いつかのさよならを探して

あきら

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「アル」
「っな、なに」

 不意に呼ばれて、目が合って。その双眸に、少なからず心臓が跳ねた。
 腕を引かれ、バランスを崩したところをソファーの上に押し倒される。不満げな表情が可愛く見えて、頬に手のひらで触れた。

「子供って言ったの、気にしてんの?」
「するに決まってんだろ。もう、ガキじゃねえんだ」
「っ」

 拗ねたような表情と、その台詞。脳裏によぎった記憶を打ち消すように、軽く頭を振る。僅かに痛んだ。

「……大丈夫か?最近、少なくなってたのに」

 そうやって痛みと記憶を押しやっても、すぐにバレてしまう。大丈夫、と返せば少し安心したのか息を吐いた。

「ちょ、っと、こらっ」
「大丈夫なんだろ?」

 拗ねたような顔のまま、服の中に手が入ってくる。止めようと肩のあたりのスウェットを引っ張ってみるけれど、効果は薄い。

「や、な、なんで」
「抱きたくなった。子供じゃねえってとこ理解させてやんねェと」
「っ、そういう、こと、じゃっ」

 するすると、感触を楽しむように手が上下した。薄い腹を撫でられれば、ひく、と勝手に震える。
 口を塞がれて、余すことなく中を舐められて。そこに存在する、ふとした違和感の正体に気付いてしまった。

「ちょっと、ま、って、待ってって、ば」
「無理」

 俺の抗議は短い言葉で却下され、下に履いている物は即座に奪い取られてしまう。
 俺の中心で震えるそれを見て、槙斗が低く笑った。

「俺が子供なら、さ」
「え、な、ちょ、やめっ」
「お前はその子供に欲情する悪い大人じゃん」
「っ、ひあっ!」

 にやりと笑った口が開いて、俺自身を飲み込んでいく。
 びくびくと震えながら、股間に埋める髪を引っ張ろうと握ってみるものの、力なんか全然入らない。

「っあ、あぁ、っ、や、はなし、っ」

 ぬめる舌と温かい口内に、限界はすぐに訪れた。離して、と訴えてみたものの、これも効果はなし。
 じゅぷ、と音を立ててさらに深く咥えられ、駄目だと口にしながらも腰は反った。

「っ、あ、っぁああぁあっ!」

 がくん、と跳ね、その口の中で達してしまって。全部出せと言うように吸い上げられ、ぼろりと涙が落ちる。

「ん、っ」
「な、お、おま、飲ん、でっ」
「……顔、真っ赤。お前だって飲むくせに」
「だ、って、だって、あれ、はっ」

 違和感の正体が、俺の顔をさらに熱くする。

「っ、や、やだ、見るな、見るなって」
「こら腕どけろ」

 自分がどんな顔をしているのかなんて、知りたくもないし見られたくもない。慌てて両腕で隠したけれど、一歩及ばず。

「……なに、その顔……ほんとかわいいな」
「かわい、く、ないっ」

 囁かれる甘い言葉に、脳髄まで痺れそうで。お願い、と譫言のようにつぶやいた。

「お願い、っ、血、飲ませ、てっ」
「なんで」
「なんで、って」
「人が飲めって時にはあんなに嫌がってたくせに。なんで今、飲みたいなんて言うんだよ」

 捕まえられた両腕はソファーに縫いとめられて、脱出できそうにない。
 いや本気を出せばいけるはずなのに、いつもそうだ。俺は結局のところ、無理やりだとかなんだとか言っておいて、槙斗を心の底から拒否することができない。

「なあ、なんで?」

 どくどくと早く動く心臓がうるさい。
 じっと見つめてくる両目。ああ、逃げられないのは手のせいじゃなく、この目のせいだと思った。

「だ、って、俺、おかしい……っ」
「何が」
「血、飲んでない、のに、なんで、こんな……こんな、からだ、熱くなって、っ」
「アル、お前さあ……それ、無自覚なわけ?」

 何が、と言おうとした声は槙斗の口腔に吸い込まれていく。
 水音を立てる舌を夢中で追いかけて吸い付いて、もっとと強請るように腰は勝手に揺れた。

「……どう?」
「ど、どうって」
「触って欲しくなった?」

 片方の眉と、口角が上がる。
 見覚えのあるその表情を見た時、俺に走ったのは頭痛ではなく、確かな期待だった。

「触って欲しくなったんだったら、お前、俺のこと好きなんだよ」
「……え」
「考えてみ?俺のこと、どう思ってる」

 ぽかん、と。口を開いたまま、呆然と槙斗を見る。

 好き、って。俺がお前を?人間の、お前を?
 そう頭の中で繰り返して。言われている意味を理解した瞬間、さっきまでが比じゃないぐらい。まさに爆発するんじゃないかっていうぐらいに顔が熱くなった。

「え、うそ……うそ、そん、なの」
「嘘かどうか、試してやるよ。本気で無理なら逃げることぐらいできんだろ?」
「で、でも」
「別にお前が俺を好きじゃなくても、俺はお前を嫌いになんかならねえから安心して逃げてくれ」
「え?」

 今度こそ、脳の許容量を情報量が上回ってしまう。
 くるんと体がひっくり返され、ソファーの縁に手を掛けた。

「っえ、あ、なっ」
「血なんか飲まなくても、もうぐちゃぐちゃじゃん。ほら、聞こえるだろ?」

 濡れた音が鼓膜を揺らす。恥ずかしくて死にそうだ。

「指、二本入ってる。わかるか?」

 三本目入りそう、と笑いを含んだ声がする。その言葉の通り、俺の体は槙斗の指を飲み込んでいった。
 増やされた指が、内側を擦る。びくびくと勝手に跳ねる背中をなぞられて、あられもない声が零れた。

