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8 追い詰める
しおりを挟む逃げるように湊の家を後にして一時間。風呂を済ませ、ごろりとベッドに横になる。
結局どういうことなのか、自分の中でも整理がうまくつけられないままぼんやりと携帯電話を弄った。
いや、そもそも整理をつける必要があるのだろうかとも思う。あいつが俺に対して何も言わないように、どんな性的嗜好だろうとそれは個人の自由なはずで。
「あー……なんなんだよこれ……」
そうは思っても、胸の中心でもやもやと渦巻く何かはなかなか消えてくれなかった。
考えても意味のないことだ。それは確かで、寝るかと思った瞬間に携帯電話が鳴る。通知音であることに気づいて、Xを開いた。
俺が通知を入れているのは、かの『さく』のアカウントだけだ。
『今日、突発でメンバー限定ゲリラ配信したら来てくれますか?』
是も非もない。もちろんとリプを送ると、すぐにいいねが付いた。
『ありがとー。そしたら準備するから、三十分後に始めます』
大した時間もかからず付くリプは十件ほどで。それはいつもメンバー限定配信をするときの閲覧数に近い。
嬉しそうなポストに俺まで嬉しくなって、とりあえず湊のことは横に置いておこうと考えた。
宣言通りの三十分後に、今度は配信の告知が届く。いつものようにヘッドホンをして少し待てば、今日は最初から彼の部屋が映った。
『どう?こないだより片付いたでしょ』
少し誇らしげに言う声がかわいい。軽いスパチャを送り、片づけお疲れさまのコメントも打っておく。
『ジョーさんありがと~。って言ってもね、俺が片づけたのは本当この部屋だけなんだよねぇ』
どういうことかと首を傾げた。あのね、と『さく』は続ける。
『実は引っ越し先のご近所に友達住んでてさぁ。あ、まったくの偶然なんだけど』
ぴく、と俺の指先が跳ねた。
『そいつが掃除趣味みたいなやつでさぁ。実際すごい綺麗好きなのね。んで、引っ越しも手伝ってもらって、ついでに最近家も掃除してくれてたりすんの。だから俺んち今めっちゃ綺麗』
前の部屋は配信部屋以外けっこう散らかってたんだよね、と笑って。
『俺も自炊は好きだから飯作ったりすんだけど、独り暮らしってけっこう余っちゃうじゃん。だからたまに一緒に飯食って、んでその代わり片づけとかしてくれてんの。マジありがたい、俺ひとりだとすぐ散らかる』
ぶわ、と全身に鳥肌が立つのがわかる。
まさか、いやそんな、と浮いてきた考えを何度も打ち消してはみるけれど、一度そう思ってしまうと声も似ているように思えてきた。
『えーと、カメラにしてんのは綺麗になった報告もだけどもういっこあって』
がさごそ、と何かを漁る音がする。ここまで一切カメラの中に『さく』自身は映っていなくて、できれば早く姿を見せて欲しいと思った。
『えっと、これでーす』
声と一緒に、ひどくぼやけた物体が映る。
シルエットからしてどうやら箱のようだった。何なのかというコメントが並んで、ごめん近すぎたと笑う声がする。
『んじゃ改めて、これでーす』
少し離れたことでピントの合ったその箱を見て、俺は絶句した。
『今日届いたんだー。でも俺、何がいいかよくわかんなくて、初心者用のにした』
どういう思考回路してんだ、とそれを見ている自分を棚に上げて呆れの気持ちが湧いてくる。
開けてみますね、と楽しそうに言うそれはまるでプレゼントを開封する子供のようだ。
『うわ、けっこう……なんて言うか……まがまがしい』
何を言ってるんだ、ともう一度呆れた。
画面の中で揺れるそれには、見覚えがある。
軽く天井を仰いで息を吐き、いろいろなものをかなぐり捨てて、俺はコメントを入力した。
『え、他にも買ったかって?えー、ジョーさんそんなの知りたいの?』
からかうような言い方に、知りたいと返す。嘘はない。
えっとねぇ、と何の他意もない声がした。それからまた、がさごそという音。少しして、箱のままの二つが画面に並ぶ。
