the trip voice

あきら

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6 偶然……?

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 翌日。メンバー限定配信がなかったのは確かに残念だったけれど、久しぶりにあの『さく』の声を聞けた俺は相当上機嫌だったに違いない。
 どのくらいかといえば、和哉と俊樹が一歩引くぐらいには。

「お前気分の波激しすぎんだろ」
「わかりやすくていいけどさぁ……」

 ため息交じりにそんなことを言われてもまったく気にならない。食堂でカレーを流し込みながら、二人の向こうに湊を見つけた。

「よ」
「あ、お疲れ。透のとこ席空いてる?」
「おう、こっち」
「ありがと」

 湊の手には購買で入手したのだろうパンが数個とペットボトルのお茶がある。
 手招きした俺に笑って、彼はすぐ横に腰を下した。窓側の俺と湊に対して、和哉と俊樹が向かい合う形になる。

「昼そんだけかよ」
「うん」
「もっと食べたほうがいいんじゃないの?もともと痩せてんだし」
「別に痩せたくて痩せてるわけでもねぇんだけどなぁ」

 和哉と俊樹に答えながら、小さくちぎっては咀嚼して。その仕草がなんだかハムスターっぽいなと思いながら、自分の皿を空にした。

「そういや、透って有名人なのな」
「有名人?」

 ごくん、と口の中のものを飲み込んでから言った言葉に首を傾げる。
 眉を少し下げ、俺のことを見ながら湊は続けた。

「すげぇ聞かれるもんお前のこと」
「なんて」
「え、ええっと」

 当然と言えば当然の疑問に、視線を逸らし俊樹を見る。見られた方は、だろうなと言わんばかりに頷いた。

「あれだろ?今付き合ってるのかとか違うなら彼氏いんのかとかそーいうやつだろ?」
「そう!それ!」
「あー」

 心当たりがないわけではなかったので、軽く頭を掻く。

「別に隠してねえからな」
「だからかよ。会う奴ほとんどに付き合ってんのかって聞かれんだけど」
「ふーん?で、湊はなんて答えてんだよ」
「いや普通にそんなんじゃねぇって、中学の同級生だってだけだって言ってるけど。なに、こないだセフレに振られて平手打ちされたあげくに水ぶっかけられてたとか言やいいわけ?」
「なんでだよ言わなくていいっつの」

 呆れた目を俊樹が、ドン引きの視線を和哉が送ってくるから慌てて湊の口を手で塞いだ。

「ふぁに」
「食堂でする話か」
「だったらお前少しは自分の素行をだな」
「わかったって。ったくやりにくいなほんと」

 ぱっと手を離すと同時に、お前らさぁ、と俊樹がぼやく。

「本当に今まで連絡とかしてなかったのかよ」
「手段ないし」
「最初敬語だった俺」
「卒業アルバム見るまで誰だかわかんなかったもんな、お互い」

 俺と湊の答えに、問いかけた本人は隣の和哉と顔を見合わせた。
 何かおかしかったかと疑問に思うよりも先に、ぼそりとその和哉が言う。

「まるで離れてた年月を感じさせないのすごいと思う」
「……褒められてんの?」
「さあ」

 他に返す言葉もない。ただ、おそらく俊樹や和哉からそう見える通り、俺は湊と一緒にいるのが一番楽だった。
 何しろ、換算すれば幼稚園からの付き合いになるから二人よりも付き合いが長くなるうえに、家の前での情けない姿を最初に見られているのだ。恥も外聞も取り繕う理由もなくて、言葉を発するときに考える必要もない。
 できれば今後もずっと、こいつとはこの関係を保っていきたいと。そう思うぐらいには、二人でいることそのものが俺にとって自然だった。

「ま、湊はどうか知らねェけど」
「え、なに?俺、透としゃべってんの楽で好きだよ」
「マジ?今俺おんなじこと考えてたわ」
「やった」

 笑いながら差し出されたパンを横から一口もらう俺に、正面に座っている二人がため息をつく。
 慌てたのか、もちろん二人のことも好きだよと湊がフォローを入れるから、俺も苦笑いで頷いておいた。
 視線を湊に戻す。ふと着ているものが気になった。

「お前、そういう服好きなの?」
「そういうも何も、普通に普段着じゃん。前も着てたし」
「いや、まあ、そうだよな」

 いったい何が気になったのか自分でも一瞬わからず戸惑う。
 今、湊が着ているのはただの黒いTシャツだ。それに、高確率で履いているスキニージーンズ。こいつはとにかく細いから、色は控えめで細く作られた服が似合う。
 そんなのは再会してから、ほぼ毎日当たり前のように見ているのだけれど。

「透はあんまりこういうの着ないじゃん、今」
「……そうだな。柄物が多いから」
「似合ってるよ。アロハシャツとかサングラスとかも似合いそう」
「そうか?」
「あとあれ、和哉おすすめの店のやつとか。古着屋さんだっけ?」
「そういえば前に買いに行ったの最近着たりしてるよね。湊も今度一緒に買いに行く?」
「俺?あんま似合わなさそう……」
「そんなことないよ」

 にこにこと笑う和哉に、そうかなぁなんて首を傾げた。
 確かにどんな服でも、そこそこ着こなしそうではある。中学のときの湊だったら難しいだろうけれども。

「あ」

 不意に記憶が蘇って、間抜けな声を上げた。
 どうしたとこちらを伺ってくる三対の目に軽く手を振り、湊の服を見る。
 黒いTシャツに、白抜きで書かれた何がしかの英字の文章。空白を埋めるように描かれた、赤い花。
 それは確かに、この間画面の中で見たものだった。

「――湊。その服、どこで買ってんの」
「またそれ?えっと、これはどこだったかな……前の家の方だったと思うけど」
「地元?実家?」
「っ、ちょ、透、なに、目がマジじゃん」

 ずい、と身を乗り出した俺にびくりと体を竦ませる。

「い、いや、悪い。ちょっと気になって」
「別にいいけどさぁ。そんなに気になる?」
「気になるっつーか、どっかで見た気がしてさ」

 さすがに贔屓の配信者が着ていたと説明するのも気恥ずかしく、微妙に矛先を反らした。
 そんな俺に、変なやつだなと笑って。

「俺もちゃんと覚えてないから考えとくよ。思い出したら教える」
「……ああ」

 そう言って、食事を終える姿を横目で盗み見て。まさかな、と胸中に浮かんだ推測を急ぎ打ち消した。


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