たくさんのキスをして

白井はやて

文字の大きさ
25 / 31

25. 心温まるひととき

しおりを挟む

「泡のお風呂?!」
「なにそれ!」
「以前お世話になったルチルさんから、最近作ったから試作品買わないか声を掛けられて。せっかくなので、買ってみたんです」
「泡のお風呂って、え、泡だらけになるの? どういうことなの?」
「でもあのルチルか~…、大丈夫なのそれ」
「発案者はジャスパの妹さんらしいですよ、一緒に作ったとか」
「あ、じゃあ安全だわ」

 夏の暑さも本格的な日差しの強い、ある日中。
 珍しくマリーと同日に仕事休みをもらえたために三人で集まっているとき、アゲートは小袋を二人へ見せた。
 心配げな顔をしたシェルは以前冒険者をしていたためなのか、薬草屋を営むルチルのことを知っているようだ。
 眉間を寄せて渋い顔をしていたが、発案者が別と聞いて安心したらしく、ころりと表情を変えた。
 そんな彼女も含めて三人でシェルの家に集まって、ダイニングテーブルの上に買った袋の中身を取り出していく。
 花がら模様の袋はピンク色の紐で結ばれていて、中身を出してみると、オレンジ色の液体が入った透明のガラス小瓶とドライフラワーにされたピンク色の花びらが数枚。
 
「お湯を溜めてからこれを入れてかき混ぜてみて! ってルチルさんが教えてくれて。できれば使用後の感想を聞かせてくれるとありがたいということだったので、三人で一緒に入りませんか?」

 それらを見せながら、アゲートは二人を誘う。
 マリーの目は輝いていて興味津々。シェルはルチルが絡んでいることに疑心暗鬼らしく、再び顔をしかめてはいたが。

「気にはなるし、入ってみようかな…まあ何かあればルチルを締め上げることにしようそうしよう」

 何度も一人で相槌を打ち、拳を握りしめている姿はある意味で狂気じみていたが、アゲートやマリーは苦笑するもののそれに対して意見をすることはなく。
 シェルの家の湯船にて、試してみることに。
 
「えーっと確か。ベリンダのクロージという石鹸のエキス? 成分? を抽出?? して香油と混ぜて……」
「簡単で良いから説明書入れなさいと伝えないとね」

 買った際に聞いた言葉を思い出そうとしても、聞き慣れない単語は自信がないらしくアゲートが首を傾げながら話すのを聞いてシェルが困ったように肩を竦めた。
 お湯が溜まるのをひたすら待っていたマリーから促され、ガラス瓶の中身をアゲートが湯船に垂らす。
 透明だった湯がほんのりオレンジ色へ変わったため、手でかき混ぜていく。
 段々と泡が湧き上がり、湯船の中が泡で満たされていくのを見ているうちに三人は楽しくなってしまい、入るのも忘れて夢中で泡作り。
 出来上がった泡を手で掬ってみたり、ノースリーブの服で晒されている腕に付けてみたり。手に乗せた泡を吹いてみたり。
 はしゃぐ声をあげながら、一時間以上遊んでしまい、最終的に泡が立たなくなってしまった。

「入る前に泡が出来なくなっちゃいましたね」
「いやー、遊んだね!」
「試作品だっけ? また売るかな、今度はちゃんと入らなきゃ」

 笑い合いながら三人で泡だらけになった体をお湯で洗い流し、着替えてさっぱりしてから夕方頃にショッピングへ。
 主に夕飯の材料を買い、暑いからさっぱりしたものを食べようと語り合う。
 一人暮らしの長さゆえかシェルは料理が上手い。
 彼氏と同棲しているというマリーもまた、それなりに上手なため、アゲートはそんな二人の手際の良さを調理中はひたすら眺めることになる。出来なくはないが、上手くはない。
 どちらかといえば酒場の賄を食事としているために、作る機会が上京してから皆無になっていたことで調理の腕が上がるはずもないが。
 テーブルを片付けて完成した食事を運んだり皿を出したりの手伝いを経て、揃ったところで夕飯へ。
 茹でた細麺の上に細切りにした野菜を乗せてタレで食べるメイン料理と卵のスープ。シンプルだがタレが美味しくて、口元を抑えつつ興奮気味にアゲートが目を輝かす。

