全く酔わないらしいシェルがそう言ってくれたので、頷いて返す。
酒場に勤めているものの、飲む機会はあまりない。お酌をするような店ではないからだし、こうやってシェルやマリーと一緒に過ごすようになってから人付き合いが増えたくらいだったアゲートは自分がどれだけ飲めるのか知らない。
せっかくだしたくさん飲んでみたいかも、と十日後が楽しみになってお茶をまた一口飲んだ。
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