未成年の主張

あきら

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 その噂は、特に聞くともなく耳に入ってきた。

「美術の?」
「そうそう、去年新しく赴任してきた……」

 暖かな日差しを甘受している俺の近くで聞こえる小さな話し声。おそらく、ここに俺がいることにも気づいていないだろう二人は、こそこそと下らない噂話を続けている。
 まあ、俺に気付かないのも無理はない。何しろ、屋上でもさらにもう一段高くなっている場所に、寝転がっていたのだから。
 屋上に上がってくる階段、その屋根の上にいるのが俺で。二人はその下にいて、意図的に見上げようと思わなければわからないだろう。

「確かに綺麗な感じではあるけど……男だろ?」
「だからいいんじゃん、面倒ないし。それにちょっと興味あるだろ?」
「そりゃないって言ったら嘘だけどさぁ……」

 くだらない。胸中でつぶやいて、体を起こした。
 あまり真面目に登校しているとは言えない俺でも知っている噂話だ。

「で、でもさぁ、噂だろ?その先生が……ヤらして、くれる、とか」
「なんだよ怖気づいてんの?だから確かめてみようぜ、って話じゃん」

 今度はため息が口から漏れた。いくらここが男子校とはいえ、わざわざ男の教師にいかなくてもいいだろうに。

「おもしれー話してんじゃん」

 屋根の縁から足をおろすと、言葉とは裏腹につまらなそうに声をかける。
 下にいた二人は俺を見て固まって、目を逸らすと小さくつぶやいた。

「べ、別に……」
「お、お前には、か、関係ないだろ?」
「まあな」

 よ、という声と共に下へ降り立つ。

「でもわざわざ男に手ぇだすこともなくね?他校の女子でも紹介してやろうか」

 もちろん冗談だ。だけど、俺のそんな冗談に引きつった笑いを返したかと思うと、二人して転がるように階段へと逃げて行ってしまった。
 遠慮します、という残された声に苦笑しながら、ひらひらと手を振る。

「ったく、冗談の通じねーやつらだな」

 軽く出てきた欠伸を噛み殺すと、俺も階段を下りることにした。



玲央れお!」
「おうなんだみのるじゃん」
「お前今日学校来てたのかよ……河野先生の血管ぶち切れてたから、職員室行ったほうがいいよ」
「やだよなんでだよ。あの熱血体育教師めんどくせーんだよ」

 数少ない友人に声をかけられ廊下で足を止める。
 俺よりもよっぽどいかつい見た目のくせに、泣き出しそうな顔と声で言うから思わず笑ってしまった。

「笑いごとじゃないんだってぇ!俺また伝言役すんの嫌だからな!今伝えたからな!」
「へいへい」

 脱兎のごとく逃げ出す実を見送って、面倒なことになる前にさっさと帰るかと昇降口へ向かう。
 が、この決断は失敗だった。俺の向かった昇降口には、たったいま話題にでた体育教師が竹刀片手に立っていたからだ。

「よーう皆川くん。ずいぶん久しぶりなうえに重役出勤じゃねぇか」
「やっべ」
「やっべってことはぁ?わかってるな?」
「いやあのセンセ、俺今日ちょっと持病が」
 
 にこにこと笑っているものの、目の前の額には血管が浮いている。

「そうかそうか持病か。ちょうど今職員室に養護の元木先生いるから寄ってけや、茶ぁぐらい出すぞ」
「いやそのあの」
「ほら行こうぜ?優しい担任様がわざわざ待っててやってんだから逃げんなよ」

 残念なことに、この体育教師に筋力でも足の速さでも勝てるわけがない。
 俺と実の担任である彼は、俺よりも身長が頭一つほども低いくせに、その実に見事な筋肉を発揮し、俺の首根っこを掴んで職員室まで連行した。

「だからお前さぁ、ちゃんと来いよ。んで座ってろよ。別に地頭悪ぃわけじゃねぇんだから、とにかくテキトーでもそこにいりゃいいんだって」
「……それができりゃ苦労しねーよ」
「あぁ?何言ってんだ、ただ座ってるだけでいいっつってんじゃん」

