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26. 敵わない
しおりを挟む頭が少し痛くてアゲートは目が覚めた。
喉も乾いたからお水を貰おうとまだ重たい瞼を擦りながら体を起こして始めて寝る前と何かが違うことに気づく。
見覚えのある部屋にベッド。
隣に誰かいる。
寝ぼけながらも視線を動かして、隣で肘をついて横向きで伸び伸びと寝転んでいる相手と目が合った。
「目覚めたーね?」
「………………っえぇ!??」
少なくとも昨夜まではいなかったはずの人がそこにいて、彼女の頭は一気に覚醒。思わず大声をあげてしまい、自分で口を手で押さえてから恐る恐る尋ねた。
「え、……え、なんで?」
「夜中に戻ったーね」
「で、でもあたしシェルさんの家にいた、はず……?」
混乱しているのが丸わかりな表情と動揺している声にベリルが体勢を動かすことなく、いつもの温かな赤い目を細めて笑顔を浮かべて説明。
「酒場も閉店しているし、家にもいないから居場所だけ確認しようとシェルの家へ行った。酔っ払ってたから置いて帰ろうとしたら、一緒に帰ると言って離れなくなったから、今ここにいる。理解した?」
「……り、かいしました」
笑顔の言葉に顔が熱いながらも頷くが、アゲートはやはり首を傾げる。被っていた薄手の掛け布団を握りしめて気になったらしいことをもう一つ聞いてきた。
「あの、……変なことしてない、…よね? 一緒に帰ると言ったことも全然覚えてない…」
「おいらからは変なことしてないーね? アゲートからは押し倒されたけど」
「変なことしてるし!」
聞いた途端真っ赤になったアゲートは握りしめていた布団を顔から覆い被り、顔を見えないようにどころか姿さえ隠してしまったため、その様子を側から見つつベリルは優しく目を細めて口元を綻ばせる。
被った布団の中にいる人からは、「恥ずかしすぎる」やら「もー…」などと言葉にはできていないものが微かに聞こえてきたので、体を起こして話しかけた。
「今日は仕事?」
「……うん、昼から。…あ、荷物!」
布団から顔を出したと同時にベッドから降りて荷物を探しに移動する。この寝室を見回してからクローゼットを覗き込み、ダイニングへ向かって動き回る音が聞こえてから戻ってきた。
困った顔を浮かべて戻ったアゲートは荷物がないことを伝えてきたため、一緒に取りに行くとにした。
出勤する用の服にも着替え、化粧まで終わらせたアゲートと二人でシェルの家に向かい戸を叩くと、中から「はいはーい」という声と出てきた顔。
明るい外の日差しに少しばかり目を細めたが、そこにいるのがアゲートとベリルだと気づいて微笑む。
「荷物でしょ?」
「そうなんです」
「入って取ってきなよ、マリーは奥でダウンしてる」
開いた戸の向こうへとアゲートが普段通り入っていくのをベリルがその場で見送っていると、奥から二人の話し声が聞こえてきたために、シェルが扉の枠に寄りかかってどこか申し訳なさそうに切り出した。
「昨夜はごめん、酔っててかなり調子良く余計なこと言ったね」
「気にすることないーよ、友人なら釘刺したくもなるのはわかるーね」
笑うベリルに、シェルはやはり戸惑った様子だったが。
背後へ目をやってから、音量を落として聞いてきた。
「ねぇ、ちょっと聞かせてよ。そんなに伝えることが難しい?」
メガネの奥からシェルを見て、黙ったままで家の壁に寄りかかったベリルは俯きながら小さく答えた。
「言えるものなら、行動を起こせるならどんなに楽か。……おいらだって縛られることなく普通に生まれて、生きたかったよ」
「……踏み込み過ぎだねごめん」
諦めにも似た横顔を見て何か察したらしいシェルがやはり申し訳なさげな顔で呟いたので、口元だけ笑みを浮かべたあとベリルは頭を左右に振る。
「さっきも言ったーね? シェルが気を病む必要はないーよ」
彼がそう言い終えたところで、奥の部屋からマリーと共にアゲートが言葉を交わしながら戻ってきた。
仕事について語ったあと、夕方からの出勤らしいマリーや家主であるシェルに手を振って二人は酒場へと足を向けて歩く。
昼過ぎの町はよく賑わい、人の通りも多い。南西地区の路地から出てギルドと酒場の人の波が途切れた真ん中辺りでベリルが足を止めた。
普段なら他愛無い会話を交わして笑い合うというのに、シェルの家を離れてからどちらも会話のきっかけを出せずにいたのだが、目を伏せるように彼は優しい言葉をかける。
「夜にまた迎え来るーよ」
「うん」
メガネの奥で笑いながら酒場へ入っていく姿を見送る。
彼女もまたそんな彼に手を振り、店内へ足を踏み入れてから首を傾げた。
いつも優しい人だが、ちょっと雰囲気が違ったような?
