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一章
異常、遭遇
しおりを挟む「そう言えばジルト、リックバードってどんな奴なんだ? 鳥ってことは想像出来るが……」
「リックバードは草の塊みたいな鳥だよ。飛ばないで地面を走り回る。大きさは普通の鶏くらいだけど、一応魔物の一種だから嘴と爪に気をつけろよ」
「草の塊みたいな鳥ですか……それ美味しいんですか?」
真っ先に心配するのは味のことかよレーファ。ジルトの注意ちゃんと聞いてるんだろうな。
「ああ、美味いよ。普通の鳥よりハーブとかの香りと相性がいいんだ」
「そうなのね。それならリックバードを探すついでに香草をいくつか探していきましょうか」
「お、アミラちゃんは香草の知識があるんだね。お願いしてもいいかな?」
「分かったわ。けど、ちゃん付けはやめて」
アミラに睨まれ、ジルトは肩をすくめる。これ守る気はないな。良い奴だとは思うんだが、少し女好きの気があるのかな?
「それで、どこにいるか目星はついてるのか?」
「ああ、あいつらの好む餌場がある。とりあえずそこに行こう」
ジルトの案内に従って歩いていると、不意にジルトが足を止めた。どうしたのか聞こうとすると、手で制された。
「……血の匂いがする」
ジルトが険しい顔で呟く。俺にはよく分からないが、人狼であるジルトには感じられたようだ。彼の様子からして、どうやら普通のことではないらしい。レーファとアミラも少し顔を強ばらせている。
「近づくのは危なそうか?」
「多分、危ない。血の匂い自体は普通に魔物同士で戦ったり狩りをしたりするから珍しくもないんだ。ただ、この濃さは異常だ。大量の血を流させた何かがいる」
「そうか。じゃあ、ひとまず村に戻ろう。このことを知らせて、人を集めてから調べた方がいい」
俺がそう言うと、ジルトは少し考えてから口を開いた。表情は硬い。覚悟と焦りが混じった顔だ。
「いや、俺は様子を見てくる。グレンたちは村に戻ってこのことを婆ちゃんに知らせてくれ」
「駄目だ。異常事態の中単独行動は危険だ」
「グレンの言う通りよ。状況を確認することは大切だけど、それは無謀な行動をしていいということではないわ」
「無謀じゃない……!」
ジルトが真剣な表情で声を荒らげる。しかし、はっとした様子ですぐに茶化すような軽さで話しだす。
「ほら、俺は気配隠すの上手いからさ。それに、逃げ足にも自信がある。危なくなったらすぐ逃げるよ」
ジルトは考えを帰るつもりはないみたいだ。だとしたらこれは俺が行くしかないな。何がいるか分からないが、大量に血を流させるようなやつがいるなら、少しでも戦い慣れているやつが行った方がいい。アミラも戦闘経験は豊富なようだが、近接戦闘ができるとは思えない。
俺は魔法を使うことは出来ないが、対魔法使い戦の心得はある。もし魔法を使うようなやつが相手だとしても食い下がることくらいはできるはずだ。
「わかった、じゃあこうしよう。レーファとアミラは村に戻ってくれ、俺はジルトと一緒に異常を確認してくる。アミラ、道は覚えてるだろ?」
「覚えてるけど、二人でも無茶なことに変わりは無いわ。承諾出来ない」
「ジルトは止めても行くつもりだ。それなら長く持ちそうな俺が行くべきだ。俺は多少の怪我なら治せるしな」
「だとしても!」
「アミラさん、多分グレンさんは考えを変えません。まだ数えるくらいしか一緒にいませんけど、そういう人だって思います」
思いがけずレーファが後押ししてくれた。アミラも察してくれたのか、深いため息を吐いて了承してくれた。
「危なくなったらすぐに逃げなさい。そして、応援が到着するまで様子を見るだけにすること、良いわね?」
「分かってる。そっちは頼む」
「分かったわ。気をつけてね」
村の方へ走っていくレーファとアミラを見送り、ジルトに向き直る。
「と、いうことだ。俺もついてく」
「……勝手にしろ」
言うが早いかジルトが駆け出した。置いていかれないように着いていくが、流石はこの森に住んでいる人狼、凄まじい速さだ。なんとか食らいついて行くが、かなりギリギリだ。
何度か見失いかけながらも、ジルトを追いかけていると、鉄錆のような匂いがしてきた。血の匂いだ。俺にも分かるくらい濃い、むせ返りそうになるほどの匂い。
ジルトは少し先の木に背中を付けるように止まった。俺も近くまで行き、ジルトとは別の木に隠れるようにする。そこから様子を伺うと、夥しいほどの血溜まりと、食い散らかされたように散らばる獣の体の一部などが見えた。
「血の匂いはここからだ。しかも、ここだけじゃなくて奥の方に続いてる」
「こんなのが奥まで続いてるってことか? ……それはぞっとするな」
こんな惨状を作り出した上で、まだこれを続けているなんて、一体どんなやつなんだ。見当たらない体の部分は食べたってことだとは思うんだが……。
「先に進むぞ。こんなことしてるやつが何が確かめないといけない」
「落ち着けジルト。様子を見るだけにすると言っただろう」
「それはグレンがアミラちゃんと約束したことだろ? 俺には関係ない」
「何を焦ってんだ! これ以上は危険だ!」
「うるせえ!」
ジルトは叫んで血の跡を辿り走っていく。俺もすぐにジルトの後を追う。あの様子は少しまずい。何に焦ってるのか分からないが、冷静さを欠いている。何か起きる前に落ち着かせないと……。
「っジルト! 上だ!」
ジルトは俺の叫びを聞いて、咄嗟に横に跳んだ。次の瞬間、ジルトの立っていた位置に、地響きを立てて魔物が飛び降りてきた。
光を反射することのない黒く澱んだ鱗。中央の頭から枝分かれするように左右に四つずつの頭。鎌首をもたげているだけでもコカトリス以上の巨躯を持つ蛇。
「か、カースヒュドラ……!」
九つの頭を持つ大蛇、カースヒュドラがこの血の道を作った元凶だった。
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