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一章
カースヒュドラ
しおりを挟むジルトは驚きからか、まだ体勢を整えられていない。注意をこちらへ向けるためにも剣を抜いてカースヒュドラへ突っ込んでいく。
目論見通り、興味はこちらに向いたようだった。カースヒュドラはシュルシュルという音をたてながら俺を待ち受けていると思ったが、次の瞬間九つのうち二つの首が俺に向かって突撃してきた。
咄嗟に剣の腹で受け流すようにその攻撃を受ける。ギャリギャリと金属が擦れ合うような耳障りな音を立てながら、カースヒュドラの頭が俺のすぐ隣を通り過ぎていく。
まともに喰らえばただでは済まないだろうが、見切れない速さじゃない。問題はやつの頭が九つあるということ。四つくらいならなんとか見切れるとは思うが、それ以上は難しいだろう。
「ジルト! 動けるか!?」
「あ、ああ!」
カースヒュドラから目を離すことは出来ないから声だけで判断するしかないが、恐らく大丈夫だろう。とにかくここから離れさせないと。
「逃げ切るのは無理だ! ジルトは応援を迎えに行ってくれ、俺より速い!」
「何言ってんだ、死んじまうぞ!」
たしかに普通に戦えば俺はすぐにこいつの餌になってしまうだろう。あくまで普通に戦えば、だが。
「応援が来るまではなんとか持たせる。早めに戻って来てくれ!」
「ちょ、待て!」
ジルトに注意が向かないよう、再びカースヒュドラへ攻撃を仕掛ける。さっきのぶつかり合いで、鱗がかなり硬いことは分かってる。だが、腹の方ならまだ柔らかいはずだ。
カースヒュドラはさっきと同じように二つの頭で攻撃してきた。
「はっ!」
下から振り上げるようにカースヒュドラの首を切りつける。しかし、切っ先が触れる瞬間、別の首が俺の剣目掛けて突撃し、剣を弾き飛ばそうとする。
なんとか握ったままでいられたが、こんな動きをしてくるとは。ますます気をつけないといけない。俺は武器を失ったら終わりなんだ。
「くそっ! 絶対死ぬなよ!」
そう言ってジルトは走っていった。レーファ達も先に村へ向かわせていたし、これならそこまで時間をかけずに応援を呼べることだろう。
よし、気合を入れろ俺。改めて剣を握り直す。カースヒュドラは先程の攻防で少し警戒心が上がったのか、シュルシュルと音を立てて様子を伺ってきている。
「どうした、かかってこいよ」
言葉が通じるはずはないが挑発する。しかし、魔物は案外態度で察するものだし、強い魔物ほど知能が高い。カースヒュドラも例外ではなかったみたいで、九つの頭が口を開けこちらを威嚇してくる。これで少しでも冷静な攻撃が出来なくなればいいんだが……。
そう考えていると、九つの頭全てが鎌首をもたげ、上から睨みつけるようにこちらを見据えて来た。そして、全ての頭が喉を膨らまし、薄い紫色の煙を吐き出してきた。
「毒か!?」
あまり吸い込むのはまずい。いくら耐性があるとはいえあくまで耐性だ。それに、カースヒュドラの毒なんて食らったことがないから何が起きるか分からない。
「それより、視界が悪いな……!」
毒煙のせいでカースヒュドラの姿がほとんど隠れてしまった。恐らく追撃はしてこないだろうが、だからと言ってこの中にいるのも得策とは言えない。
「前に出るしかない!」
カースヒュドラの近くであれば毒息ではなく、直接頭などで倒しに来るはず。
カースヒュドラの懐へ飛び込んでいくと、期待通り頭での攻撃をしてきた。まだカースヒュドラは俺をはっきり敵と認識していないのか、攻撃してくる頭は三つだ。まだ見切りきれる。
余裕があるうちに少しでも傷を負わせておくべきか……。
「ふー……。行くぞ『戦気闘刃』」
闘気を全身に巡らせ、そして剣にも闘気を宿らせる。全身が淡く輝き、煙のように光が細くたなびく。勇者パーティに入る前、先輩冒険者に教えてもらった取っておきの技『戦気闘刃』。自分の身体能力を引き上げ、武器の鋭さや頑丈さを上げることが出来る。
「はあっ!」
振り下ろした剣が、カースヒュドラの頭の一つを首の中程まで切り裂く。『戦気闘刃』を発動させたおかげで硬い鱗にも攻撃が通る。しかし、さすがに長い間発動させることは出来ない。ジルトが戻ってくるまでは持つと思いたいが……。
「シャアッ!」
カースヒュドラは斬られたことに怯んだのか、俺を遠ざけるように頭を振り回す。躱した後、再び突っ込んで攻撃の手を緩めない。
「驚いてる暇はないぞ! カースヒュドラ!」
一太刀、まだ一太刀とカースヒュドラに剣を叩き込んでいくが、手応えがあったのは最初の一撃くらいだった。確かに当たりはするのだが、カースヒュドラも剣を躱したり、俺の攻撃に合わせて噛み付こうとしてきたり、とにかくまともに攻撃を当てさせないように動いてくる。
幸いというか何というか、中央の頭と最初に深手を負わせた頭は攻撃してこず、七つの頭を相手にすることになったが、『戦気闘刃』で身体能力が上がってるためなんとか対処出来てる。
けど、思ったより消耗が激しい。今はまだ余裕はあるが、いつもより『戦気闘刃』を維持出来る気がしない。優位が無くなる前に、無理にでも削っておくしかないか。
「大気の斬撃!」
覚悟を決めた瞬間、どこからともなく飛んで来た風の刃がカースヒュドラへ襲いかかる。頭を切り飛ばすことこそ叶わなかったが、一気に二つの頭にかなり深い傷を負わせた。カースヒュドラが苦しそうにのたうち回る。
「まだ生きてるかグレン!」
「ああ、大丈夫だ!」
魔法を放ったのはジルトだった。援軍を連れてきたかと思ったが、いくらなんでも早すぎる。
「アミラちゃんたちと別れた所まで戻ってここまで目印を付けてきた」
「すぐ気付きそうか?」
「ああ、目印の近くに俺の血を付けてある」
横目で見ると、たしかにジルトの右手には布が巻かれていた。咄嗟の判断とはいえ結構無茶をするな。
「おい、あいつ何かやる気だ!」
ジルトに言われカースヒュドラへ意識を戻す。カースヒュドラの中央の頭、その目の前に紫色の魔法陣が浮かび上がっていた。魔法陣が輝くと、みるみるうちにカースヒュドラの傷が癒えていく。
「回復魔法……!」
これでさっきまでの優位は無くなった。むしろ消耗分こちらが不利になった可能性もある。
カースヒュドラは怒りに燃えているようだ。こちらを獲物ではなく、明確な敵として認識したらしい。さっきまでは感じなかった殺意をひしひしと感じる。
「どうやら奴さんはやる気だねえ……。俺は男と心中なんてごめんだ。生き残るぞ、グレン」
「もちろんだ」
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