the trip voice

あきら

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1 マイク越しの

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 はあ、とため息ひとつつき携帯電話に手を伸ばした。ひどい、と体の下から不満げな声が聞こえる。

「だったらもっと頑張れよ」
 
 低く言って、細い体を引き上げた。そのまま後ろに倒れ、いわゆる騎乗位の状態にしてやる。
 浮いた涙とあられもない声。それらは俺の中に、何も響いてこない。
 その胎内に俺を咥え込んで、懸命に腰を振る姿はかわいらしいと思えなくもないのだが。
 
「……わかった。もういいや」
 
 え、と戸惑う声は聞こえなかったふりをして、上に乗った体をくるりと反転させた。
 膝を付かせて、奥まで突っ込む。肘が折れて、相手の顔が枕に埋もれた。
 
「ほら頑張れ」
 
 言いながら自分勝手に腰を振る。
 それでもどこか冷え切った体は思い通りになってはくれない。一度動きを止め、手にした携帯電話にイヤホンを繋げると耳に刺した。
 再生するのはすぐだ。何度も繰り返し聞いている声が耳に直接響いて、ああこれだと口角が上がる。
 振り向こうとする仕草を許さず、上がりかけた頭を片手で押さえつけた。多少のMっ気がある相手なのが助かるなと苦笑する。
 目の前の相手ではなく、イヤホンから響く声に煽られて達するのにそれほどの時間はいらなかった。



 
 ひとりになった自室で、もうあいつも潮時かなと考える。
 文句は言わないし、今日のように呼び出して相手をしてもらうのもちょうどいい相手だったが仕方ない。本気になられても厄介だ。
 別れの短いメッセージを送り、一応の謝罪を付け足しておく。
 数分後、理由を問う文章が返ってきたがそれに率直に答えることも面倒だ。飽きたから、という言葉と、お互いもともと遊びだっただろうと追加して、相手の連絡先をブロックした。
 
 携帯電話をベッドの上に放り投げ、部屋のパソコンに向かった。時間を確認すれば、もうそろそろだ。
 ブックマークしている動画サイトを開く。そこからさらに登録済みのチャンネルへ飛び、まもなくライブ配信開始となっているのを目にして口元が緩んだ。
 その画面を開きっぱなしにしてしばらくすると、突然ぱっと明るくなる。
 
『こんばんは~』
 
 聞き慣れた声がして、ヘッドホンを接続し身に着けた。
 少し間延びした声は、酔っているように聞こえる。簡単なあいさつのあと、配信画面に白いタートルネックを着た姿が見えた。
 
『わあ、みんなありがと。声だけじゃない配信は久しぶりかなぁ?』
 
 一気にチャット欄が動く。負けじと俺も久しぶりと入力した。
 
『あ、ジョーさんこんばんは~。いつもありがとね』
 
 俺のアカウント名が読まれて、いつものこととはいえ覚えてもらっていることに胸が躍る。
 もちろん、課金する気しかない。軽い投げ銭を送ってから、画面の中を見つめる。
 
『今日はリクエストを少し消化しようかなぁと思ってます。いっぱい送ってくれて嬉しいけど、ちょっとずつしかできなくてごめんね』
 
 俺の視線の先で両手が合わさって、小さく動いた。
 当然というべきか、顔は一切出さない。首から下の『彼』は、楽しそうに椅子に座り直す。
 小さなカチ、という音が聞こえた。おそらく、パソコンを何か操作しているのだろう。
 
「このヘッドホンにして正解だったな」
 
 独り言が落ちる。もともとこういったガジェットは好きだけれど、彼の声を音質よく聞きたいがためのものだ。
 えっと、という声がする。そんな小さなつぶやきですらも聞き逃したくない。
 
『ちょうどいい台本がいくつかあったので、そこからリクエスト答えていきたいと思いますね。でも本当にこれ、俺の声で聞きたいのかな』

 語尾に混ざる、くすりと笑うような吐息。
 
『じゃあまずは――』
 
 そこで呼ばれたのは俺の名前ではなかったけれど、続けられたヤンデレ彼氏、という言葉に一人で笑った。
 似合うかどうかと言われたらたぶんイエスだ。案の定、台詞を読み上げている間にもチャットは止まる気配は見せない。
 
『こんな感じでいいのかな?ありがとうございます』
 
 また画面の中で軽く両手を合わせた。ありがとうと言う時はだいたいこの仕草が入るので、おそらく癖なんだろう。
 俺はというと、声を聞きながら画面越しの奥に目をやる。整えられたベッドと、その隣にあるのは本棚だろうか。CDらしきジャケットが飾られているけれど、よく見えない。
 綺麗な部屋だとは思うが、ところどころ本が乱雑に置かれていたり、俺も持っているゲームソフトのパッケージが映りこんだりしている。
 案外大雑把な性格なのかもしれない。そう思うと、妙な親近感が湧いた。何しろ俺は今、この配信者に夢中なのだ。
 
