いつかのさよならを探して

あきら

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4 おぼろげな記憶

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 早く、と言わんばかりに何度も指が唇の上を往復する。あくまで俺の意思で血を飲めと、意志を持った指先が憎らしい。
 抗えるわけはなくて、震えながらそれに吸い付く。

「んっ……う、ふ……ぅ」
「……お前、今自分がどんな顔してるか本当にわかんねえのかよ」
「っ、ふ……う」

 そんなこと言われたってわかるわけもない。
 わかるのは、頭の中も彼を見る目も、どろりと蕩けているだろうことくらいだ。
 一度は離れた手が、また俺の前に触れる。びくりと跳ねたせいで、口の中の指に歯を立ててしまった。
 
「っ」
「ご、ごめっ」
「いいから。そのまま」

 ぱっと口を離した俺に言う声は、優しくて。

「そのまま、歯立てて、噛んで」
「ん、ぅ……」
 
 固くなってしまった俺自身を擦りながら、もう一度指が口の中に入ってくる。
 びくびくと震えた俺は、もはや抵抗する気も起きなくて。その綺麗な指に、牙を刺した。
 とろり。溢れてくるものを、舌で喉の奥へと流す。

「んんっ?!ん、ふ、ぅうっ、んうっ!」

 不意に、槙斗の手の動きが早くなって、大きく背中を反らし、達してしまった。
 
「腰上げて」
「ん、ふぁ、あ……」

 脱力した体を、なんとか言われた通りに動かす。器用に片手で汚れた下着だけにされ、皮膚が泡立った。
 中がぐちゃぐちゃとして気持ち悪い。なのに、その上からまた緩く擦られれば、俺自身はまた上向いてしまう。

「一応こっちでもイけるんだな」
「っ、んんっ、う」

 当たり前だろ、という言葉を紡ぐことはできないまま、濡れた下着を取られて。

「足開いて」
「っ、あ」
「慣らさなくても大丈夫そうだけど、片手使えねえから」

 耳元で笑う声。
 おずおずと開いた足の、内側を撫でられるそれだけでぞくりとした。ぐぷ、と指が沈められる感触。それは中を確かめたと思ったら、すぐに出ていく。
 切ない。体の内側が、もっと欲しいと疼いた。
 口の中の指も出ていって、両手で腰を掴まれる。この間の暴力的なまでの快楽を思い出し、喉が鳴った。

「……アル」
「っ、あ、うそ、っ、ぁ、ああっ?!」

 ゆっくりと侵入してくるそれに、息ができなくなって。低く呼ばれると同時に、中で達してしまう。
 驚きに見開いた目を覗き込まれた。まるで、愛しいものでも見るかのような眼差しに、体はどくりと音を立てる。
 同時に、消えていたはずの頭痛がまた顔を出した。

「っ、た……」
「わ、悪い。大丈夫か?一回抜くか?」

 ぶり返した頭痛に顔を顰める俺を見て、さっきまでの態度が嘘みたいに焦る。
 こんなことをしているのに、眉尻を下げて。大丈夫か、と繰り返すその表情は、本当に心配そうで。同時に、心細そうな目が俺を捉えた。

 まただ。その目が、見覚えがあるような気がして。
 思い出そうとすれば、ますます頭の痛みはひどくなる。

「っ、いい、から」
「でも」
「……指、ちょうだい……飲ませ、て」

 躊躇いながら差し出される、真新しい傷のついた指。そこにまた歯を立てて、流れ出す血を吸い上げた。

「……やめる、か?」

 手のひらが、俺の髪を撫でる。
 そんなことを言いながらも、俺の中のお前はこれっぽっちも萎えてなんかなくて。
 アル、と呼ばれれば無意識に締め付けてしまって、その固さも熱さも嫌というほど伝わってくるのに。
 だから、口の中から一度指を出し、見せつけるように舌を出して滲む赤色を舐め取った。

「……ん、む……ふぁ、あ……」
「っ、おい」
「や、だ……うごい、て」

 ぴちゃり、と。俺の口元で鳴る音に、槙斗が唾を飲み込んだのがわかる。
 
「おく、きて……ぐちゃぐちゃに、して」
「……っ……本当に、キツかったら、ちゃんと言えよ」

 ん、と首を縦に振った。溜まった涙がぽろりと落ちる。
 だけど、何故だかはわからないけれど。彼に優しくされるほうが、辛い。
 槙斗に優しくされると、何故だか忘れた記憶が揺さぶられて。思い出したくないことを、思い出しそうで。
 それは痛みに変わって、頭の中を襲った。

「もっと、して……なにも、考えられなく、なるくらい、もっと」

 指先の血が止まるたびに歯を立てて、流れる血を飲みこんで。
 何度ももっと、と強請り、それは意識が飛ぶまで続いた。




 がたん、と揺れる電車の中。タオルの敷かれたバッグの中で、俺はうとうとしている。
 これでもかと体力を消耗したせいで、うっかりコウモリの姿になってしまっていた。
 今朝の槙斗の顔は少し面白かったな、と思い出す。

 意識を飛ばすまでセックスなんぞをしたせいで、ただでさえ衰えていた体力が限界を迎えたらしい。
 焦った声と揺さぶられる感覚に目を開けると、今にも泣きそうな槙斗の顔が飛び込んできた。