 ずず、と茶をひと啜りしながら、河野先生は言う。

「本当、お前このままじゃ進級も卒業もできねぇぞ」
「それならそれでいいって……」
「馬鹿言ってんな。中卒と高卒じゃその後の人生変わるぞ、大人しく卒業しとけよ」

 俺としても、目の前のこの人がけして悪い人間じゃないことはよくわかっている。
 おためごかしの慰めなんか絶対言わないし、涙ながらの説教もしない。だけど俺のことを心配してくれているのは伝わってきて。
 俺がもう少し素直に受け止められたのなら、きっといい方向にいけるんだろうけど。

「……悪ぃな」
「ったく。なんかねぇのかよ、好きなこととかやりたいこととか」

 ため息とともにつぶやいた言葉が、心臓の奥へと突き刺さる。
 それを悟られたくなくて、目を逸らし別に、と吐き捨てた。

「話、終わりだろ?バイトあんだよ、帰るわ」
「……体、壊すなよ」

 そんな気遣いが嬉しくもあり、少し鬱陶しくも思えた。サンキュ、とだけ返して職員室を出ることにする。

「明日も学校来いよ!」

 背中にかけられた声には聞こえないふりをして、扉を閉めた。
 さっき帰ろうとしていた昇降口は渡り廊下の先だ。大きな窓からは外と、向かい側の校舎が見える。
 ため息をついて立ち止まり、何の気なしに窓へと近寄った。バイトに行かなきゃならないのは本当だったが、そこまで切羽詰っているわけではないし、裏に隠して止めてある原付を使えばそれほど移動の時間もいらない。

「明日も、か……」

 正直、気が重かった。とはいえ、家にいるのも嫌で。
 少し前は街をうろついていたが、やたら声をかけられるのでそれも億劫になり、最近は学校に来るだけ来てサボる、ということを続けている。

 わかってはいた。こんなふうに過ごしていたって、何の解決にもならないし、俺の気持ちは一向に晴れるようなこともないってことぐらいは。
 それでも。鬱屈した日常が重苦しくて、誰かの楽しそうな姿は目にしたくなくて。かといって、自分で現状をどうにかする勇気もない、意気地なしだ。
 逃げることしかできない自分が嫌で、だけど他に何も思いつかない。

 もう一度ため息をついて、顔を上げた。時間も放課後だ、向かい側の校舎に、生徒はほとんどいない。
 俺の目線が、その向かい側の校舎三階で止まる。申し訳程度に閉められたカーテンから、細い体が覗いていた。

「……ん?」

 思わず凝視してしまう。数秒のあとに、その細い体が俺と同じ制服の背中に抱きしめられているのが見えてしまった。
 マジかよ、と小さな声が落ちる。すると、その張本人は、制服の肩越しにカーテンの隙間からこちらを見た。

 目が合う。確実に俺を見て薄く笑うと、立てた人差し指を、唇に当てる。
 Yシャツの背中を通り過ぎた白い指先が、薄いカーテンを閉めるのを馬鹿みたいに見つめ続けて。

「っ……」

 見てはならないものを見てしまった気がした。
 その感覚は正しくて。俺を見て笑ったその表情が、脳裏にこびりついて離れない。




 昨日は散々な一日だった。
 バイトに向かう途中、あやうく原付で転びそうになるし。行ったら行ったでミスを連発し怒られまくるし。
 それもこれも、あいつのせいだ。頭から離れてくれない、あの笑みのせいだ。
 何度目かになるため息をついて、上半身を起こす。いつも通り屋上で過ごしていた俺は、気分が上向くこともなく立ち上がった。

「今日は屋根の上じゃないんだ?」

 かけられた声に驚いてそちらを向く。
 屋上のフェンスに軽く寄りかかり、俺を見て笑うその姿は。

「……なんで」
「ん?見えるから。ほら、あそこ」

 あのときと同じ、白い指がフェンスの向こうを指す。その先は、あの、美術室だ。

「学校きてるのに授業は出ないんだ、って思ってた」

 くすくすと面白そうに笑う。その顔は思ったよりも幼く見えた気がした。

「あんたに……関係、ねーだろ」
「まぁな。お前、俺の生徒じゃないし。選択科目、美術取ってないだろ」
「……ああ」

 いったい何が起きているのか、頭の中がひどく混乱している。
 太陽の下で笑い、俺と話すこの相手は、昨日とはまるで別人のようで。
 だけどそんなはずもなく、彼は言う。

