the trip voice

あきら

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7 謎の荷物

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 俺を見上げる両目。ぎし、と音を立てるベッドのスプリングに睫毛が震える。

「あ、あの、えっと」
「……言えよ」
「や、やだ、やだってば」

 拒否を映すその仕草に、理不尽だとは思いつつも苛立ちが募った。

「知らない、知らないってば、ほんとに」
「この期に及んで嘘つくのかよ」
「嘘、って、そんな」

 俺はもう、お前に隠していることなんか何もないのに。
 視界の片隅で、その存在を主張するようにマイクとカメラが部屋の明かりを反射している。





 その日は、もうだいぶ夏の匂いが強くなっていた。
 梅雨が明けて、俺は相変わらず『さく』の声に夢中で。
 配信がなくて暇な日は湊のところに遊びに行ったり、逆に俺のところへ湊が遊びにきたりして。飯を食ったり酒を呑んだり、その勢いでゲームしてうるさいと管理人に怒られたりしながら、日々を過ごしていた。
 和哉と俊樹には、やっぱり数年ぶりの関係には見えないとからかわれ。だけどそれが嫌なわけがあるはずもなく、気づけばだいたいいつも湊といるようになっている。

「今日の飯なに」
「俺はお前の母親か。カレーですけど」
「うっしビール買ってくわ。他なんかいるか?」
「福神漬け」
「らっきょもだろ」

 大学のキャンパス内でそんな会話をしていると、げんなりした顔の和哉が息を吐いた。

「熟年夫婦か」

 ぼそりと俊樹が言うので、思わず湊と顔を見合わせる。

「夫婦だって」
「どっちが夫でどっちが妻だよ」
「お前が飯作ってくれることのほうが多いからお前嫁な」
「ジェンダーに反しますぅ。今は夫も家事をやる時代」
「掃除してやってんじゃん」
「それは感謝してっけど。あ、フローリングシート切らしてた」
「了解」
『だから』

 和哉と俊樹の声が重なった。二人ともがそのあと何か言おうとして、何を言っても無駄だと感じたのか、言葉ではなくため息をつく。

「そりゃ付き合ってんのかって聞かれるわ」
「え、最近聞かれないよ?」

 俊樹の言葉にきょとんとして湊が返した。それはそれで不思議な気がしたので、なんでだろうなとつぶやく。
 すると和哉が胡乱げな目をして、聞く必要もないってことでしょとぼやいた。

「俺らから見てもそう見えるもん。もう聞く必要もなく、二人は付き合ってるんだと思われてるよ」
「……えー」
「えーってなんだよ不満かよ」
「不満じゃないけどさ、お前なら別にいいし――あれ?それもなんかおかしいな」
「そうだな」
「いまさらか」

 まあ確かに、いろいろと今さらだ。苦笑すれば、不満げに唇を尖らせる。
 ただ、最近はそんな表情がかわいく思えるようになっていることに、気付かない振りをすることは必要だった。



 カレーの煮えるいい匂いがする。
 買ってきたビールを食卓に置かれたグラスに注ぎ、ついでにとサラダを取り分けておいた。少しして、トレイに二人分のカレーを乗せた湊が座る。
 どうぞと差し出された皿を受け取って、いただきますと手を合わせた。

「ん、うまい」
「そりゃよかった。ビールいただきます」
「どうぞどうぞ。明日休みだろ?多めに買ってきといた」
「マジで?気前いいじゃん」

 笑ってグラスを空にする。いつもよりペースが速い気はしたが、二杯目を注いでやった。

「カレーとビールって最強だよな」
「いや餃子も捨てがたいぞ?」
「それ言うならたこ焼きやお好み焼きもだな」
「焼きそばを仲間外れにすんなよ」

 くだらない話をしながら、カレーとサラダの皿を空にしていく。

「お代わりいる?」
「あるなら欲しい」
「あるよ。ほら皿よこせ」

 サンキュと礼を言いながら、湊より先に空になったカレーの皿を渡す。
 鼻歌交じりにキッチンへ行くその姿は楽しそうで嬉しそうで、俺も同じような気分になった。
 不意にインターホンの音が鳴る。来客かと、勝手知ったる人の家でモニターを覗いた。どうやら宅配便のようだ。

「湊、宅配」
「悪い、受け取ってくれると助かる」
「了解」

 俺のカレーを用意してくれている最中だ、文句なんかあるわけもない。頷いて扉を開け、ご苦労様ですと箱を受け取る。
 片手で持てる程度の大きさと重さだ。扉を閉め、いつもの癖で鍵を締めて、湊の方へ向き直った。 

「ほら」
「ん、ありがと」

 俺からその箱を受け取って、無造作に置く。
 開けなくていいのかと思わなくもなかったが、俺が口を出す話でもない。再度盛られたカレーを平らげ、後片付けを始めることにした。
 その荷物の存在を思い出したのは、それから少し時間が経ってからのことだ。再びインターホンが鳴って、風呂に入っていた家主の代わりにモニターを見た。
 また別の宅配業者が小さく会釈しているのが見える。