ピンク色と白の二つの箱。天面にプリントされた、商品の写真。見覚えがあり過ぎるそれらに、地の底から響くような唸り声が出た。
『こっちが振動するやつでちょっと細いやつね。こっちは、わりとリアルなやつ。使うかどうかは正直わかんない』
それはまあ、そうだろう。いきなりそんなもんを挿入できるかと言われれば難しいのが普通だ。いくら、自分で慣らしていたとしても。
一応ありがとうのコメントとスパチャを送ると、こちらこそという声がして画面がイラストに切り替わる。俺にしては信じられないほど呆然とそれを見つめているうちに配信は終了した。
暗くなった画面から視線を移し、時計を見る。配信が終わって、おそらく数分。俺はおもむろにヘッドホンを外すと立ち上がり、自室を飛び出した。
すぐ隣の扉の前で深呼吸をし、インターホンを鳴らす。少しして、慌てたような声が聞こえた。
『なに、どした?忘れもん?』
「ま、そんなもんだ。入っていいか?」
『うん、今鍵開ける』
かちゃ、という小さな音がして扉が開く。
隙間から見えたのは、ほんのりと紅潮した顔。乱れた髪を手櫛で撫でつけ、こころなしか潤んだ瞳が覗いていた。
そして、違っていて欲しいと願ったそのTシャツ。ついさっき、画面の中にいたその柄を、まじまじと見つめる。
「どうした?何忘れた?」
「……ちょっと探させてくれよ」
「え、ちょ、透?!」
扉に手をかけ大きく開く。慌てる声は無視をして、確かと視線を巡らせた。
入ってすぐリビング。反対にカウンターキッチン。リビングの右手に引き戸の――寝室。
当然、寝室に鍵なんかはない。ずかずかと上がり込み、止めようとする湊の手を振り払って、その引き戸を開けた。
俺の目にまず入ってきたのは、配信用のマイク。それと、大きめのデスクトップ型パソコンと、見覚えのある淡い緑色のカーテンだ。
「ちょっと透!何だよいきなり勝手に!」
「――『さく』?」
ほとんど無意識に出た俺の言葉に、すぐ後ろの体がびくりと跳ねた。
俺が振り向くのと、湊が逃げ出そうとしたのはほぼ同時だ。翻った手首を素早く掴み引き寄せる。
「っな、やめ、っ」
「なあ、お前今――何してた?」
「な、なに、って」
諦め悪く抜け出そうとする体を許さず、ベッドに放り投げた。体を起こすよりも先に細い腰に馬乗りになって、肩を押さえつける。
「なぁ、な、なに、すんだって」
「お前が、『さく』か?」
「さ、さく、ってな、に」
嘘が下手くそだなと苦笑した。顔には動揺がありありと広がり、目線が泳いでいる。
無遠慮に黒いTシャツをまくり上げ肌に触れれば、恐怖にかびくりと跳ねて。日焼けしていないそれは、赤く染まっているような気がした。
「ま、まって、なに、おまえ、どうしたの」
「どうしたもこうしたもあるか。答えろよ」
「だ、だから、何のことだって、言って」
「まだ誤魔化せると思ってんのか。俺がどんだけお前の、『さく』の――」
え、と唇が震える。
恥も外聞もかなぐり捨てて、俺の口は勝手に言葉を紡いだ。
「『さく』の配信で抜いたと思ってんだ」
「――は?」
「あのメンバー限定配信の声がないとイけねえ。結局それでセフレとも別れた。どんなに気持ち良くても最後は必ずイヤホン刺してたからな」
「っな、な、なな、なっ」
ぶわ、と音を立てたんじゃないかと思うほど、顔が真っ赤になる。体も耳も、どこも美味そうで。
ほとんど何も考えず反射的に、赤い耳に唇で噛みついた。
「っあ、っ」
突然の俺の行動に、口を塞ぐ暇もなく零れる湊の声。
途端、下半身がずしりと重くなって、正直すぎる自分の体に苦笑する。
「なあ、教えてよ。さっきだって教えてくれたじゃん」
「さ、っき、って」
「おもちゃ。何買ったか聞いたら教えてくれた」
耳元で続ければ、ぴくりと小さな反応を返して。けれどそれよりもおそらくは驚きが勝って、お前、と震える声が聞こえた。
「まさか、お前、ジ」
そこまで言って、両手で口を塞ぐ。だから俺は体を起こし、言えよ、と退路を塞ぐことにした。
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