「見てた?」
「っ、え」
「あの、渡り廊下から。見てた、だろ?」

 唇を緩く上げ、目を細めた。ふふ、と笑いながら立てた人差し指が、唇に近づいていく。

「……それ、言いにきたのかよ」
「半分は、ね。もう半分は、天気が良かったから」

 どこまで本当なのかもわからない言葉を吐いて伸びをした。猫みたいだな、なんて思うのは風に揺れる髪のせいだろうか。

「口止めしに?」
「してもいいんだけどさぁ。あんまり、意味もないかなって」
「……知ってんだな、自分の噂のこと」
「そりゃあね。ほとんど毎日毎日、ひっきりなしに誰かくるし」

 それは自業自得なんじゃなかろうか。あんなふうに受け入れていたら、噂は広まるだろうし目撃されるのも俺一人に限った話じゃないだろう。
 だからたまにこうやって逃げてくるんだ、と言いながら。さっき教えてくれた場所の美術室を指した。

「ほら」
「……うわ」

 そこには、確かに数人の生徒がいる。うろうろしている奴や、窓から下を探したり、廊下を探したりしているのもいて。

「どいつもこいつも暇人かよ」
「言うねぇ」

 相変わらず、どこか楽しそうだ。そんな表情を見て、不意に思ったことが口からこぼれた。

「いいのかよ、俺といて。こっちから見えるってことは、向こうからだって見えんじゃねーの」
「そうだね。でも、お前といたらこないでしょ。有名人じゃん」

 人のこと言えないくせに、と胸中で思う。

「虫よけかよ」
「なってくれんの?」

 冗談じゃない。そう思うのに、その言葉はなかなか出てきてはくれない。

「なに、その顔。冗談だよ冗談、自分の身ぐらい自分で守るって」

 先に言われてしまって、だけど自分がどんな顔をしているのかなんてわかるはずもなくて。
 ただ、腹の奥の方からふつふつと妙な感情が浮かんでは消えて、また浮かんできた。
 ひらりと翻った服の裾を、ほとんど反射的に掴む。なに、と振り返った唇が動いた。

「……噂、本当なのかよ」
「お前に関係ある?」

 相変わらず微笑んではいるけれども。

「本当に、誰でも抱かせんの」
「……誰でも、ねぇ。失礼な話だよほんと」
「違うのか」
「俺にだって好みぐらいあるからね。お前みたいなのは絶対嫌」

 すっと細められた目の中にあるのは、冷たい色で。
 先ほどまで柔らかく笑っていた表情はどこにもなく、ただ口角だけを上げた笑顔で俺を見る。それは、明らかな一線を引いた笑みだった。

「……っ、悪ぃ」
「いいよ別に。ただの噂話、だろ?」
「そう、じゃなく、て」

 駄目だ、と思う。これ以上、何を俺が言ったところで言い訳にしかならない。

「お前が気にすることじゃないよ。噂も、俺の好みもね」

 必死に俺が言葉を探している最中だというのに、そんなことを言って。
 渦中の彼は俺の肩を軽く叩き、じゃあね、と階段を降りて行くのだった。



 俺の頭から離れないそいつを、観察する癖がついて約二週間。気づいたことが、いくつかある。

 誰にでも人当たりはいい。噂を知ってんのか知らないのかわからないが、だいたいいつも生徒に囲まれている。
 でも触られるのは、おそらく苦手。できるだけ自然に見えるように、誰かが触れようとした場合僅かに逃げているのがわかった。
 体育の河野と養護の元木、この二人の先生とはもともと知り合いらしい。砕けた様子で話しているのをよく見る。

 名前は、ほし星 遥ほし はるか。女みたいな名前だけれど、れっきとした男だ。
 それから、字が綺麗で絵が上手い。美術の教師なのだから当たり前なのかもしれないけれど。