早くから出勤している同僚たちへ挨拶を掛けながら不思議な心地になったが、店内に知り合いの姿を見つけて声を掛けるために気を取り直すと、そちらへ足を向けた。
そこにいたのはセンへ渡す花を探しに行ってくれていた三人組だ。
ジャスパの妹もいる。
ベリルの言う通り、注文したものよりも良いものを運んできてくれたため、優しく受け取って深くお礼を伝えた。
「ほんっとにありがと。センさんが少しでも幸せな気持ちになれたらいいな。……これで彼女の大事な人の病気が治れば言う事ないのにねぇ」
笑って受け取った花を抱え、遅めの昼食を食べていた三人をその場に残して従業員用の部屋に向かう。
今日は昼からだったからいるはずだと予想していた通り、センと妹であるレインが部屋の片隅で向き合いながら一休みしていた。
「センさん」
「あ、アゲートさん。どうしましたか?」
にこにことセンが微笑んで、座っていた椅子から立ち上がった。花を抱えているために、一瞬そちらへ目が向いたものの、それが自分のためとは考えもしないのか言葉を待っている。
嫌な人なら冷たくできたのにと目の前にしてまた彼女は頭に浮かんでしまった言葉を振り払い、困ったように苦笑して花を差し出した。
「花屋を訪れたときに勧められた花で『大切な人』って花言葉だそうです。……こんな花を渡されても、あなたの大事な人の病気が治るわけではないんですが」
「……」
言葉を認識するまでに数秒。
認識した途端、センがほろほろと涙を流し始めてアゲートはぎょっとしたあと慌てる。
「ご、ごめんなさい…っ! 失礼とは思ったんですが……」
「ううん、ありがとう。……これで治ってくれたら嬉しいのにね」
「…っ」
彼女が喜んで笑顔を浮かべれば、彼も嬉しいだろう。そんな気持ちで花を頼んだ。
ただ頭のどこかで微かに願ってしまってもいた。これで治ってくれれば、彼は振り向いてくれるかもしれないのに、と。
申し訳なさと優しいこの人が幸せになりますようにと考えたら、アゲートにもまた涙が滲んできて。
手渡した花束を愛しそうに見つめて抱えるセンを見ながら目尻を拭う。
自分の想いは叶わないと知っているから、そのことを祈る気にはなれない。こんなにも良い人を彼が放っておくとも思えない。
胸の痛みには蓋をする。今、この痛みに向き合う必要はない。
「……ありがたいね、レイン」
センの言葉を向けられた妹が声なくはっきりと大きく頷いて、アゲートへ向けて深く丁寧に頭を下げた。
長持ちさせるために宿へ持って行って活けておいてほしいと頼まれた妹のレインが両手に抱えて宿へ一人出発していくのを見送り、センが細い両腕を曲げてやる気を漲らせた笑顔を向けてくる。
「彼のために頑張らなくてはと非常にやる気が満ちてきました! ありがとう!」
前向きで素敵な人だと改めて感じると共に、こんな人に自分が敵うはずはないよねとアゲートは思わずにはいられなかった。
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