「ふぁ、あ、ぁあっ」
「いいな、それ。もっと声出して、聞きたい」
「ん、っあ、ぅ……や……はずか、し」
「いまさら?」

 ずる、と指が出て行って。それよりも質量のある熱が触れる感触に、ぞくりとする。
 体を拓くように侵入してくるそれに、何の嫌悪感も湧いてはきてくれない。ただ、内側を擦られる快楽と、何か満たされていくような幸福感が同時に押し寄せてくる。
 どうしていいかわからない。混乱する頭の中では、否定の言葉ばかりが飛び交っていた。

 駄目なのに。血を飲む副作用という言い訳すら使えないこんな状況で、抱かせちゃいけないのに。拒否しなきゃいけないのに。
 そんなふうに思いながらも、背中から伝わる体温が嬉しくて仕方ない。

「……アル。好き」
「ん、ぅっ」

 囁かれた言葉に、きゅう、と腹の内側が反応を返す。それに嬉しそうに笑って、中をゆるゆると擦られた。
 好き、と耳の裏から囁かれるたびに、体は勝手にひくついて。

「だ、だめ……いわ、な……」
「なんで。好き」
「っ、あ、ぅ」
「かわいいな、ほん、と。好きって言うたびに、中反応して……っ、んな、締めんなって」
「し、しらな、っ……っあ、やっ、あぁっ」

 指先に力がこもって、ソファーの布を引っ張ってしまう。
 濡れた音と、互いの体が触れ合う感覚に、頭がぼんやりとした。そのぼやけた頭の中で、さっき言われたことがぐるぐると回る。
 お前、俺のこと好きなんだよ、って。

「……なあ。好きだよ」
「っ、あ、ぅ……そん、なのっ、今まで、なにもっ」
「当たり前じゃん」

 ぐ、と奥まで押し入ってこられて、背中が反った。

「あんな、吸血の副作用ってだけで抱かれてるようなお前にんなこと言えっかよ」
「ひ、うぅ……あ、や、ふか、っ」
「でも今は違うだろ。逃げることもできたのに、そうしないで。お前はお前の意思で、今、俺に、抱かれてんじゃん」

 少し上がった息を合間に混ぜながら言われて、体温がまた上がったような気がした。
 俺に聞かせるみたいに、わざと水音を響かせるように動かれて、体と同じぐらい頭も目も蕩けていくのがわかる。

「……ふぁ、あぅ……ん、っ……」
「アル?」
「ぁ、ぁぅ、っ……ま、きと……」

 蕩けた俺の声に、少しだけ心配そうなお前の声が重なる。
 何とか顔を横にして、そこから視線を後ろの槙斗に向けた。

「……おれ……おまえの、こと、すき……なの……?」

 少しの間の後、小さく笑う声がする。それから、そうだよ知らなかった?なんて楽しそうに言うから。
 ほろ、と涙がこぼれた。

「……そ、っかぁ……」
「そうだよ」
「ん、あぁ、っ、あ、ふぁ」

 ゆっくりと律動を再開されて、閉じれなくなってしまった口からは喘ぎ声しか出てこなくて。
 何度もそのまま中で達してしまって、どくりと震えた槙斗が熱いものを吐き出したときには、俺の意識はもうほとんど残っていなかった。


 ふわふわとした気分のまま、目を開ける。今日は夢を見なかったなぁ、なんて思いつつ体を起こそうとして、うなり声が出た。
 体が重すぎて動けそうにない。その原因を一瞬考え、思い当って。ひとりで赤くなったりして、ベッドの中へと潜る。

「ん」

 寝言とも呼べないような、鼻から抜ける声。俺を探しているのか、見当外れにベッドの上を叩く綺麗な手に苦笑した。
 よいしょ、と。重たい体ながら、その腕の間に滑り込む。すると満足そうに笑って、きゅう、と抱きしめられた。

「よしよし」

 頭を撫でてやる。子ども扱いは不服そうだったが、寝ているときは満更でもないらしい。緩く口角を上げたまま、寝息が聞こえた。

 ひどく甘く、ゆったりとした時間が流れる。
 槙斗が俺を好きだと何度も言ってくれて、俺も槙斗が好きなんだって思った昨夜。恥ずかしいやら嬉しいやら、そんなものが混ざり合った胸中ですら幸せだと感じてしまう。
 吸血の副作用でもなんでもない、ただ好きな相手と体を重ねることがこれほどまでに嬉しくなることだなんて、昨日まで知らなかった。

 もういいかな、と不意に思う。
 脳裏によぎったのは、いつも起こる頭痛のことだ。あれは、俺が昔のこと、亡くした記憶を思い出そうとすると起きる。
 長く生きているから、忘れてしまうことも多くて。だからせめて、思い出せることぐらい覚えておきたかったけれど。

「……我ながら、現金だなぁ」

 だけど、今が。こいつとこうしていることが、こんなにも満たされ幸福な気持ちになるのなら。
 無くしてしまった記憶なんて、もういいや、なんて思った。


 けれど、そう思っていたのは俺だけで。
 記憶を亡くしても、過去はなくなりはしないのだと。
 数日後に、俺はそれを思い知らされることになる。他でもない、過去の俺自身に。

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