「……冗談だって言ったのに」
「俺の勝手だろ」

 やや不満げに唇を尖らせながら言うから、一方的に返した。
 サボる場所を屋上から美術室に鞍替えしたのは、先週のことだ。
 もちろん授業がある時もあるから、そういうときは屋上で時間を潰し。そこから見える美術室に、彼だけになったのを確認してから訪れている。

「生徒引っ張り込むのに邪魔なら出てくけどな」
「どうしてそういうこと言うかな。お前が入り浸ってるってすぐ広まったから、誰もこないよ」

 少し寂しそうなくせに、どこかほっとしているような声音で言った。

「別にあいつらから来なくたって、お前の方から引っ張ってくりゃいいじゃん」
「なんでそんな面倒なこと、俺がしなきゃなんないんだよ」
「……面倒?」

 あ、と開いた口。それを誤魔化すように俺に背を向け、おそらく汚れは取れないエプロンを身につけ、キャンバスの前に腰を下ろす。
 まだ何も描かれていないそれをじっと見つめる背中を、俺もまたじっと見つめた。
 
「……なんか描くの?」
「考え中。描いてみて欲しいもんとかある?」

 聞いた俺に返ってくる声は、今度は嬉しそうに聞こえて。
 じゃあこれは、と携帯の中に入っていた写真を見せた。

「ああ、いいな。お前いい写真撮るじゃん、俺こういうの好きなんだよ」

 小さな画面の中に切り取られているのは、青空と雲と電線だ。細い飛行機雲と、手前には小さな風船が飛んでいる。
 よし、と呟いて筆を取った。俺には理解できない速さで、キャンバスに青空が描かれていくのを感嘆して見守る。もちろん、表情には出さない。

「お前、俺の授業取ればいいのに」
「もうおせーよ。来年まで変更もできねーしな」
「音楽って柄か?どうせろくに出てないくせに」
「うるせ」

 俺の選択科目はあいにく美術じゃなくて、それを残念がるような言葉に、なぜだか嬉しくなった。

「……な、俺も、遥って呼んでいい?」
「先生をつけろせめて。生徒だろお前」

 呆れのため息。

「あと、それ何回目だ。先週から何回、おんなじこと聞いてくんだよ」
「別にいいだろ。虫よけの報酬だと思って、そんぐらいさ」

 ちらりとその目が俺を見上げる。
 そして、ゆっくり瞬きをして。考えるように、目線は下に向けられた。

「……誰もいないときなら」

 ほんの少し、目尻を赤くして小さくつぶやく。
 どくどくと煩い心臓には蓋をして、サンキュ、と笑った。




 最近真面目に来てんじゃん、と実が言う。

「まーな」
「よかったぁ。本当、伝言させられるほうの身にもなれよぉ」
「そう言うなって」

 短い昼休み。購買で手に入れたパンをかじりながら、他愛もない話をする。
 一応、数少ない友人に負担と迷惑をかけて悪い、とは思っているので彼のパンは俺の奢りだ。
 それを口の中に押し込みながら、机を挟んだ先で実は言った。

「でも本当、最近の玲央はすっきりした顔してるよね。なんかいいことでもあった?」
「いいこと、なあ……いいことっちゃいいことだし、そうじゃねーっつったらそうじゃねーっつーか」
「どっちだよ」

 あはは、と笑う。八重歯が覗いて、俺も笑った。
 なんだかんだと喋っていたら昼休みはあっという間に終わり、席を立つタイミングを逃した俺は大人しくそのまま授業を受けることにする。
 自分の席に座っての授業なんて、ずいぶん久しぶりだ。とはいえ、内容は右から左に抜けていった。
 俺の教室は二階。美術室は渡り廊下の向こう、三階にある。角度の問題で、ここからじゃ半分ぐらいしか見えない。
 授業が行われているのかどうかも定かではないが、閉められたカーテンの向こうにあいつがいると思うと柄にもなく胸が弾んだ。

「ちょっと玲央、六時間目は?」
「悪いサボる。あとよろしく」

 もうそのまま帰るつもりで、今の授業が終わり次第鞄を持って廊下へ出る。
 途中、自販機が目に入って。そういえば、と思いながらあいつがよく飲んでいる炭酸飲料を買った。
 好きな物なんか、このぐらいしか知らない。