 画面の中の彼は他にも何種類かの台本を読み上げたあと、ふう、と息を吐いた。
 
『ちょっとお水飲みます』
 
 画面から姿は消えるが、喉に水を流している音はやけに鮮明に聞こえる。
 それから、再び画面内に戻ってくると、ひらひらと手を振った。
 
『それじゃ、今日はここまで。このあとお風呂とか入って、それからメンバー限定配信するから、よかったら一時間後にまた集合してね』
 
 嬉しい告知に軽く握り拳を作った。もちろん、とスパチャを飛ばしておく。
 
『あはは、ありがと。それじゃまたね~』
 
 ばいばーい、というのんびりした声の後、配信は切られた。ヘッドホンを外し、軽く伸びをする。

「よし、飯食って風呂入るか」
 
 一時間あればそれで十分だ。この通常配信が終わった後のメンバー限定配信もまた、俺の楽しみだった。なんなら、本配信より楽しみにしていると言っても過言ではない。
 ヘッドホンを確かめてから一度片づけ、俺は独り言通り飯と風呂を済ませることにした。


 風呂あがり、スウェットに着替えた俺はベッドの上に乗る。
 今度はタブレットにヘッドホンを繋ぎ、装着して配信画面を確認した。メンバー限定となっていて、俺の他に閲覧は十数名といったところだ。
 そのことに少し悔しい気持ちになりながらも、仕方のないことだと割り切った。
 
『こんばんは~』

 ヘッドホンから、先ほどと同じ声がする。
 タブレットの画面は青い無機質な画像のそれで、彼の姿は映っていない。ふふ、と悪戯っぽく笑う音がした。
 
『きてくれてありがとねぇ。ちょっと酔ってます』

 想像が正解だったことに嬉しくなる。それじゃあさっそく始めよっか、と聞こえてくる声は、ずいぶんと甘ったるい。
 ぐち、と濡れた音が聞こえて、背筋がぞくりとした。
 
『ん、っ……』
 
 次いで耳に響く声に、下半身が重くなる。先ほど、都合のいいセフレと処理を済ませたばかりだというのに、正直な体は憎らしくすらあった。
 ぐちゃぐちゃとした湿った音と、掠れた声。それは俺の欲を刺激するに十分すぎる。

『ふぁ、あ……ん……?いい、ね、それ……』
「――は」

 チャット欄を見てのことだろう、くすりと笑う息が耳にかかったような気すらしてくる。
 履いていたスウェットをずらし、固くなった自分自身を片手で握った。

『あ、ぁ……ぅ、そう、そこ……おれ、の、すきな、とこだよ……?おぼえて、ね』

 ちら、と画面に目をやる。そこには今彼の発したような言葉が一定の間を空けて並んでいた。
 次は、と急かすような声が吐息と一緒に流れてくる。空いているほうの手で素早く文字を打った。

『ふふ……うん、おれも、それがいい……いっしょに、イこ……?』
「っ、あ」

 ヘッドホンから直接耳の中に注ぎ込まれる声の、その破壊力がすごい。うっかり達しそうになって、下っ腹に力を入れて耐えた。

『まだ、だいじょぶ?ね、ほら、もっと……おく、きて』

 水音が大きくなって、声の熱が上がっていく。

『あ、ぁあ、っ、あ、すき、それ、もっとぉ』

 だんだんと羞恥が消え、その声音には快感が乗っていくのをダイレクトに感じた。
 もう保たなくて、だけど一緒に、といった声が腹の奥へ響いて。

『あ、ぁうっ、あ、んっ……あ、あー……っ、だめ、も、おれ、イく、だめぇっ』
「ぅ、あ」

 半分泣き声のような喘ぎ声を残し、荒い呼吸が余韻を伝えてくる。
 手の中に吐き出した白濁をティッシュで拭き取ってゴミ箱に放り込むと、スウェットを直した。
 それからチャット欄に褒め言葉を書き込む。ふふ、と甘い呼吸の合間に笑えば、また体が熱くなる気がした。

『ありがと、ね?一緒にイけた?』

 肯定の返事が並ぶそこに自分の言葉も混ざる。
 なんとなくそれを目で送っていると、ふあああ、という気の抜けた音が響いた。

『ごめんね、眠くなっちゃった……今度は何か道具でも使ってみようかな。用意しておくね』
「マジか」

 思わず声が出る。けれど、続いた言葉はさらに衝撃だった。

『あーでも、来週おれ、引っ越しするのね。だから少なくとも二週間ぐらい配信できないかも』
「……二週間かよ……」
『今も独り暮らしなんだけど、ちょっと事情があって。できるだけ早く環境整えるから、待ってて欲しいなぁ』

 是も非もない。もちろん、と打った文字が流れていく。

『ありがと。もし俺が配信できない間に、何かリクエストあったらDMにちょうだい?俺も気持ちよくなりたいから、いろいろ教えて』

 一緒にね、と笑って配信は終了した。
 暗くなった画面をぼんやりと見つめ、ヘッドホンを外す。
 正直、仕方ないとは解りつつも残念な気持ちしかない。あと二週間、俺はいったい何を糧に生きればいいんだろう。
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