花も実も

白井はやて

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3.自覚したからこそ恥ずかしい

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「あぁぁぁ……」
 
 向かいたい。
 いや、気恥ずかしい。
 そんな相反する感情のせいで、足の歩みを止めて彼は頭を抱えた。
 突然の行動に、近くに居た人々が驚いた顔を浮かべてさっと距離をおき足早に通り過ぎていく。
 だがそんな周囲の様子など気にも留めないどころか全く気づいていないので、頭を抱えながら足を進めたいのに進めないという奇っ怪な動きで悶えていると。
 
「変な人いるなあ」
 
 立ち止まった人影の声に、彼はようやくその動きを止めた。
 見るとそこには見知った顔。
 紺を主とした白の格子柄の着流しは、どこか幼げなその見た目に反し大人びているが、少し草臥れている。黒髪は肩を僅かに超えるほどの長さで、後ろで一つに括られていた。その男が腰に手をやり、呆れた様子でこちらを見ている。
 
「…将吉(まさきち)か」
「何してんの朝陽さん。というか、変態みたいだったよ」
「俺は一昨日気付いた事実に衝撃を受けてんだよ、変態なんて言わないでくれ」
 
 彼もまた団子屋吾平の常連で顔は早いうちから知っていた。
 何度か、この男と綾菜が言葉を交わしている場面に出くわして、気分がひどく落ち込んだものだ。
 たまたま近くに座った際、耳に届いたのは、この男が綾菜と同郷だということ。
 この町へやって来たのも、ほぼ同時期ということ。
 だが同時期だということは話を聞くことで納得した。
 彼女やこの男の同郷であり、団子屋の名の由来である吾平は……五年ほど前に無くなった町だ。
 この八雲町からそれほど遠くはない、同じような山間の小さな町は、火の不始末だったのか、それともどこかの誰かによる放火だったのか、今では分からず仕舞だが、大火事となった。
 ちょうど風の強い日だったという。
 一気に燃え広がった火はあっという間に山間の小さい町を燃やし尽くした。
 その際亡くなった人も少なからずいて、燃え尽きた家々の残骸を残し、綾菜の一家は着の身着のままでこの町へ逃げてきた。
 それから数日して、この将吉もまたこの八雲町へとたどり着き、お互いの無事に相当喜んだそうだ。
 将吉の兄弟は別のところへ逃げたらしく、お互い生きているなら良いという考えで今は離れて暮らしているそうで、綾菜より彼が幼馴染だと紹介してもらった日に、そこまで教えてもらった。
 武士という立場である朝陽にも全く動じることなく、それどころかやたらと人懐こく話をしてくれたおかげで、この男とは顔を合わせば話しをする程度には仲も良くなっている。
 
「ふうん? 引きずるくらいの衝撃?」
「そうだよ」
 
 自分より背が低い将吉の覗き込むような問いかけから顔を背け、姿勢を正して朝陽は俯くように息を吐き出す。
 一昨日、綾菜と一緒に縁日へ出かけて、気付いたこと。
 自分は彼女のことが、好きなのかもしれない。
 できれば一緒にいたいのも、話しをしたい、笑顔を見たいのも、全部そこから由来するものであるならば嫌われたくないという感情に納得がいったからだが。
 
「あーちゃんのこと以外で、何が引きずるくらいの衝撃なのか聞いてもいい?」
「…んん?」
 
 思いがけない返しに、朝陽がつい聞き返す。
 
「朝陽さんて、あーちゃんのこと好きっしょ? 嫌われたら死んだ目してるだろうから、それは流石に違うだろうし」
「え?」
「……え、って何? まさかバレバレだったことに気づいてなかったの?」
「いや…え、ど、……どういう」
 
 会話が進むごとに、朝陽の頭が混乱してまともな言葉にならなくなっていく。
 理解が追いつかずに眉間を寄せて将吉を改めて見ると、彼は呆れたように肩をすくめた。
 
「えー、気づいてなかったとはね。ていうか、あーちゃんと話すおれを敵のように散々睨んできてたってのに、なんで本人が気づいてないん? おれはそれが理解出来ないよ」
「敵……」
 