 脳裏に浮かんだ何かを端のほうに追いやって、少し足早に渡り廊下を過ぎ階段を上る。確か、今日の六時間目の授業はないはずだ。
 当たり前のように美術室へ向かって、扉に手をかけた。中から声が聞こえて、そのまま止まる。
 もしかしたら、急な振替とかで授業があるのかもしれない。そんなことを考えながら、好奇心には勝てず聞き耳を立てる。

『っ……先生、が……き……です』

 ところどころ聞き取りにくくはあるが、必死な声音が伝わってくる。

『ありがと』

 それに対する聞き慣れたもう片方の声はよく通って聞こえた。

『……んとに、せ……好きな……です』
『疑ってないよ、ありがと。でもそれ以上は、俺からは言えない。わかるよね?』
『せ、んせ……俺……』

 頭に血が上って、だけど指先は正反対にひどく冷えていて。

『すき、なんです……先生の、ことが……』

 聞き取りにくかったはずのその声は、やけにはっきり聞こえる。
 それから、しばらくの沈黙。だけど、何か話してはいるようだった。一気に声が小さくなって、扉のこちら側にはわずかな音しか漏れてこない。
 だけど。

『っ……ん、あっ』

 それは、聞いたことのない声で。
 明らかな艶を纏った、吐息と掠れたようなその声に、衝動が抑えられない。ほとんど無意識に、俺は美術室の扉を開けた。
 驚いた背中が振り返る。その顔に見覚えはないが、俺と同じ格好をしているから確実に生徒だ。

「な、なな、なんだ、よ」
「消えろ」

 言い放ち、近くの机に持っていたペットボトルを置くと、すたすたと近づく。
 生徒の体の向こうに見える、細くて白い投げ出された足。何も纏っていないそれに、体の熱があがった。

「な、っ、なに、なん、なんだよ、いきなりっ」
「うるせーな。痛い目見たくなきゃ消えろ」
「……何勝手なこと言ってんの」
「ああ悪ぃな邪魔したか?鍵くらいかけとけよ。まぁ、そう言っても、その気だったのはお前だけじゃねーの?」

 俺の視線を遥のそれが追う。今まで自分に覆い被さっていた生徒が逃げ出していくのを眺め、はあ、と息を吐いた。

「なにお前、あんなのが好みなわけ」
「俺の勝手だろ。あーあ、ったくもう。かわいそ」

 その言葉の意味がよくわからず首を傾げた。

「お前たちぐらいの年齢にはよくあることだろ。友情や尊敬、もしくは自分の悩みに寄り添ってくれた相手に対して抱いた好意を、恋愛だと勘違いすんのはさ」
「……勘違い?」
「そ。あの子は俺のことを好きだって言ってくれたけど、それは俺があの子の最近の悩みをよく聞いてあげてたからだよ」

 床にぺたりと座ったまま、服を戻そうともせず続ける。

「あの子に限らず、そういう子ってけっこういるわけ。だからさぁ、こうして現実見せてやんの。お前の目の前にいんのは、ただの男だよって」
「……それで目が覚めたようには見えねーけど?」
「だってまだ何もしてないし。脱がされてちょっと触られただけ」

 へぇ、とつぶやいた声は自分でも驚くほど低い。

「んなことしてっからあんな噂立つんだろ」
「まぁ、実際好きだなんだって言ったって最後までどうこうできる子なんてそうそういないし。途中で逃げ出しました、なんて恥ずかしくて言えないもんだから、噂ばっかり大きくなっちゃってんの」

 遥の言い草に、自分でも不思議なほど腹が立った。
 そうそういない?なら、まれにいるのか。実際にこいつを抱いた男が、存在するのか、と。
 確かな苛立ちを顔に出さないよう吐いた息で誤魔化すと、俺はおもむろに美術室の入り口へと向かう。
 開けっ放しだった扉を閉め、それから。

「……何してんの」
「次は授業ねェんだろ?」

 ガチャ、という音を立てて、鍵を閉めた。
 くるりと反対を向き、座り込んだままの遥に近づく。戸惑いながら俺を見る目に、確実に興奮した。

 「……俺にも教えろよ、センセ」


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