「これ、美味しいですね!」
「ちょっと大人用にピリ辛仕上げだからかも~」

 タレを作ったマリーが得意げに笑い、三人で楽しく食事を済ませる。
 食後のお茶を飲みながら一息ついたところで、アゲートが二人に告げた。

「この前、花飾りの参考にしようと思って花屋ラリッサに行ったんです。そこでジルから、まだら模様のララバの話しを聞いて、昨日遅番だったので仕事前にギルドへ依頼しようかと考えて声を掛けてきました。上手くいくだろうから彼らに頼んだらいいってベリルが話していた子たちに」
「ララバの花って花びらが重なって綺麗よね、まだら模様の品種もあるのね」
「上手くいくって言うくらい、あいつが信頼しているんだ」
「断言してたので、信頼してるんだと思います。ジャスパの妹さんもいるんですよ」

 シェルの言葉にアゲートは頷いて笑い、続ける。

「ラリッサにはなかったんですが、まだら模様のララバの花って『大切な人』と『あなたを忘れない』って花言葉だそうで。それを聞いて直感的にですが、センさんにあげたいなって考えて。ベリルの好きな人の応援するのも変な感じですけど、…やっぱり優しい人に嫌な態度は取れなくて。人の不幸を願うようにはなりたくないなって」

 照れ笑いを浮かべて報告する彼女を二人は見つめてから、

「本人が納得しているなら、それが最善なんだよ」
「優しいねぇ」

 それぞれ感想を述べてきたため、お茶を口にしてからアゲートは照れを誤魔化す。

「体調も含めて落ち着くまで二十日以上掛かっちゃいましたが、長く気遣ってくれてありがとうございます」
「痩せすぎて心配だったけど、落ち着いてくれてホッとしたよ」
「だよねー」

 二人の明るい声と否定のない肯定はアゲートにとってありがたいもの。
 今できることは少ないが、二人が困ったときに味方になれればと胸の内で心に決めてまたお茶を口にした。
 タイミングよく全員がお茶を飲み、しんとした静寂が一瞬部屋を包んだあと、先に飲み終えたらしいシェルが声を弾ませる。

「そうそう、次二人が同日に休めるのって月末の十日後くらいでしょ? その日はお酒買い込んで家で飲まない? おつまみとか買ったりしてさー、甘いものも取り揃えて!」
「いいね、楽しそう♪」
「次の日は二人とも仕事だし、早い時間から飲みだしちゃおっか」
「早い時間からなんて贅沢ぅ!」

 二人のお酒に対する反応を見て笑いながら聞いてみる。
 
「二人はお酒強いんですか?」
「シェルはかなり強いね、酔わないんじゃない? 私は量飲まないかなー」
「何言ってんの、あんたは量飲まないんじゃなくて弱いんだよ。すぐ潰れるじゃない」

 やっぱり仲がいいなと思いながらアゲートが話しを聞いていると、マリーから「アゲートは?」と聞き返された。
 シェルもまた視線を向けたので苦笑しつつアゲートも素直に答える。

「一杯くらいなら付き合いで飲んだことあって、そのときは酔ってないんですが…それ以上飲んだらどうなるやら」
「へえ、じゃあ試してみるのもいいかもね。私がどれくらいまでなら大丈夫か見といてあげる」

 全く酔わないらしいシェルがそう言ってくれたので、頷いて返す。
 酒場に勤めているものの、飲む機会はあまりない。お酌をするような店ではないからだし、こうやってシェルやマリーと一緒に過ごすようになってから人付き合いが増えたくらいだったアゲートは自分がどれだけ飲めるのか知らない。
 せっかくだしたくさん飲んでみたいかも、と十日後が楽しみになってお茶をまた一口飲んだ。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

【完結】ハーレム構成員とその婚約者

里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。 彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。 そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。 異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。 わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。 婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。 なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。 周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。 コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。

ジルの身の丈

ひづき
恋愛
ジルは貴族の屋敷で働く下女だ。 身の程、相応、身の丈といった言葉を常に考えている真面目なジル。 ある日同僚が旦那様と不倫して、奥様が突然死。 同僚が後妻に収まった途端、突然解雇され、ジルは途方に暮れた。 そこに現れたのは亡くなった奥様の弟君で─── ※悩んだ末取り敢えず恋愛カテゴリに入れましたが、恋愛色は薄めです。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの? こちらは恋愛ファンタジーです。 貴族の設定など気になる方は、お避けください。

伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

処理中です...