 そんなつもりはなかった。無自覚だった。
 全くもって言い訳にもならないが。
 
「そのうち殺されるんじゃないかってくらい睨むから、あーちゃんに頼んで幼馴染だって紹介してもらったんだよ。それにも気づいてなかったとか言わないよね?」
 
 ジトリと睨む将吉に、朝陽は冷や汗を流しつつ静かに頭を下げた。
 そういえば紹介されたあの日は、近くに座ったからにしては急に語られたことを一瞬だけ違和感に思った…気がしないでもない。
 
「申し訳ない」
 
 深々と頭を下げて謝罪を済ませたところで、朝陽は一昨日の件を彼へ話すことに。
 気づかれているならば隠す必要もない、…本人よりも先に気づいたのはさすがの観察眼というべきか。そんなことを頭の片隅で考えつつ。
 その場で簡単に話し終えると、将吉が腕を組み首を傾げた。
 
「昨日はあーちゃんとこ行ってない?」
「まあ、うん。……家のほうで忙しくてね」
 
 問いに苦笑して左の太ももを袴の上から指先で軽く掻く。じんわりと掻いた箇所が痛んだ。
 今日は上の兄からの竹刀。木刀よりはマシだが、やっぱり痛むなと苦笑いを浮かべたあとに目を伏せる。
 一昨日参拝後に団子を食べて帰宅したあとはほとんど兄たちと顔を合わすこともなく、一日を終えた。
 だが昨日は朝から父親が不在だったが故に聞き飽きるほどの嫌味を聞かされ過ごした。
 報復なのか単なる八つ当たりなのか、そこは知らないし知りたくもないが、兄たちは二人がかりで鍛錬と称した虐めをしてくる。
 呆れて言い返す気力もなく、彼はされるがままだ。
 
「……」
 
 言葉を濁したことに気づいたか、将吉は何も言わずに頭を掻いて顔をしかめると口を開く。
 
「じゃあ、まあ今から一緒に行くのはいいんだけどさ」
「うん?」
「結局、あーちゃんに何も買ってあげてないわけ?」
「…そうだね、買ってあげる理由なかったし」
 
 躊躇いがちに朝陽は笑う。
 
「はー? 理由なんて、いつも世話になってるから、でいーじゃん。何アホみたいに考え込んでんの?」
「アホて」
 
 一応、家柄はきちんと武士である朝陽も呆れるくらいに軽口と毒を吐いて将吉は重苦しいくらいにため息を吐いた。
 
「アホじゃん。なんで、贈り物を渡せる機会を不意にすんだよ? 好きって気づいたんなら、買ってあげるくらいしなよ男だろ?」
 
 彼の言葉に朝陽は苦笑しつつ聞いていたが、何か引っ掛かる感覚がして。
 
「将吉も、渡したい人いる? …いた?」
 
 ふと表情を真面目に変えて、聞き返す。
 だがそれに対する答えが準備されることはなく、彼はただ作り笑顔を浮かべ歩き出したので、朝陽もまた行き慣れてきた団子屋への道を歩く。
 今日は一段と肌寒い。吐く息は白く、耳たぶも冷たすぎて少しばかり痛む。
 着流しの上から何も着ていないのに将吉は寒そうな姿勢も見せず、袖の中に手を仕舞い込んでいる程度だ。
 逆に朝陽はというと羽織を着ているにも関わらず寒さが強く感じてしまって、眉間を寄せて歩いている。
 
「将吉は寒くない? 雪降りそうなくらい寒いってのに」
「見えないだけで重ね着してるんよ」
「ああ、なるほど」
 
 問いかけに簡潔な答えを聞いて、歩きつつ朝陽は納得。
 普段より足取りは早めに二人は団子屋へ向かい、店先に到着。
 いつもであれば賑わう店も、今日の寒さで人はほぼ居ない。そのため普段は接客している綾菜も、店の奥にある火鉢のそばで暖を取っている。
 