「ぎあ」
 
 ひと鳴きする。自分としては、なんだよ、と言ったつもりだった。
 
「……アル?」
「ぎあ」

 おそるおそる聞いてきたそれに、またひと鳴きして頷く。
 マジか、と何度も繰り返してから俺のことをひょいと抱えると、おもむろに鏡の前に置かれた。
 俺としては、まぁそうだろうななんて思っていたから彼ほどの驚きはない。うん、と頷くと、ため息が聞こえる。

「……本当に、吸血鬼なんだな……」

 心外だ。むしろ今まで、なんだと思っていたのだろう。俺が普通の人間だったら、彼に起こされてから今までにおそらく数回は死んでいる。
 
「でも、なんで」
「ぎああ」

 それにしても、意思疎通ができないのは不便だ。
 少し考えた槙斗は、俺をタオルと一緒にバッグへ入れるとホテルを出た。
 それから、100円均一の店へ駆け込み、これまた悩んだ結果50音表を手に取る。

「……筆談も難しいよな、たぶん」
「ぎあ」

 苦しくないようにと少しだけ開けられたバッグの、その端っこから顔だけ出して頷いた。
 人気のないところ、を探して今度はカラオケボックスに入り、買ったばかりの50音表を広げる。

「これで会話できるだろ。なんでコウモリになってんだ?」

 50音を指差して文章を作れ、ということなのだろう。なかなか頭が回ると感心しながら、俺は一文字一文字を短い手で差した。

『たいりょくなくなるとなる』
「……俺のせいか」
『ちがう』

 強請ったのは俺だ。じろ、と睨みつけると苦笑が返ってくる。

「いつ戻んの?」
『たぶんいちにち』
「今日一日経てば戻るってことか」
『たぶん』
 
 そこを強調してから、こくりと頷いた。朧げな記憶を漁った結果だから、断言はできないけど。
 
「てことは、体力があれば自分の意思で人になったりコウモリになったりできんの?」
 
 それは俺にとって、不思議な疑問だった。
 あまりに当たり前のことで、それをクルースニクである槙斗が知らないとも思えなかったからだ。
 首を傾げる俺に、彼は言った。

「いや、俺正直、完全な人型と会ったのは……お前が初めてで」
『そうなの』
「ああ。だから、知識としては知ってるけど実際目にすると、なんていうか」

 そう話す彼の目は、好奇心に満ちて輝いている。
 そんな表情を見るのは初めてで、だけど初めてじゃないような気もして。
 また頭が痛む気がして、ふわりと湧いたそんな考えを横に追いやった。

『たいりょくあればすきにかわれる』
「すげえな。だけど今まで見たことない」
『おまえがねてるときとかなってたよ』
「なんでだよ」
『べっどせまいし』

 槙斗と出会って協力を約束してから、俺はこいつの家に転がり込んで生活している。
 基本的に仕事は夜のことが多いから、俺もこいつも朝寝て夜起きる生活だったわけだけど。なぜだか槙斗は俺をいつもベッドに引き摺り込んだ。
 かといって、抱こうとするわけでもない。ただ一緒に寝るだけの日が、半月ほど続いていて。
 始めこそ、何かされるじゃないかなんて身構えてもいたけれどもう馬鹿馬鹿しくなって、勝手にコウモリの姿になっては好きな場所で寝ていたりしていたわけだ。

「まあ、今日はもう何もないだろ。ちょっと狭いけど、バッグの中で寝てていいぞ」
『わかった』
「いきなり戻ったりしないだろ?」

 うん、と頷く。体力が尽きてコウモリになってしまうときは不可抗力だけど、回復後人型に戻るときは自分の意思が必要だ。
 槙斗の手が伸びてきて、俺の体を包み込む。昨夜、俺が散々噛みついた後が見えて、コウモリの姿だっていうのに顔が熱くなった。

 そんなこんなで、東京の支部に報告に向かう槙斗のバッグの中に収まり、とろとろと寝たり起きたりを繰り返している。
 夢なのか現実なのかわからないまどろみに包まれて、半月前はそれが当たり前だったのになぁ、なんて思った。

 それがいまや、体力の使いすぎでコウモリになるまで男に抱かれてるなんて。
 自分の境遇に苦笑して、俺は改めて眠りにつくことにした。



「どうして?」
「どうしても」
「そんなの、かってだよ。あんたはいつもかってだ」
「……そんなの、今更だろう?」
「おれは、どうしたらいいんだよ」
「大丈夫。お前が元々いるべき世界に戻るだけだ」
「あんたがいないのになにがだいじょうぶなんだよ」
「すぐ、忘れる。俺のことも、俺と過ごしたことも」
「っ、いやだ、わすれない、わすれてなんかやるもんか!」
「……本当に、聞き分けのない子供だなぁ」
「ぜったいに、おれは、アルのことをわすれてなんかやらないからな!」

 夢は、夢だ。
 今見ているこれも、夢だ。
 目の前でぼろぼろと泣く子供の頭を撫でる俺の手を、ぼんやり眺める。
 そう、夢だ。全部、夢だ。

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