「湊、なんかまた荷物きたけど」
「タイミング悪いなぁ、受け取ってもらっていい?」
「おう」

 確かにタイミングがことごとく悪い。苦笑して扉へ向かい、冷蔵です、の言葉と共に大き目の箱を受け取った。

「おーい湊、まだかかる?」
「今頭洗ってる。どした?」
「いや冷蔵できたからさ。よけりゃ開けて冷蔵庫入れとこうと思って」
「マジで?助かる、頼むわ透」

 バスルームの擦りガラス越しにそんな会話を交わす。俺がいなかったらどうするつもりだったんだと思いながら、今きたばかりの荷物を開いた。
 中身は主に食料品だ。隙間に缶詰なんかも詰め込まれているあたり、実家からの救援物資的な物だろう。
 それを出し、冷蔵品は冷蔵庫へどんどん入れていく。チルドの餃子うまそうだななんて考えながら手を動かした。
 缶詰や飲み物なんかはキッチンの隅にまとめておく。空になった段ボールを解体していると、ふともうひとつの箱が目に入った。

「……これもやっとくか。冷蔵じゃねえけど」

 別に放っておいてもいいのだろうが、気になってしまって。
 箱の軽さから、お菓子か何かかなと深く考えもせず、もう一つの箱を開けた。けれど、緩衝材を取り除いて俺の目に入ってきたものはまったくの想定外のもので。

「……は?」

 思わず間抜けな声が出る。ピンク色の箱の天面に、中身はこれですよと示すように商品の写真がデザインされていた。
 そしてそれは、どう見ても。

「何個買ってんだあいつ……」

 さらに間抜けな感想が漏れる。箱はひとつではなかったからだ。
 好奇心が勝って、結局全部手に取って見てしまった。
 細めのバイブ、本物のそれと酷似したディルド。それから、丸い粒が連なっているタイプのやつ。
 一通り見て、無言で元に戻す。友達といえど、踏み込んでいけない領域はあって当然だ。

 だけどもどうしても気になって、開けた箱を丁寧に梱包し直すと、気を落ち着かせようと冷蔵庫のビールを一本拝借した。
 プシュ、と缶を開ける音が心地よく響く。一口流し込んで、もう一口と続けすぐに半分ほどがなくなった。
 普通に考えれば、彼女に使うんだろう、けれど。

「……そもそもあいつ彼女いんのか?いつ?」

 疑問が頭に浮かんで、またビールを一口飲む。
 俺だっていくらお隣さんとはいえ、湊の行動全てを知っているなんてことはあるはずもない。
 知っているのは取っている講義とアルバイト先、それから週に何度か俺と飯を食うこと。
 正直、いつその彼女と会っているのかまったく想像がつかなかった。遠距離ということも考えないでもなかったが、だとするとこんなものを用意するのも不思議な話だ。

「あ、透ありがとなー。何入ってた?」

 がしがしと頭を拭きながら風呂から上がった湊が言う。できるだけ不自然にならないように首を回しビールの缶を置いた。

「なんか食いもん入ってたぞ。冷蔵のやつはしまって、あと缶詰とかはそっち」
「あー、そういや母さんから何か送るって連絡来てたわ。ありがとな、缶詰とかいくつか持ってく?酒のツマミにはなるだろ」
「おう、サンキュ。でも大丈夫うちにもあるわ」
「そっか。独り暮らしの味方だもんな」

 どうやら俺の努力は結果を出してくれたようだ。極めて自然に、そういえばと話を切り替える。

「お前、彼女とかいんの?」
「は?」

 唐突過ぎたか、と思いつつも残りのビールを煽って続けた。

「なんだよ急に」
「聞かれたんだよ、今日。俺と同じゼミの女の子に、いっつもつるんでるけど彼女とかいないのって」
「珍しくね?お前と俺が付き合ってるかどうかはよく聞かれたけどさぁ」
「あー、それも聞かれた。んで、別に付き合ってるとかそんなんじゃねえよって言ったらお前に彼女いんのかって。気になってんじゃね?」

 もちろん、真っ赤な嘘だ。
 誤魔化しに、すでに空の缶を口元に運ぶ。表情をあまり見られたくなくて、今自分がどんな顔をしているのかも知りたくはなかった。

「ふーん。どんな子?」
「お、なに?気になんの?紹介する?」
「なんでだよ。どういう感じの子か知りたいだけだっつの、断るし」
「断るって、やっぱ彼女いんの?」
「だーかーら、なんでだよ。そんなのいたらこんなにしょっちゅうお前と遊んでねぇよ」

 唇を尖らせて、だけど冗談半分で。
 そんな湊の様子が気にならないといったらそれも嘘で、軽く首を捻る。

「彼女いないのに断るわけ?」
「……うん、まぁそうかな。その気がないのに付き合ったりできねぇし、透と違って」
「ひとこと余計だっつの」
「事実じゃん。あ、そもそも付き合ってないんだっけ?」
「そうですけども」

 うまいこと話を逸らされた気もするが、それ以上聞けるわけもない。
 じゃあ上手いこと言っとくわ、と笑って、中身のないビールの缶を軽く煽った。
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