「こんちは」
「あーちゃん来たよー」
 
 それぞれの挨拶を聞いて、火鉢のそばにいた綾菜が顔をあげて微笑んだ。
 
「いらっしゃい、まーくん。朝陽さまも、こんな寒い日にありがとうございます」
「……」
 
 幼馴染への挨拶が先なのは仕方ない、うん、共に過ごした年月的に勝てるわけない。
 そう思っても残念で、しょぼんとした朝陽をちらっと見た将吉は可笑しそうに笑う。
 
「あっはっはっ! その顔!!」
「う、うるさい…!」
 
 大笑いする将吉の頭を照れ隠しに上から思い切り抑え込む。
 そんな二人の様子を、最初こそきょとんとした表情で見ていた綾菜は目を細めてにこにこ何も口を挟まずに眺めていたが、
 
「寒いですし、火鉢のそばにどうぞ。先にお茶を出しますね」
 
 そう告げて火鉢から離れていく。
 二人は彼女の勧め通り火鉢のそばに腰掛けて、悴んだ手の平を擦り暖かい火鉢で温める。
 
「何食べよ」
「朝陽さんは甘いもの食べそうな顔してないのに、好きだよね」
「甘いものは昔から好きなんだよ」
 
 小さく笑って頷いて俯き、呟きかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
 あれこれ煩いのがいるから食べられなかっただけ。
 四年前から外へ出ることにそれまで以上の制限をされ、それをギリギリになるまで受け入れていただけ。
 
「そっかー」
「そうそう」
 
 笑って頷いたところで、お茶を三つ乗せたお盆を持って綾菜が戻ってきた。
 一目で温かだと分かる湯気が揺らめく湯呑みを二人へ渡し、ちょうど空いていた朝陽の隣に綾菜は腰掛ける。
 
「母が客もいないし、せっかく年も近いのだからお話でもと……。ですが男同士のお話のお邪魔ではありませんか?」
「ぜんっぜん男同士の話してないから、いいよー。ね、朝陽さん」
「う、うん」
 
 将吉の言葉に同意して、ぎこちなく朝陽は笑う。
 いつもより上手く笑えていないのは分かっているが、好意を自覚してしまうとなんとも普段通りが難しい。
 隣に座ると思っておらず、あまりにも急展開で緊張していると、体を震わせながら将吉が立ち上がった。
 
「マジ寒い…ちょい厠行ってくるわ」
 
 袖の中に手を差し込んで、軽い足取りで将吉がこの場を離れていく。それを二人無言で見送り、綾菜が表情を綻ばせてから湯呑みに口をつけた。
 頭の中で先ほど聞いた将吉の言葉が浮かんで横目で隣を見ると、綾菜がいる。
 緊張する胸の内を落ち着かせるために、彼女には聞こえないように息を吸って吐くと口を開いた。
 
「寒いね、雪降りそう」
「本当に…凍えてしまいますね」
 
 世間話を皮切りに普段のようにできると思ったものの、いざ話すとなると緊張が強まる。
 ちらりと隣を見たら、湯呑みを両手で持っていた綾菜が視線を感じたのか、目をこちらへと向けて、にこりと穏やかに微笑むから。
 鼓動が大きくなった。
 
「お……一昨日のこと、ちょっと、後悔してんだ」
 
 言葉なく綾菜が不思議そうに自分を見つめ返すから鼓動が早くて少しばかり息苦しい。
 
「…縁日で、櫛とか買って、綾菜さんに、渡したかったな、と」
 
 声が震えそうで普段よりも朝陽の言葉は途切れがちだが、意味は通じたらしい、が。
 
「え!?」
 
 綾菜が驚きの声を上げた。が、自分でも声が大きいと感じたようで、慌てて小さな手が口を塞いだ。
 その驚き方に朝陽が嫌だったかもと慌てて訂正する。片手を振りながら。
 
「ふ、普段のお礼したいと思ってたんだ! だから、……」
 
 心臓が今にも飛び出しそうなので一旦言葉を区切り、彼はカラカラになった口を閉じてから綾菜を見つめて言った。
 
「縁日、また、一緒に行こう?」
 
 どうにかその言葉を絞り出す。
 寒い日のはずなのに、やたらと体が熱く感じた。
 
 
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